第103話 入らないで待っててください!
オスマンサスに現れたトシ・オー。
出てきたのは『白の教会』の神殿の目の前。
トシ・オーは神殿に入って叫ぶ。
「誰か!
『静ひつのダンジョン』の近くか、
ダンジョンの中に行ける帰還石ありませんか?!」
「トシ・オー様!
少しお待ちください!」
「仲間の一人がそこに行ける瞬間移動の魔法を持ってます!」
『白の教会』のメンバーが、
一も二もなくその声にしたがう。
『静ひつのダンジョン』。
大陸の北にある山脈の一番高い山。
アチェート。
その険しい山の中腹にあるダンジョンだ。
その山の険しさで人は寄り付けず。
年中雪でおおわれたその入り口は、
『静ひつ』と呼ぶにふさわしいほど静まり返っている。
東の山岳地帯の『命の峯』は、
その名の通り、雪解け水を各地の河川へ流し、
たくさんの花を咲かせて、命を育む霊峰。
対して、アチェートはむき出しの岩に年中降り積もる雪で、
生き物の気配は感じられず。
険しく、しかも、凍った足元は殺意すら感じる。
別名『死の山』。
そんな場所にある、誰も近寄らないダンジョン。
中の魔物も音を殺し、気配を殺し、
暗殺するように襲いかかる厄介なモノばかり。
産出する宝箱はあるが、
その産出する階層までたどり着つくことは困難。
討伐した魔物の素材をもって下山するには、
コストがかかりすぎる。
だから、冒険者も国の軍も、誰も近寄らない。
そう言う意味でも、
『静ひつのダンジョン』だ。
そして、同時に『幻視露草』の数少ない自生地として有名。
幻視露草は麻薬ではあるが、
とても優秀な鎮痛剤にもなる。
なので、年数回は『静ひつのダンジョン』に探索隊が送られる。
この花を麻薬として求める者も多いが、
アチェート山の険しさとダンジョンの魔物の強さに阻まれ。
不届き者は近寄らない。
しかし、それがビトメの近くに咲いていた。
あの揺れる青い花は間違いなく幻視露草で。
それをあんなむき出しの地面に咲かせていられるのは、
『静ひつのダンジョン』しかない。
「予定より早く人質のいる場所が割れた。
なら、後は攻め込んで奪取する!」
スオラはそう言って笑う。
元のプランではこうだった。
昼の間にジョージ前王に手配してもらっていた、
オスマンサスの兵隊たち百名。
彼らには先に潰した二つのダンジョンと『武人のダンジョン』を除いた、
残り三ヶ所のダンジョンに向かってもらっていた。
スオラは、
ダンジョンマスター自ら名乗った『天空のダンジョン』だけじゃなく、
『庭園のダンジョン』も敵の協力者だと断言していた。
理由は一つ。
トシ・オーたちがヘルトから誘拐されたとき、
被せられた『袋』だ。
ダンジョンで薬草を採った後、
それを長持ちさせるために用意する特殊な袋がある。
睡眠の魔法が組み込まれた魔道具で、
摘んだ薬草を眠らせて長持ちさせる。
植物もちゃんと眠るほどの睡眠の魔法が、
その袋にかけられており。
それを人や獣が頭から被ると、途端に眠ってしまう。
そして、その袋は『庭園のダンジョン』の近くでしか手に入らない。
ヘルトで二人が被った袋はそれだった、と
スオラは考えた。
ミルポアのキャラウェイが事前に用意していた可能性もあるが、
国外への持ち出しがかなり厳格で難しい品だ。
用意するためには、
ダンジョンマスターくらいの協力者が必要なくらいの品だ。
だから、スオラのプランは、
『庭園のダンジョン』と『天空のダンジョン』をほぼ同時に襲わせた。
そして、残りの三つのダンジョンへ彼らを向かわせて、
強襲ではなく、異変がないか調べさせていた。
彼らが調査報告に戻るのが夜の予定なので、
トシ・オーたちはスコップの街で待っていた。
しかし、襲撃という予期せぬことでビトメの居場所が割れた。
「『静ひつのダンジョン』に向かったオスマンサスの人たちは、
もう戻られましたか?」
「まだです。
先に戻ったのは瞬間移動の魔法使いだけで。
三十分後に迎えに行く予定でした」
「私を『静ひつのダンジョン』へ送ったら、
調査隊と魔法使いの方は戻ってください」
「ただいま!
トッシー、次どこ?!」
「『静ひつのダンジョン』です!
先に行って、入らないで待っててください!」
「分かった!
先行くね!」
『雷光の聖女』はそう言って姿を消した。
衝撃波で彼女の立っていた辺りのものが吹き飛んだので、
走って向かったようだ。
ゼンフが続いて『白の教会』の神殿に入ってきた。
「トシ・オー様、
『静ひつのダンジョン』ですね?」
「ゼンフさんも、分かったんですか?」
トシ・オーはゼンフに駆け寄り、
問いかける。
「えぇ、分かりました。
あの花、
『幻視露草』は我らも鎮痛剤のために『静ひつのダンジョン』まで採取に行くことがあります。
そして、あの檻のあった風景に見覚えがあります。
『静ひつのダンジョン』の置くにある安全地帯だと思います。
私はダンジョンの入り口まで瞬間移動できます」
ゼンフの言葉に、トシ・オーは首を横に振る。
「ゼンフさんは、今日何度も瞬間移動した上に、
戦闘までしています。
魔力の残量を温存してほしいので、
貴方は瞬間移動の魔法を使わないでください」
「確かに……。
仕方ありません。
承知しました」
実際、ゼンフはオスマンサスでの戦闘もあり、
万全とはほど遠い状態だ。
「オスマンサスに集まった『異端審問』たちにも、
連絡します。
『静ひつのダンジョン』に行ける瞬間移動の使い手が、
いるかも知れません」
ゼンフはそう言い残して、
走って神殿を出ていく。
入れ違いで、ジョージ前王が神殿に入ってきた。
「トシ・オー。
『静ひつのダンジョン』だな?」
「はい。
今、魔法使いと帰還石を探してもらってます」
ジョージ前王はアゴに手を当てて、
探るように言う。
「トシ・オー……?」
「はい」
トシ・オーは普通に答えた。
それを見てジョージ前王は目を細める。
「封印が緩んできてるな?」
「何のことですか?」
トシ・オーは心底そう思った顔で聞き返した。
「お前さん、
さっき辞書を朗読したみたいなったって聞いたぞ?」
「え? 辞書?
何がですか?」
「記憶がないのか?
なら、余計にあれだな。
これが良いことなのか、
悪いことなのかは知らない。
知らないが、一つだけ言いたい。
『お前、頭いいな』」
ジョージ前王はそう言っていたずらっぽく笑った。




