閑話 思惑
●マリーとアニス●
契約を無事に更新して、
トシ・オーが部屋を出るのを見送り、
マリーとアニスは顔を見合わせる。
「微妙だね」
「微妙、ですか」
二人はトシ・オーの事を心底買っている。
そして。
「本当に彼は、
『この世界の人じゃない』のですか?」
「どんなに金をかけようが、
『人の過去』は隠せない、変えられない。
アタシが商業ギルド本部と協力して調べても、
トシ・オーの過去は見つからなかったんだ。
なら、『迷い人』のはず」
異世界からの『迷い人』。
この世界のおとぎ話や伝承にも残っている。
彼らは唐突に別の世界からこの世界に現れ、
その知識とその力で世界を変える。
二人は向かい合わせに座って話し出す。
マリーの合図でジャバとライムは部屋を出た。
「なんとかこの町に彼を留め置きたいんだけどね」
「せいぜい、
マリーの借金が延長したくらいでした」
二人はどんな形でも、
トシ・オーにこの町いる理由、
縁を持って欲しいと考えていた。
「例え『迷い人』じゃなくても、
アタシは彼の頭脳が欲しいね。
ダンジョン保有国が注視するくらいの頭脳だ。
もしかしたら、
本当に人工のダンジョンを作れそうだからね」
「まだ、ダンジョン保有国からの暗殺者とかはなさそうですけど。
念のため、
薬師ギルドから護衛を付けましょうか」
ダンジョンの有無は国力に直結する。
これを持つ国かどうかで、
資源も人口も雲泥の差が出る。
それを人工で作れるなら。
国を自由に作れる、と言える。
トシ・オーが命を狙われても不思議じゃない。
「今まで同じようにダンジョンを研究してた人は沢山いるみたいだけど、
トシ・オーみたいにダンジョン保有国が注視する程に研究が進んでた事はなかったらしいよ」
「天才と言うのは、
どの時代でも突然現れるものですね」
この二人は同郷で、幼馴染みだ。
お互い秘密にしている。
元カレ、元カノではない。
そう言う勘繰りをされると面倒なので秘密にしている。
「アタシが彼の嫁に行ってもいいんだけどね」
「お待ちなさい。
貴女は顔で売ってる商品もあるのでしょう?
ここは、私が」
アニスは、実は女性だ。
本人も周囲も、誰もこの事実を隠していない。
書類の上でもちゃんと女性となっているが、
誰かが勘違いして以来そのままにしている。
そのせいでトシ・オーも薬師ギルド職員の大半も、
アニスを男だと思っている。
「アニス、アンタは性別カミングアウトからだよ?」
「別に隠してないので、
カミングアウトではありませんよ」
「そうだけどさぁ。
男装の令嬢ってな具合で、人気じゃんさ」
「婚期が遅れて困ります」
「まぁ、確かに、そうかもね」
二人はため息をついた。
「ジャバさんとライムさんは?」
「酒場で待ち伏せさせたけど、
美味しくお酒を飲んでおしまいだったって。
トシ・オーは、
毎晩酒場に出て、
ダンジョンの話をした冒険者とかに酒をおごって話を聞くんだって。
マメなことよね」
この世界の人間は、
そんなに勤勉ではない。
国や領主に仕えたり、
大きな商人だったりする者は毎日働くが、
普通の人は手持ちの金がなくなってから働く。
肉屋もパン屋も、皆だいたいそうだ。
そんな中で、休むこと無く薬草を採取し、
ダンジョンに関する情報を集めている。
それだけでもすさまじい執念だと言える。
「仲がいい冒険者さんは?」
「バニレとその仲間たちは、
以前から仲がいいらしいけど。
今この町でトシ・オーに敵がい心向けてるのは、
冒険者ギルドのギルド長と職員たちだけだよ」
彼の功績は、地味だがすごい。
この大陸全土で毎年冬に流行り病が町を襲う。
子どもや老人のみならず、
大人でも死者が出る病だ。
その病による死者がこの町だけ、ゼロだ。
しかも、二年連続でだ。
冒険者も町の人も誰も彼もその事実に驚いている。
「ここの領主が、
トシ・オーに会わせろ、
って言ってるンだよ」
「逆効果だと思いますよ。
彼は一時的な繋がりなら迷いませんが、
薬草採取の契約のような継続的な繋がりは極力回避する傾向があります。
貴族相手なんて、
下手するとこの国から逃げられます。
商人としては、どう見ていますか?」
「アタシも同じ意見さ。
いつでもすぐに町を出られる様にしてる感じだね。
行商人のキャラバンとかのそれに近い思考をしてるね。
さっきの薬草採取の契約だって、
来年の更新を断られるかもってヒヤヒヤしたよ」
トシ・オーとこの町の繋がりは、
かなり浅い。
マリーからの魔法鞄の借金と、
アニスとの薬草採取依頼のみ。
この町に家を持ってるが、
本当に寝に帰るだけの場所だ。
ベッド以外の家具もない。
牢屋と変わらない家。
「……やっぱり嫁だよ。
女、子どもはかすがいになる」
「冒険者の女性たちは、
彼を好意的には見てるようですけど。
恋愛対象としては、ナシだそうですよ」
「どこ情報?」
「酒場で少し」
アニスは苦い顔でそう言った。
「ダンジョンの情報かぁ。
あの様子だと、彼、
ダンジョン保有国へは行ってないんだよ」
「意外ですね」
アニスが首をかしげた。
マリーはため息混じりに言う。
「ダンジョンに入るためのルール、知ってるかい?」
「なんでしょう?」
「その国の貴族のお抱え冒険者にならないとダメなんだよ」
さっきの話と通じる。
やはり、
トシ・オーはどこかに腰を下ろして研究はしたくない様子だ。
アニスがまたため息をついた。
「研究対象のダンジョンすら、
彼の縁にならないのですか」
「何か理由があるんだろうさ。
後一息、距離が詰められればね」




