第32話 戦う前から負けている
気を抜いたつもりはなかった。
しかし、してやられた。
俺は歯軋りしつつも思考を巡らせる。
「三年は、君にとって辛く厳しいものだったようだな。
同情はするが、私も手加減はできん」
スーツの男はそう言って、
懐から紙を取り出した。
その紙に見覚えがある。
ダンジョンバトルをする際の契約書だ。
「バトル形式は私と君との一対一。
勝利条件は、
相手の『デコイのコア』を破壊する事」
デコイ?
なんだそれは?
耳に馴染みがないが、
脳裏に浮かぶのはこの前見た偽物のダンジョンコア。
あの台座に乗っかっていた大きな宝石が、
デコイか?
ちなみに、俺のダンジョンコアはまだ俺の腹の中だ。
一回出したが、白の教会を信用できなかったので、
洗浄してもう一度飲み込んだばかりだった。
スーツの男は懐からダンジョンコアのようなものを取り出し、
床に置く。
「これは、君のデコイだ。
私がこれに細工をしていないことも、
契約書の条件にいれてある。
敗者の命は取らない。
代わりに、
敗者は勝者の『望み』を一つ聞き入れて叶える。
『自分の配下に加われ』、でも良い。
『自分の奴隷になれ』、でも良い。
『自害せよ』でも良い。
ただし、
敗者の力で叶えられないものはダメだ。
『若返らせろ』、
『不老不死にしろ』や、
『元の世界へ帰せ』等。
敗者個人の力で実現不可能なものは、
望みとして認めない」
それは下手に死ね、と
言われるよりヤバイ感じがする。
俺はスーツ男と『デコイ』と呼ばれた床の上のコアを見て、
吐き捨てるように言った。
「……俺に何をさせたい?」
「そうなるのか。
いやはや、冷酷なほど冷静沈着だ。
良いだろう。
こちらの望みは、
君に『こちらの契約書』にサインしてもらう事だ。
もちろん、契約書の内容は読まず。
しかし、内容はすべて飲み、契約を履行する」
「連帯責任の契約書よりヤバイやつだろ、それ」
俺がそう言うと、
スーツ男は懐からもう一枚契約書を取り出し、
その内容を見て言った。
「内容を教えることはできないが、
一つだけ教えよう。
『私は』この契約書と同じものにサインをした」
……契約書の内容を知りたい。
だが、その前に。
「俺がもし、ダンジョンバトルを断ったら?」
「私は帰るだけだよ。
君をここに残して」
「……ここはダンジョンの中か?
『大海のダンジョン』のどこか」
男は感心したように唸る。
「本当に用心深い。
私の発言の一文字たりとも逃がさない姿勢も、
素晴らしい。
新人とはいえ、
ダンジョンマスターがダンジョンなしの男に負けた、
と聞いたときは信じられなかったが。
これなら、なるほど。
そうなるのか」
おごりでも、なんでもない。
顕微鏡の上の観察対象を見るように、
スーツ男は俺を観察し続けている。
コイツは強敵だ。
「ちなみに、
この部屋から外へ繋がる扉も道も用意していない。
ダンジョンバトルをすると言うまで、
ここにいてもらう」
「……ダンジョンバトルの条件を追加させろ」
俺は絞り出すように言った。
スーツの男は少し驚いた顔をする。
「内容に寄る。
勝利条件と敗者の扱いは変更させるつもりはない」
「一つ、バトル開始はダンジョンバトルの契約書にサインしてから七日後。
一つ、お互いダンジョンバトルの契約書にサインしたら、
俺をここから解放し人里まで瞬間移動させること。
一つ、お互い用心棒を雇うことを認めること。
一つ、お互いデコイのコアは、
本物のコアのある敷地内にすること」
俺の提示した条件に、
俺自身が優位になるものはない。
だからこそ、スーツ男は俺の目を睨みつけて言う。
「……どういうつもりだ?」
「変な条件ではないだろ?
どうだ?
お前も俺がここでごねて閉じ籠るのは、
不本意なんだろ?」
スーツ男は唸る。
「……認めん」
「俺にはダンジョンがない。
これが認められないなら、
戦う前から俺の敗けが確定している。
そんなバトルはやる意味がねぇだろ?」
俺がそう言うと、
スーツ男は舌打ちをした。
スーツ男の余裕が少し揺らいでいる。
俺は攻めいる隙を見つけたことを、
顔に出さないよう気を付ける。
「わかった、殺せよ。
それで終わりだ」
俺はそう言ってスコップを魔法鞄に入れた。
スーツ男が俺を睨みながら聞く。
「……何故武器をしまう?」
「抵抗のしようがないからだよ。
ダンジョンなんて敵陣ど真ん中に連れてこられて、
丸腰同然だ。
戦う前から負けている。
俺にできるささやかな抵抗があるなら、
俺はどの契約書にも断固サインしないことだ」
サインは、
おそらく俺の身体を無理矢理動かして書かせても無効扱いだろう。
それが認められるなら、
この前のダンジョンバトルの時に無理矢理サインさせられていただろう。
『闇の神』はダンジョンバトルの契約条件は、
双方のマスターが顔を会わせていることだと言っていた。
これは、契約書の『代筆』を認めてない、とも言えるはず。
その上、スーツ男はダンジョンバトルの勝者は敗者に望みを叶えてもらう、と言った。
そして、スーツ男の望みは『俺が契約書にサインをする』と言うことだ。
これも、理由がどうあれ俺が俺の手で契約書にサインしないと契約が成立しないから、
ともとれる。
「なぁ、大海のダンジョンのマスターさん。
俺にもっと有利な条件を足してもいいんだぞ?」
スーツ男は顔を険しくしかめる。




