第89話 何してくれてんだ、糞がぁ!
「名乗るのは初めてだったな!
俺が『天空のダンジョン』のダンジョンマスター!
コウジだ!」
初老の支配人の中から出てきた若い男がそう名乗る。
どうやら、シェイプシフターを身に纏って変装していたらしい。
そして、そんなことができるのは、
この世界でもダンジョンマスターだけ。
扉の現れる時の爆風は、
命まで至らなかったが『聖女の右』たちもゼンフすら立っていられず、
吹き飛ばされていた。
彼らは急いで起き上がり、トシ・オーを探す。
かろうじて受付の台の足元で止まって、
気を失っているビトメ。
その横にトシ・オーも倒れている。
彼の意識はあるようだが、
二人ともダンジョンマスターの近くだ。
「俺たちがこの三年、
何もしてなかったと思うなよ?
まず、『ダンジョンバトル』の仕組みと契約書について、
試行を繰り返し厳密なルールを理解した!」
『聖女の右』たちとゼンフが、
トシ・オーとビトメの身柄を確保し、
ダンジョンマスターと扉から距離を取る。
「ダンジョンバトルの契約は、
ダンジョンマスター同士が直に顔を会わせて、
契約書にサインを書く。
この時、お互いが契約の内容に納得していようがいまいが。
むしろ、内容をお互いに知らなくても。
『勝利報酬を何もなし』にしておくと、
サインをすれば成立する!」
宿の従業員たちはさすがだ。
おどろいてはいるものの、
パニックは起こさず客を裏口から手際よく逃がしはじめた。
宿の玄関はダンジョンの巨大な扉が重なっていて使えなくなっていた。
「この契約の成立させる最低条件は、
『互いに向かいあって』、
『互いに直筆のサインをし』、
『互いに記載した勝利報酬を用意できること』!
この三点さえ押さえられれば、
ルールや勝利条件すら知らなくても、
サインした名前があだ名でも、偽名でも成立する!」
キャンドル亭の警備員もロビーに集まってきた。
コウジは声高らかに話続ける。
「この世界への『移住契約』は条件がとんでもなく厳しいが、
ダンジョンバトルはダンジョンマスターにしか影響しないからか、
用件がかなり緩い!
それを利用させてもらった!
サインしたな!
俺の、ダンジョンマスターの前で!
サトウ トシオが!
『ダンジョンバトルの契約書』に!」
『聖女の右』たちが懐から取り出した銃を発砲したが、
弾はコウジに触れる直前で見えない何かに弾かれる。
「そぉら!
楽しい、楽しい、
ダンジョンバトルの始まりだぁ!」
コウジが大笑いしてそう言った。
そして、ダンジョンの扉がゆっくりとひとりでに開きはじめた。
この宿の高さとと同じくらいの扉が動くと同時に、
爆風で脆くなっていた建物がガラガラと揺れて崩れ出す。
「まずいぞ!
建物が崩れる!
しかも、魔物が来る!
『ダンジョンの氾濫』だ!」
ゼンフがそう叫ぶと、
宿の従業員たちと警備員は建物から駆け出して外へ氾濫を伝えに向かう。
ゼンフと『聖女の右』たちも安全確保を優先した。
ビトメとトシ・オーを抱えて、裏口から駆け出した。
外に出たのとほぼ同時に建物が崩れていき、
瓦礫の中から扉が顔を出した。
その扉が大きく開かれ、
向こう側がなにも見えないほどの闇が顔を見せた。
次の瞬間、闇が扉からあふれ出す。
それは『群れ』。
スターリングと呼ばれる黒っぽいくちばしの小鳥の魔物。
そのくちばしはドラゴンの鱗すらついばめる。
しかし、小さすぎて何にもならない。
それ自体は小鳥なので、
飛行速度もそこまで出ず。
その代わり、彼らは『群れる』。
数万、数十万匹のスターリングの群れが、
馬車を掠めた。
馬車は馬ごと綺麗に抉れて、御者は馬と共に下半身しか残らず。
馬車の中の人は右半身しかなかった。
恐ろしく鋭い小さなくちばしが、
一瞬で少しずつ数十万回ついばみ削ったのだ。
金ヤスリで木材を削るように。
スターリング群れは、
まだまだダンジョンの扉を通って増えていく。
まるで、空が落ちてきて襲ってくるような無差別攻撃。
建物に隠れようが、壁ごと削り殺される。
遠くへ避難しきれなかった人たちが、
恐怖と驚きでパニックに陥る。
「総員!
戦闘態勢!
『マーク3』使用許可!」
それを見た『聖女の右』の四人が互いに距離をとり、
ゼンフにビトメとトシ・オーを渡す。
「アタッチ!」
白ずくめの四人がそう叫ぶと、
シールドが発生し個々人を包む。
そして、彼らの背後にテクノマギの鎧が突然現れ、
彼らの身体に巻き付いていく。
瞬間移動魔法の改造研究。
『白の教会』はそれにも手を出して、
とうとう完成させた。
どんなに遠く離れていても、
テクノマギをすぐに装着する技術。
呼称、『変身』。
白ずくめの四人が、各々のテクノマギに身を包んだ。
そこに、空からなにか落ちてきた。
「皆、無事!?」
『雷光の聖女』だ。
『白の教会』の神殿であったときの、
真っ白の修道服姿ではない。
赤と黒の全身タイツのような、
彼女のための『テクノマギ』を身に付けている。
「お二人は私の命に代えても、護ります!」
ゼンフはそう叫んで二人を抱えた。
『雷光の聖女』はそれを見て納得したようにうなずく。
そして、『白の教会』の神殿からテクノマギの軍隊が飛び出してきた。
彼らと聖女は何も示し合わせてないないが、
一斉にこう叫ぶ。
「何してくれてんだ、糞がぁぁぁ!」




