第94話 宝石が、話している?
ゼンフは身構えた。
しかし、ためらっている。
兄のタードに、敵意はないからだ。
「え?
なんでわかるの?」
『雷光の聖女』は笑顔でそう言う。
ジョージ前王は顔に手を当てて、天をあおいだ。
「聖女さん、言っちゃダメですよ」
さすがにトシ・オーもつっこんだ。
「……本物、か。
騒ぎになるとまずいな。
ゼンフ、こっちの道を行こう」
タードは察しがよかった。
四人を引き連れて裏道へ入る。
「なんでわかるの?」
聖女がタードに心底不思議そうにたずねる。
タードは苦い顔で言う。
「えっと。
俺は色々あって、
トシ・オーに謝ってばっかりだったんだ……。
だから、トシ・オーの印象が腰から下しかなくてな」
腰から下。
トシ・オーは三年前とは違う服装だ。
しかし、熟練の冒険者には、動きの癖を読める者がいる。
タードはまさにそれだった。
足の動きで、トシ・オーを見抜いた。
「ここにいる冒険者は全体的にレベルが高い。
ゼンフ、こんな変装、すぐ見抜かれるぞ?」
「至急の用があって……」
ゼンフも苦い顔をする。
その顔は兄弟で似ていた。
「その身体の怪我、
用に関係してるんだよな?
結構な重傷に見えるぞ?
ポーション飲むか?
まぁ、俺も目を失ってからここに住み着いたから、
まだまだ新参者なんで。
できることは少ないが、
トシ・オーには命を救ってもらった借りがある。
なんとかしよう」
タードはそう言って、四人の先頭を歩く。
少し進んでたどり着いたのは、一軒の小さな家。
小さな、本当に小さな家だが、なぜか綺麗にされている。
となりの家と見比べても明らかに綺麗にされている。
「ここに入るぞ。
ゼンフ、身体縮めろ。
ドアが普通のしかない」
「私は見張りも兼ねて外で待ちますよ。
お三方はどうぞ」
ゼンフは家の前に座り込んだ。
タードと三人は家の中へ足を踏み入れる。
「ここが、トシ・オーの家だ」
「勝手に入ってよかったんですか?」
トシ・オーがたずねる。
「トシ・オーが帰るまで、
冒険者たちが入れ替りでここに寝泊まりしてる。
いつ帰ってきても良いように、掃除したりして。
今日は俺がその当番なんだ。
ちょうど良いだろ」
タードは二脚しかない椅子を聖女とジョージ前王にすすめ、
トシ・オーはベッドに腰かけるようにし、
自分はドアの前に立つ。
「風の噂で聞いてる。
トシ・オーの記憶が封印されて、
どこかで別人として暮らしてるって」
小さく嘆息をついたタード。
「トシ・オー、何か思い出さないか?」
タードがたずねた。
聖女とジョージ前王も、トシ・オーを見つめる。
トシ・オーはフードを外して、
部屋を見回すが、いまいちピンときていない様子だ。
「さすがにそんな簡単には、
『神の封印』は解けないか」
タードはため息をついた。
聖女とジョージ前王もため息を付く。
「とりあえず、ここで待っててくれたら、
俺が商業ギルドから人を呼んで来るよ」
「ならば、マリー殿を呼んでもらえんかな?
彼女がここのギルド長だろう?」
ジョージ前王は懐から取り出した『クラウン』の売上台帳の写しを見せて言った。
「大物じゃないか。
オスマンサスの前王様が一緒に来てくれたら、
呼べますよ」
「さすがに顔バレしていたか。
よし、一緒に行こう」
タードも生まれは貴族の家だ。
各国の重鎮の名前と顔は今でも覚えているし、
時おり会ったり見かけたりして記憶を更新している。
そこに、聖女が手を挙げる。
「待って!
