第33話 頭がおめでたすぎんだよ
スーツ男はきっと焦っている。
突然俺を呼び出して、
状況理解が追い付かない状況でダンジョンバトルをさせるのが、
コイツの作戦だったはずだ。
それを、俺の出した条件が狂わせた。
一度目のダンジョンバトルの時の情報と、
コイツの敗者のペナルティだけで出した条件だが。
効果があったようだ。
「お前は、
俺をどうしてもダンジョンバトルに参加させたい。
正確には、『その契約書』にサインさせたい。
そうだろ?」
俺はそう言って笑う。
笑って、
魔法鞄から獲物の解体用ナイフを取り出した。
「……どういうつもりだ?」
スーツ男が俺に聞くが、
俺からすれば何故聞くのか分からない。
「お前がやらないことをやってやるよ」
俺は歯を食いしばり、
ナイフを左手首へ振り下ろした。
「やめろ!」
スーツ男がそう叫んでいたが、
構わず俺は左手を切り落とした。
血溜まりを作って左手が床に落ちる。
血圧が急激に下がり、目の前が白くぼやける。
床がスポンジになったかと思うくらい、
足がふらつく。
ひどい吐き気に襲われるが、こらえる。
冷や汗が全身から吹き出した。
しかし、俺は意地でスーツ男を睨み笑う。
「ほ、ほら!
俺の手だ! 使えよ!?
サインさせたいんだろ?
ただし、『俺は』サインしねぇ!
代筆も頼まねぇ!
お前がこの手を使って、
無理矢理、勝手にサインしろよ!?」
俺はナイフを手放し、
落ちている俺の見慣れた左手を持ち上げてスーツ男に差し出した。
スーツの男は、驚愕の顔で青ざめたまま動かない。
思った通りだ。
ダンジョンマスターとして、
正式に『闇の神』が連れてきたヤツらは、
元の世界の感覚が抜けてない。
この辛辣な世界に三年もいた俺との大きな差だ。
殺し殺され、奪い奪われ。
人権もなければ、道徳もまともにない。
元の世界の日本では信じられないだろう『常識』に、
コイツらはまだ染まっていない。
左腕から血が止まらない。
意識が飛びそうになるのを懸命につなぎ止め、
俺は笑って見せる。
「右もいるのか?」
俺はそう言ってやった。
スーツの男は正気に戻ったようだ。
懐から何かの瓶を取り出して俺に駆け寄る。
そして、
俺から俺の左腕を奪うように掴み、
瓶を開けて俺の左腕に中身をかけた。
すぐに左手を俺から奪って左腕の切り口に合わせて押し付け、
残りの瓶の中身を傷口にふりかける。
「……あ?」
俺は気の抜けた声を漏らした。
理由は、左手が元に戻ったからだ。
失ったはずの血の気も身体に戻り、
意識がはっきりしてくる。
「お前、何をかけた?」
「エリクサーだ。
死んでなければ、どんな怪我も治す」
「見殺しは趣味じゃねぇか?
お前が自分の手で殺したいのか?」
「黙れ」
俺の左手が元通りになったのを確認して、
スーツの男は大きくため息をついた。
そして、俺の左腕を手放して俺から離れる。
「そうか。
この世界に生きていると、
そうなるのか。
それは、さすがに予想外だ。
これではこちらの要望も何もお前には届かない」
スーツ男はそう言って、
俺に背を向ける。
「頭を冷やせ。
そして、私とダンジョンバトルをしろ。
君にもメリットはあるはずだ」
俺は間髪いれず、吐き捨てるように言い放つ。
「ねぇよ、俺にメリットなんて。
お前ら、頭がおめでたすぎんだよ。
生きるか死ぬか。
それは、
単純に命があるかどうかだけじゃねぇだろ?
『俺の自由意思を奪う事』も、
俺からすれば死と同じなんだよ」
「なるほど。
これは、確かに難題だ。
このまま君をここに閉じ込めたとて、
自害する可能性の方が高そうだ」
スーツ男はまだ青い顔をしている。
ダンジョンマスターとして、
冒険者たちを殺しまくってるくせに。
きっと、ダンジョン運営はゲームかなにかのような認識なんだろう。
モブがいくら死んだところで、と言うヤツだ。
彼らにも人生があり、家族もいるのに、だ。
「では、策を変えよう。
私とダンジョンバトルをしろ。
君の言う自由意思を尊重して、
敗者のペナルティを決め直す」
スーツ男は俺を睨みつけて続ける。
「君が負けたら、
先程伝えた通り、『契約書』にサインをしろ。
契約書の内容を確認しても、しなくても、
必ずサインして契約を成立させろ」
「そうそう。
そうやって表現を明確にしろ。
玉虫色の回答が認められるのは、日本だけだ」
俺は鼻で笑い、続きを促す。
「私が負けたら、
私は私のすべてを君に渡して、私は死ぬ」
なかなか大きくでたな。
スーツ男は崩れたネクタイを直して、
真剣な顔で続ける。
「君の求めるものは自由だ。
だが、我が神は君を許さない。
逃がさない。
私が二度と君に関わらないと誓おうとも、
我が神は君を狙い続ける。
私にはそれは止められない。
だがら、私のすべてを君に渡して、
私は死のう」
我が神?
『闇の神』のことか。
なるほど。
パーカー女を殺したのは俺だしな。
俺が『闇の神』に恨まれるのは、当然か。
だが、『闇の神』は何故俺を殺さない?
スーツ男の言を読み解くと、
俺が契約書へサインすることを『闇の神』が望んでいることになる。
『闇の神』には、パーカー女を殺された恨みより優先して、
俺に契約をさせたいことがある。
それはなんだ?
それが分かれば、
かなり優位になれる。
だが、今そこに踏み込むのはやりすぎだ。
だから、俺はここで。
「良いだろう。
そこにさっき俺が求めた四つの条件を追加しろ」
「分かった。
それなら、ダンジョンバトルをするんだな?」
「……やってやるよ」
スーツ男が書き直したダンジョンバトルの契約書を確認して、
俺とスーツ男はサインをした。




