第53話 良いマーク、でしょ?
●???●
「お母さん、お疲れ様!」
『踏破の聖女』は氷塊に向かってそう言った。
『大海のダンジョン』崩壊から二十日。
水蒸気爆発がやっと収まり、ダンジョンの崩壊が確認された。
そして、聖女は軽々と大きな氷塊を持ち上げ、
乱暴に魔法鞄へ詰め込んだ。
小さなダンジョンには即死罠がぎっしり敷き詰められ、
魔物をいつでも呼び出せるようにしていたが。
今ではただの瓦礫の山。
「帰ろ!」
彼女の足はまっすぐ『死の荒野』へ向かった。
そこに待っていたのは、
立ち並ぶテントとそこを右往左往する『白の教会』たち。
「ただいまぁ!」
その一言で、全てが終わったことが伝わる。
歓声が沸き上がる。
『踏破の聖女』が魔法鞄から氷塊を取り出した。
更に歓声が大きくなる。
そこへ、『氷の鏡』を持ってレオが駆け寄った。
「よし、彼を解放しなけれ……!」
その瞬間、その場にいた全員が全く動かなくなる。
喜び跳びはねたまま、空中で止まっている者。
近くの者とハグしたまま止まっている者たち。
皆、時間が止まったかのように動かない。
そこに現れたのは、
ボロボロのドレスを着た女。
髪もボロボロ、顔はアザだらけ。
ドレスは黒いものに白いペンキをぶちまけたようになっている。
そして、その右手にはダンジョンコアを握っていた。
「『氷の鏡』を、寄越しなさい」
『闇の神』だ。
身体から禍々しいオーラをにじみ出しながら、
満身創痍でレオへ向かって歩いていく。
「『敵』だ!」
それに『踏破の聖女』が光速で飛びかかり、蹴りを放つ。
しかし、その足は突然勢いを失い、彼女は地面に落ちる。
「へぁ?!」
「無駄。無駄だから。
私は『闇の神』でありながら、
『光の神』の権能を取り込んだ。
その踏破の力の源の『文明』と『都市』を奪いました。
貴女はもはや、ただの頑丈な少女」
嫌らしく笑う『闇の神』。
しかし、その顔に余裕はない。
しかし、聖女はそれでも笑う。
「あははは!
主は、お前なんかに負けない!
だって!
お母さんが来たもの!」
お母さん。
謎の一言に『闇の神』が困惑する。
「だっ、誰のこと?!
お母さん?」
『闇の神』、と言うより、
神の親は『創世の神』のことだ。
さすがに、それが相手になると『闇の神』も分が悪い。
「お母さん、だよ!
あははは!」
「くっ!
この、狂信者め!」
話にならない。
『闇の神』は、右手を振って聖女を遠くへ吹き飛ばす。
地面に強く叩きつけられた聖女は、
ケガはしないが気を失ってしまう。
「とにかく、『氷の鏡』を!」
『闇の神』の目的は、『氷の鏡』。
それさえあれば、
『最古のダンジョンマスター』が目覚める。
あらゆる国の政治へ介入し、
各地の魔物の氾濫を計画し、
この世を表と裏から制していたマスターだ。
彼女がいれば、まだやり直しがきく。
「あの不細工が!
あっさり負けやがって!
……いや、メグすらこうなってるんだ。
油断大敵」
『闇の神』は、産まれて初めて反省した。
何もかもうまく行っていた。
神に選ばれ、力を得て。
目障りだった『光の神』を騙して、
力を食らい。
存在を神から人間に落とし。
他の神に『分派』を教えて、
自ら力を割らせて忙殺する。
異世界から優秀な人材をさらって、
ダンジョンマスターにする。
そのダンジョンを都市や国に取り込ませて、
『光の神』の権能を侵し。
『分派』ではなく、
『魔物』のダンジョンマスターに魔物の権能を管理させ、
自分の自由にできる時間を増やす。
完璧だった。
何もかも『闇の神』の思い通り。
そして、ゆっくり他の神を取り込んで、
『創世の神』を超え、この世を統べる。
それが、彼女の『闇の神』の目的だった。
あの男を『樹海』に落とすまでは。
「……あら?
こんなところにいたの?」
仮面を付けた女性の前で、
『闇の神』は立ち止まる。
仮面の女性は、他の人と同様に全く動かない。
そして、『闇の神』がその仮面を剥がすと、
彼女とそっくりな顔が露になる。
「ぶっ!