私もね、ここの『白の教会』に顔だしときたい!」
「外にゼンフもいるから、
トシ・オーに少し待っててもらえればいい。
ここにいたら、何か思い出すかもだしな。
昼までにはここに戻って来て、合流する。
それでいいか?」
トシ・オーと二人はうなずいた。
三人はトシ・オーとゼンフを残して家を出る。
トシ・オーは、一人ベッドに座っていた。
なんとかしないと。
連れ去られたビトメを助けたい。
記憶も、縁もゆかりも何もない自分を、
神の頼みと言えど教え、護り、そばにいてくれた。
ビトメを助けたい。
しかし、自分には何もない。
知らない人に『英雄』と呼ばれるが、
自分にはそんな力はない。
記憶もこの三年分しかない。
剣も握れず、筆もとれず。
そして、この前の事はよく覚えていない。
目が覚めて、突然知らない部屋の中で。
怖くなって、恐くなって。
そこでトシ・オーの記憶は途切れている。
トシ・オーが気付いたら、
自分はビトメに水筒を渡していた。
そこからは何となく、
しないといけないことがわかった。
よくわからないが、
ビトメとトシ・オーは助かった。
『あれ』が、必要だ。
今こそ『あれ』が、あの時の記憶のない時の『あれ』が。
『あれ』がどうしてもいるんだ。
だが、どうやっても、ああならない。
自分はどうなってもいい。
だから、だから、どうか。
力が欲しい。
トシ・オーは必死に考えていた。
どれくらい時間が経っているのかわからない。
そこに、変な音が聞こえてきた。
ざっ、ざっ、と言うリズミカルな音だ。
まさに、スコップで土を掘る音。
トシ・オーが視線を少し挙げる。
そこには、誰かがいた。
袖付きの外套を被り、
両腕には皮の小手。
スコップを踏むときに皮のすね当てが見える。
ただ、顔はよく見えない。
男は延々と掘る。
スコップを立てて、踏み金を踏み、
刃を地面へ入れ、すくいあげる。
しかし、地面は掘っても掘っても、
いつのまにかもとに戻る。
男が掘っても、掘っても、掘っても。
何もなかったかのように、元通りの地面に戻る。
しかし、男は掘ることを止めない。
飽くことなく、腹を立てる素振りもなく。
黙々と、淡々と、スコップを踏み、掘り起こし、ひっくり返す。
ざっ、ざっ、とリズミカルに。
ずっと、ずっと、ずっと。
なんでこんな所に男がいるんだ?
トシ・オーはふとそう思うと、
そこには何もなく誰もいない。
目の前にあったのは、ただの土間だった。
土間、なのだ。
土がむき出しの土間だ。
トシ・オーには何故だかわからない。
わからないが、
土間を掘り返さなくてはいけない気がした。
強く感じる妙な焦燥感。
トシ・オーは部屋を見回して、
スコップを見つけた。
錆びているスコップだが、
土を掘るには問題無さそうだ。
トシ・オーは、掘る。
ざっ、ざっ、とリズミカルに音が聞こえる。
少し掘り進むと、
そこには布や油紙でぐるぐるに包まれた何かが出てきた。
人目どころか、
空気にも土にも触れないように厳重に梱包されている。
それをほぐしてみると、
中から鞄が出てきた。
ボロボロだが、まだまだ使える鞄だ。
トシ・オーはおもむろに鞄に手をいれた。
「何か……、入ってる」
指触れる感触は冷たく固い。
手のひらに触れる形はツルツルしてるが、
多角形に削られている。
トシ・オーはゆっくりそれを取り出した。
出てきたのは、握り拳大の宝石。
大きい。
かなり大きい。
これを売れば遊んで暮らせそうなほどだ。
「俺がいくら魅力的だからって、
売るなよ?」
声が聞こえた。
トシ・オーは取りこぼしそうになった宝石を慌てて胸元に抱き止める。
「野郎の包容なんて、ありがたくもねぇ。
気持ちわりぃから、さっさと離せ」
野郎の包容なんて?
トシ・オーは、ゆっくり宝石を自分の顔の高さに持ち上げた。
「んだ?
ガン飛ばしてんじゃねぇ。
野郎に見つめられるなんて、
最低な気分だわ。
糞が」
「……宝石が、話している?」
トシ・オーは宝石を訝しげに見つめる。




