第106話 加護を……、使わせる?
皆、暗闇を慎重に進んでいく。
ライトを少し下へ向けて、足元を照らしつつ。
まだ足元が『地面である』ことを祈りつつ。
「地図が意味をなさなくなりました。
皆さん、いつでも帰還石を割れるようにしててください」
トシ・オーはそう言いながら、
懐に手を当てた。
それに応えるようにスオラが話し出す。
「どうやら、
相手の目的は俺たちを『殺すこと』じゃなさそうだな。
分断か、混乱か。
はたまた、拷問か。
なんにせよ、
そこに隙ができる。
殺せるときに一息で殺さない、なんてのは、
『強者の余裕』じゃなくて『驕り』だ」
トシ・オーは久しぶりにスオラの言うことが分かる気がした。
「プランはたちましたか?」
「どうやら、魔物は再配置されてない。
相変わらずのこのざまだ。
敵の目論見、と言うか、
『こちらの目的を妨害すること』は、
敵の目的と繋がってないかもしれん」
同じではないのか?
トシ・オーはそう思ってしまう。
「どういうことです?」
「ビトメってのを捕えて、
お前をここへ誘い込んで殺すくらいなら、
あの街でシェイプシフターの化け物がいたときに殺す方が楽なんだ。
人質がどうなってもいいのか?
って言いながらお前を殺せば良い。
でも、それをしなかった。
何故だ?
目的があるからか、
お前を殺すリスクが目的を達成することより大きいからだ」
トシ・オーは眉間にシワを寄せる。
「……私を殺すリスク、ですか。
何も思い付きません。
私の忘れた記憶とか、関係がありますか?」
「お? それかもよ?
お前の記憶。
記憶は忘れてもなくなるわけじゃない。
『思い出せなくなる』んだ。
もし、お前の記憶が戻ることをリスクだと考えてたなら。
もしくは、お前が死んで記憶が永遠に失われることをリスクにしてるなら、
お前を殺さない理由にぴったりなんだ」
トシ・オーはなんとなく察した。
「私の記憶が、鍵ですね」
「まぁ、リスキーだぞ?
同じく記憶がない俺も人のこと言えねぇけど。
記憶を思い出した『お前』は、
今の『お前』かどうか分からねぇんだからよ」
一瞬、スオラの言うことが分からなかったのに、
お湯に浸かったみたいに意味がじわじわ染みてくる。
トシ・オーは冷や汗が止まらなくなる。
「ほら、見たことか。
だから、そこは触れないように置いとこう。
記憶が重要な鍵だが、忘れるんだ。
そんでもって、代わりを用意しよう。
ダンジョンマスターが欲しがってるものや。
ダンジョンマスターがさらにリスクに感じているものを」
恐怖を振り払うように、
トシ・オーは首を振って前を見直す。
「……スオラさん、
プランをください」
「ダンジョンマスターの目的が分からんの。
いや、分かってるところだけ言うと。
お前とビトメを引き離すこと。
ビトメの身柄を確保すること。
最後に、ビトメに『加護』をつかわせること」
「加護を……、使わせる?」
スオラは解説する。
「相手は、六柱の神の加護を知ってるんだよ。
普通はそんな強力な力、
使われると困るから彼女を襲ったりしない。
でもな、ビトメとお前を追い詰めて、
アイツらは二回も加護を使わせた」
スオラは笑っている。
「一回は失敗して使わせてしまったのかもしれないが、
二回だ。
二回も加護を使わせたなら、
もう故意に使わせてると言える。
六回しか発動できない『加護』をだ。
そのせいで、ビトメの行動の選択肢に、
『加護』が生えてしまってる。
分かるか?
選択肢に生えるんだ。
『たたかう』、『にげる』、『どうぐ』、
『かごをつかう』。
人間は一回その行動を取ると、
次にそれを使う心理的なハードルががっくり下がるんだよ。
行動レパートリーの拡大と取得だ」
ハードルだのコマンドだの単語が何個か分からないが、
トシ・オーにも理解できる。
一度選んだ選択肢は、次から選びやすくなる。
「しかも、ビトメの加護は強力すぎる。
それを使ったら、
高確率で目的を果たせる。
オペラント条件付けの正の強化が起きる。
もう初めの選択肢に『加護』が入って外れない。
恐らく、アイツらはそれを狙ってる。
ダンジョンマスターの狙いは、多分それだ。
でも、理由が分からない。
何で加護を使わせたい?」
トシ・オーもスオラも、唸りながら考える。
トシ・オーは、とにかく理解できたところをすくって考える。
「とにかく、ビトメさんに加護を使わせないことが大事、
と言うことですか?」
「多分な。
アイツら、二人を魔物に襲わせまくってるから、
一番使わせたいのは『死の神』の加護だろうな。
全てを殺す力。
絶対に脅威なはずだが、
一度きりってのを逆手に取って、
『加護を使いきらせる』ってのを目的にしてるのかもな」
トシ・オーは、皆と暗闇を進む。
スオラとの会話が、
近くの人にも誰にも聞こえてないことに気付かず。
自分が声すら出してないことに気付かず。




