閑話 オフィス
●どこかにある、どこかのオフィス●
「ない!
ない、ない、ない、ない!」
黒いドレスをひるがえし、
書類棚をひっくり返して闇の神は叫んだ。
オフィスには、
デスクが一つ一つパーティションで区切られ、
パソコンが全てのデスクにあり。
まるで地球のオフィスのようだ。
しかし、今はその広いオフィスに彼女一人だけ。
デスクの引き出しも引っ張り出してひっくり返す。
「なんで?!
なんで、なんで、なんで!?」
彼女は頭をかきむしり、
自分の記憶をたどる。
「あぁ!
数合わせだから、
ダンジョンコアを渡してすぐ死ぬよう、
『樹海』に落としたんだ!
だから、だから、『契約書』がない!」
自分の失敗だった。
ちゃんと死んだことを確認をすればよかった。
「アイツの『この世界に移住させる契約書』がない!」
異世界転移。
別の世界から自分の世界へ連れ込む際に、
『自分の意志で元の世界を離れ、
この世界に移り住む』、
と言う意思表示をする契約書。
闇の神はこれを使って、
自分の世界に人材を呼び込んでいる。
「あれがないと!
私がよその世界から人材を誘拐してるのがバレる!」
そう、異世界転移は本来起きたとしても、
事故によるものだ。
彼女はその事故を意図的に起こして、
他所の世界の人材を誘拐し『ダンジョンマスター』として育成する。
それが、闇の神がやっていたことの真実。
人は、『生き物の魂』はどの世界でも有限の資源だ。
なので、特別理由もなくそれを他の世界とやり取りすることはない。
しかし、世界間の狭間にある『間仕切り』に異常が起き、
人が間仕切りを越えて他の世界へ転移してしまう事故がある。
それが、『迷い人』。
その際は元の世界と今の世界の神同士でどうするか決め、
迷い人の希望を聞いてから決定する決まりだ。
この世界は、
『迷い人が移住を希望したら』移住を闇の神が斡旋する。
そして、トシオのいた世界は、
『迷い人が帰還を希望したら』転移中の記憶は夢として処理し、
元通りに帰還させる。
それを、この神は利用した。
事故に見せかけて頭の良さそうな人材を誘拐し、
厚遇してこちらの世界に移住させる。
そして、迷い人自身が移住を希望した、と
するため契約書を先に書いてもらう。
元の世界から問い合わせが来てから、
彼らを見つけたフリをして契約書を見せ円満に移住をさせる。
契約に至らず元の世界に帰りたいと言われたら、
普通の迷い人と同様に元の世界の神に身柄を引き渡し、
向こうで処理してもらう。
「契約書がない!
本人も帰還を希望してる!
なのに、まだここにいる!」
闇の神は自分のデスクを殴り付けた。
「……まだ、あっちの世界から問い合わせが来てない。
問い合わせが来たら、バレる。
今さらアイツを殺したとしても、
魂は返す必要がある。
その時に私が殺したことがバレる!
そんでもって、
ダンジョンコアを渡して樹海に棄てたのがバレる!」
髪のセットなんてもうどうでもよかった。
闇の神は頭をかきむしり、
ボロボロの髪を振り乱して叫ぶ。
「魂ごと廃棄しても、
あっちの魂が足りなくなるからバレる!
今から契約させるのも、
あんな様子じゃ絶望的!
どうしよう……」
サトウ トシオは、
その中で数を調節するためにさらった一人だった。
『樹海』に落とされた人間は、
だいたい熊や猪に襲われて勝手に死ぬ。
トシオは落とされた時に大声で叫んでいたので、
野生の動物は近寄らなかった。
また、樹海のモンスターたちも謎の絶叫に警戒してしまい。
偶然たまたま、彼は樹海を抜けて町にたどり着いた。
「……嘘でしょ?」
闇の神のスマートフォンに、通知が届く。
彼女は急いで通知を確認した。
トシオが死んだら困るからだ。
「はぁ?!」
しかし、死んだのはクミだった。
怒り心頭で闇の神は叫び声を上げ、
散らばっていた書類をさらに投げて散らす。
「何してんのよ!?
アンタにいくらかけたと思ってんの?!
移転費用も教育費もバカにならないのよ!?
それを、あんなのに負けて!
なん! もう! バカ女が!
頭までユルかったの!?」
闇の神からすれば、
クミすらただの駒の一つ。
惜しむのは命ではなく、
それにかかった費用だった。
「なんとかしなきゃ!
アイツをただ殺すだけじゃなくて!
契約させて、殺さないと!」
闇の神は散らかった資料を蹴り飛ばしながら、
自分のパソコンに向かった。