何、それ?
おでこに落書きでもされた?」
『闇の神』は仮面の下の顔に落書きされているのを見つけた。
『元光の神』を嘲笑ってやろうとしたが、
既におとしめられていたので大笑いする。
「何、そのマーク。
太陽のつもり?
左右の二本が長くて、
手みたいで、バカみたい!」
左右の二本が長い、太陽のようなマーク。
そのマークは、突然まばゆく輝き、
『光の神』は雷を纏う。
「なっ!?」
『闇の神』は慌てて後ずさる。
その手から落ちた仮面の内側、
ちょうど『光の神』の額の辺りに同じマークが書かれていた。
そのマークは、地図記号の『発電所』。
トシオがあの時、
『氷の鏡』を使う前の時に仮面を剥いで書き込んだマークだ。
●マンチャータ跡地●
「光ったぁ!」
「やったぁ!」
「完成だ!」
「バカ!
電球消せ!
向こうへ流せなきゃ失敗なんだよ!」
白い服の人々が、河口に集まって叫んでいる。
彼らの目の前、河口野水から頭を出しているのは、
人が入って立てるほど大きなタル。
タルに溝を作って中をすり鉢状にし、
それが川から海へ流れる水を横から受け止め、
すり鉢の中に渦を作る。
まるで、水洗便所の水を流したように、
渦を作ってタルの中へ水が流れていく。
そのタルの奥には、タービンが用意されている。
このタービンが渦で加速した水流で回ると、
ベルトと歯車を回してモーターを回転させる。
重力渦式等と呼ばれる水力発電機だ。
そして、発電された電気が、
彼らの目の前で電球を光らせた。
「電球から、部屋に電気を流せ!」
「蓄電池にたまるか?」
「たまったら、変電器だ!」
彼らは電球へ流れる電気を一旦切り、
別の電線へ流れるよう切り替えた。
電線の向かう先は、
ダンジョンの崩壊で唯一助かった灯台。
高さ五十メートルある建物の最上階に大きな火皿が置いてある。
しかし、今は火皿は取り外され、
電球を並べて連ねた物と銀の大きな皿。
この皿は、元々ここにあった火皿だったが、
懸命に磨き上げて銀を薄く張ることで『反射板』に変えた。
吊るされた電球が全て灯り、
反射板がその光を海へ向けて放つ。
夕暮れの赤さの中に、白い光が灯っている。
反射板はうまく作用しており、
海の向こうまで光を届けている。
トシオの大量の『奥の手』を書き留めたメモ。
三年間、毎日のように書き留めた、
トシオの頭の中にある知識の塊。
そこには、
スリングショットの設計図、
鳥もちの原案、爆弾の構想。
翼果を模したチャフ等のメモ。
その中に、もちろん発電機や電球があった。
『白の教会』にトシオはそれを全て渡し、
白服たちは寝るまも惜しんでそれを解読。
たった二十日で、電気による灯台を作る程になった。
白服たちは地面に両ひざを付き、
感涙を流して祈る。
「主よ!
成しました!
我らは成しました!
『闇夜』を切り裂く槍を!
作り上げました!」
●死の荒野、『白の教会』キャンプ地●
「なんなの!?」
「良いマーク、でしょ?」
『闇の神』を見て笑う『光の神』。
彼女の額のマークは、トシオの仕業だが、
彼は『こうなる』とは思ってなかった。
単純に、
ゆくゆく発電により『光の神』の力が増すきっかけになるなら、
この間抜けのデコにマーク書いとけ、
くらいの気持ちだった。
トシオの予想を上回る白服たちの有能さと。
発電機の発明を権能の『文明』ではなく、
『日光』で取り込んだ『光の神』の機転により形勢を逆転した。
このきっかけは、
トシオが書いた額のマークを見て『闇の神』が言った太陽、と言う言葉。
そのときに、『光の神』は発電機の発明は、
『光』とも解釈でき、取り込めると気づいた。
「神ですらないアンタが!
良い気になるなよ!」
『闇の神』はそう叫んで『光の神』へ飛びかかった。
『光の神』はゆっくり右手を振ると、
そこに光でできた槍が現れた。
『光の神』が光の槍を握って、『闇の神』を迎え撃つ。
日が沈む。
『闇の神』の時間だが。
それは既に、人の手で穿たれた。




