第93話 『スコップの街』
●天空のダンジョン最奥●
ビトメがダンジョンに連れ去れてた。
何もない。
本当に何もない、空を浮く小島の上。
彼女はその上で座っていた。
「『水の神様』から、
ここで待つよう神託をいただいた以上。
ここで待つしかありません」
幸い、まだ『鋼の神の加護』が発動しており、
身の安全は保証されている。
難点があるとするなら、
食べ物も水もない土がむき出しの小島の上で、
自分は何日もつのか。
「体力を温存しなければ」
ビトメは座って、
『命の神』への祈りを捧げ続ける。
思考しないよう、行動しないよう。
正気を保ち、心を落ち着かせるために。
己の信仰のために。
●プニャード●
トシ・オーは、動かない。
ダンジョンバトルが終わり、
一般人と周囲の安全を確保し、
『白の教会』の神殿に戻ってから。
彼はテーブルの上の大陸の地図に両手の平を付けて、
ピクリとも動かない。
しかし、その眼球はせわしなく動き続けている。
「なぁ、あれ……」
ジョージ前王はそんなトシ・オーを遠目で見て言いかける。
しかし、『雷光の聖女』はそれを遮って首を横に振る。
「違うよ。
お母さんじゃない」
明確な否定。
「お母さんは、立ち止まらない。
目的のために歩き続けるの。
だから、あれは違うよ。
……でもね」
『雷光の聖女』は目を細めて続ける。
「きっと、彼も探してるの。
自分の中の『勝ち目』を」
トシ・オーの見つめる地図の上の赤い丸印が、プニャード。
緑に塗られて広がる地域は『樹海』。
そのさらに北。
国をいくつも跨いだ先にある、
黒いインクでばつ印が付いた所が『天空のダンジョン』。
大陸の南端から北端ほどの距離がある。
緯度で言えばヘルトより、
『天空のダンジョン』の方が北にある。
真っ直ぐ行けても、馬で数年かかる。
それなのに、『樹海』が道を遮っている。
広い、広い、緑の地域。
ここはダンジョンではなく、
自然に生息している魔物たちの巣がある。
中央へ行けば行くほど、
魔物は狂暴に、強力に、凶悪になる。
人類未踏の地域だ。
これを迂回して『天空のダンジョン』へ向かったらば、
馬とはいえ直接距離よりさらに数年余計に時間がかかる。
現実的に、ビトメの生存が絶望的だ。
しかし。
「……やられた」
オスマンサスの将軍は、
報告書を見てそう呟いた。
彼はニワトリを屠った際、
受けた傷に包帯を巻いている。
「魔物の氾濫は、囮だった」
その報告書には、こう書かれていた。
倉庫街に保管されていた帰還石が、全て破壊されている。
さらに、街の商店や倉庫にあった帰還石も残らず破壊。
ヘルトに行ける瞬間移動魔法の使い手も、全員死亡。
瞬間移動ができる魔法使い自体もかなり数を減らしており、
意図的に狙われたのがわかる。
「ダンジョンマスターの狙いは、
トシ・オーをここプニャードに閉じ込めて、
ビトメ様を連れ去ることだったと見て間違いないだろう」
将軍の言葉を聞いて、
『雷光の聖女』が手を上げた。
「ビトメねぇちゃん、助ける!」
「待て待て!
お前さんなら『天空のダンジョン』まで一走りかも知れんが、
ダンジョンの中に一人で飛び込むのは危険すぎる!
せめて、お前さんの所のテクノマギを百人は連れて行かねば、
生存すら危ういぞ?」
ジョージ前王がそれをとめる。
包帯まみれのゼンフが手を上げた。
「『樹海』の手前の街ならば、
私が瞬間移動で連れて行けます」
「あそこは、
『樹海』の魔物を狩って生活する冒険者の街だ。
土地に根付く者もいるが、
いつ放棄されるかわからんとして、
街に名前すらつけられてない『名無しの街』だぞ?
