第2話 嫌な夢だ
ダンジョンコアだけ、
俺の手元にはただそれだけ。
三年間必死に働いて、
必死に話を聞いて交渉し、
必死に調べてきた。
何をしたら良いのかもわからず。
何ができるかも知らず。
手の中にあるそれについて、
調べ尽くして。
「……家に、帰りたい」
俺の願いはただそれだけ。
いつものように、大学へ行って。
講義を受けて、友達と話して、昼食って。
バイトに行って。
バイトの先輩に彼女が欲しいとボヤいて。
疲れて家に帰って、風呂入って、
カップ麺食って、寝る。
望むのは、そんな俺の日常。
「嫌な夢だ。
ここに来たときの事のフラッシュバックだ」
俺はベッドから起き上がる。
板にシーツを二枚敷いただけのベッドだ。
家のスプリングのよれたベッドが天国に思える。
六畳くらいの部屋にベッド。
四畳くらいの土間に簡易なキッチン。
トイレはあるが、風呂はない。
こんな豚小屋でも、俺の持ち家だ。
薬草を採る契約で、商業ギルドとコネができた。
それを利用して、一番小さい家を買った。
これでも俺は小金持ちなので、借金はしていない。
「家にダンジョンコアを置いても、
埋めても、何してもダンジョンにはならなかったな」
顔を洗って、
出掛ける用意をする。
外はまだ日が昇ったばかりだ。
皮の鎧と皮の手袋付き小手を装着し、
皮のすね当てを両足に巻き付ける。
そして、袖付きのポンチョというか、
雨合羽みたいな外套を頭から被る。
この外套にはフードも付いていて、
俺は普段フードを目深に被っている。
「行きますか」
手に取るのは剣ではない。
スコップだ。
特注のスコップなので、
グリップから柄から全て金属でできている。
ちゃんと焼き付けされた刃が付いた剣先スコップだ。
毎日刃の手入れを欠かさず、
踏み金も付いているので、
固い土も楽々掘れる。
そして、鞄を肩からかけた。
スコップは紐を巻いて背中に背負う。
これが俺の仕事着兼、普段着だ。
家を出てドアに鍵をかけて、
冒険者ギルドへ向かう。
日が昇って来たので、
町のあちこちに人の姿が見えてきた。
だが、一番目につくのは冒険者たちだ。
依頼は朝に掲示板に掲示され、
受注するための半券を取るのは早い者勝ちだからだ。
既に冒険者ギルドの入り口に冒険者たちが列をなしており、
ドアが開くのを待っている。
俺は掲示板に行かずに、
直接受付で薬草採りの指名依頼を受けるだけなので、
この列には並ばない。
少しはなれたところでギルドの開門を待つ。
「お。
草むしりじゃん」
「え?
どこどこ?」
「あっこだ。
拝んどけ、拝んどけ」
最近、なぜか冒険者たちが俺を見つけると俺を拝む。
バニレや他の冒険者に理由を聞いたが、
はぐらかされて聞き出せていない。
「開門ー」
受付嬢たちの声が響いた。
ギルドの門が開かれ、
冒険者たちがなだれ込むようにギルドへ入っていく。
俺は門の周りに人がいなくなったことを確認してから、
冒険者ギルドへ入っていく。
掲示板に殺到した冒険者たちから怒号が聞こえるが、
俺はまっすぐ受付へ向かう。
「くs、あ、……。
トシ・オーさん、こちらへ!」
真ん中の受付嬢が俺を呼んだ。
コイツ、俺の事を草むしりって呼ぼうとしてたな。
ポーションの値上げの件があったからか、
冒険者ギルドの俺の扱いが急変した。
今俺を呼んだ受付嬢は冒険者たちからも人気のある、
いわゆる『看板娘』だ。
しかし、コイツは数日前まで俺の事を道端でみたゴキブリみたいな扱いをしていた。
いつも俺がコイツの受付に行くと、
端の列に行くよう怒鳴られ、
新人の受付嬢に対応を押し付ける。
俺はあえて呼ぶ受付嬢を無視して端の列に行く。
受付嬢は大慌てで端の新人を押し退けて、
俺のところにきた。
「ほ、本日も、お日柄も良く……」
顔も声もこわばって、
無理しているのが見え見えだ。
そんなに俺が嫌いか。
俺は黙って顔色も変えずに逆サイドの端の列に移動した。
「う、嘘でしょ!?」
そう言って、
受付嬢はまた端の列の新人を押し退けて俺の前にきた。
受付嬢の額に血管が浮かび、
目元がひくひくと痙攣している。
俺にたいして怒ってるんだろうが、
だったら追っかけて来るなよ、と言いたい。
「う、え、あ!
し、指名依頼がございますよ!」
俺は黙ったまま。
ノーリアクションを貫くことにした。
受付嬢が慌てて依頼票を持ってくる。
「薬草採取の依頼が、
商業ギルドのギルド長と薬師ギルドのギルド長から届いています!」
俺は受付に置かれた依頼票を自分のところへ引き寄せて、
内容を確認する。
いつもと変わらない内容だ。
薬草を定量採取し、
俺が商業ギルドへ届けて依頼完了。
「な、内容に問題はありませんか?」
必死だ。
今まで俺にどんなに酷い対応をしてたか、
隠したいと言わんばかりの顔だ。
いつもなら、
依頼票を投げつけられて床に落ちたそれを拾ってギルドを後にする。
しかし、今は依頼票はしっかり受付の上に乗っている。
「手のひら返しがひでぇよ……」
「あぁ、ありゃひでぇわ。
俺、ミコちゃん推してたけど、やめるわ」
その光景を見た他の冒険者たちがドン引きしている。
他の冒険者たちは、
俺にたいしてギルドほど当たりが強いことはしなかった。
俺の事が気に入らない冒険者に、
せいぜい無視されるくらいだ。
俺は依頼票を手にして、鞄へ入れた。
「あ!
あの、説明……」
受付嬢がなにか話しかけたが、
俺は無視してギルドをでた。