あんなところへ出られた……、として……。
いや、それは名案かもしれんな」
ジョージ前王が、ニヤリと笑う。
そして、彼は地図の上の『名無しの街』に青いインクで丸をする。
「ここは、
三年前までトシ・オーの生活拠点だった街だ!」
『名無しの街』、『冒険者街』。
色々呼ばれるが、
そこに住む者は今、街をこう呼ぶ。
●名無しの街●
「……『スコップの街』」
そう呟いて、
トシ・オーはローブを目深に被り直した。
街に入ると目につくのは冒険者たち。
彼らは、
ほとんど全員がスコップを持っていた。
剣士もスカウトも、
魔法使いなんてほぼ全員がスコップを背負っている。
スコップは柄からグリップまで全て金属製。
焼き付けられた刃が付いているので、
固い土にもさくりと突き刺さる。
手入れを欠かさなければ、
魔物の首をはねる武器にもなり得る。
柄やグリップは険や槍も受け止め、
いなすことができる。
万能なサブウェポン。
「……トシ・オー。
しっかり顔を隠しておけ。
バレたら悪い意味じゃなくて、
いい意味でパニックになるぞ。
バレた瞬間、街を上げて祭りが始まってしまう」
同行をすることになったジョージ前王は、
苦笑いしながらそう言う。
ここはクリザンテーム王家の直轄地で、
今もなお第三王子が直接管理をしている。
「この街はな、
三年前から必ず『クラウン』を仕入れてるんだ。
しかも、必ず二月に一本売れてる。
一本金貨三枚の超高級な酒が、だ」
ジョージ前王、包帯をまいたゼンフ。
そして、『雷光の聖女』がトシ・オーの周りを囲むように陣取り、
街を歩く。
はっきり言って、とんでもなく目立つ集団だ。
突然、その集団を見つけた冒険者の男が、
大きな声をだした。
「ゼンフ!
こんなところで、何してんだ?」
「あ!
タード兄さん!?」
左目に眼帯をまいた冒険者が、
ゼンフに近寄ってきた。
彼はこの集団を見て眉を潜める。
「異端審問官、の仕事か?」
「そ、そんなところです」
ゼンフは慌てて肯定する。
それを不思議そうに眺めている『雷光の聖女』が。
「おっちゃん、おとーと、なの?」
「聖女殿。
老け顔と言いまして、
見た目より歳が若い方も多いのですよ?
私の息子の、
今のオスマンサス王も。
あの見た目で、貴女と同い年ですから」
「ジョーサンは、
ジョージの息子だから若いよ!」
『雷光の聖女』はジョージ二世、
前王をジョージと呼び。
その息子、現王ジョージ三世をジョーサンと呼ぶ。
現王もジョージ二世に似て、イケオジなのだが。
年齢はまだ二十一歳。
現王には三人の姉がいて、三人の弟がいる。
三人の姉は既に他国へ嫁いでいたので、
長男のジョージ三世が王位に着いた。
ゼンフは何となく居たたまれなくて一歩下がる。
「老け顔の自覚はありますよ!
兄上の方がどう見てもお若いから!」
彼ら兄弟が並ぶと、非情だ。
劇画タッチの世紀末漫画のキャラのようなゼンフと、
少女漫画のキャラの俺様系王子様のようなタード。
血統とは?
と言いたくなる。
ジョージ前王はゼンフをなだめつつ。
「まぁまぁ。
ちょうど道案内を探してたんだ。
タード殿、お礼はしよう。
この街の商業ギルドまで案内してくれるかな?」
「構わないが……。
そのフードの人、どこかで会ったか?」
タードはフードの中を覗き込もうとしたが、
ゼンフはやんわり止める。
「すまぬ、兄上。
この方の護衛が仕事なのだ」
「おぉ、そう言うことか。
すまん」
タードが謝った。
彼が頭を下げたその瞬間、
何かに気付いて顔つきが変わる。
「トシ……、オー?」
タードは訝しげに、そう呟いた。




