第87話 どうかしましたか?
十二時の鐘を聴きながら、
トシ・オーとビトメはあるお墓の前に立つ。
「生きている間に会わせたかったんだがな……。
『氷の鏡』の後遺症だった。
今まで止まっていた時間が、
すごい早さで体に流れ込んでな。
二年もせず。
急速に年老いて行って……。
老衰だった」
墓碑には、二つの名前が刻まれていた。
『レオ・オスマンサス』と、
『唐 獅子介』。
「異世界文字は、
わざわざ『光の神様』が直々に刻んでくれた。
我々では書けないからな」
そう説明を続ける、ジョージ前王。
墓碑には、こうも書かれている。
『国賊の汚名を着せられても、
オスマンサスの民主化の土台を建てた偉大な男』。
ジョージ前王は、
既に綺麗に掃除されている墓石を軽くハンカチでふく。
「レオ殿、トシ・オーだ。
来てくれたぞ。
ほら、『クラウン』も持ってきた。
トシ・オーと飲み明かしたいって言ってたろ?」
ジョージ前王はそう言って、
高級そうな酒瓶を開けて持ってきた木のコップに注いだ。
コップは三つ。
一つはトシ・オーに渡し、一つは墓碑の前に供えて、
もう一つは『聖女の右』の一人に。
「『光の神様』にも同席してもらいたかったのだが、
かわりに飲んでくれるか?」
「そう言うことなら、是非」
白ずくめの頭巾と仮面をはずして、
『聖女の右』の一人がコップを受け取った。
彼は精悍な顔をした男性だった。
最後のコップはジョージ前王自らが持つ。
「すまんな。
では、乾杯」
三人で杯をあおる。
きつい酒だ。
一気に飲むものじゃないが、
少量だったので旨味だけ味わえた。
「残りはレオ殿に」
酒瓶を墓碑の上でひっくり返した。
琥珀色の酒は、
切り出されて磨かれた墓碑のを流れていく。
ビトメにはその酒が涙のようにも見えた。
「これで、
トシ・オーに会わせたかった王家は最後だ。
君たちの今の事情は知っているとも。
我らオスマンサス王家は、
トシ・オー。
お前たちを助けよう
ただし、国民もいるんでな。
『白の教会』のように、
世界を敵に回しても、とまではいかんが。
貸せるものは、なんでも貸そう。
無担保、無利子でな」
ビトメはこの数日で少しずつ理解してきた。
トシ・オーは『英雄』だ。
だが、剣を振り盾を構えた英雄譚のような活躍はしていない。
トシ・オーの武器は『知恵』だ。
それは実体のない神すら欺き陥れる。
国を相手に何の後ろ楯もなく交渉して見せる胆力。
戦略を組み、自らも戦地へ赴く知将。
そして、異世界の技術をこの世界で再現して見せる、
発想力。
彼の前には、
『銃』を構え『テクノマギ』を着こんだ軍団と、
身体を鍛え上げ魔物と戦い続けた歴戦の冒険者たちが並ぶ。
彼の号令で軍団は生き物のように動き、魔物たちを屠る。
「アカシャのミルポアで、
『癒し手』の神殿から逃げたのは。
その片鱗?」
思い返せば、
一番その力を発揮して見せたのはあのときだった。
『白の教会』と合流したときでも、
魔物の群れに襲われたときでも、
オスマンサスに着いたときでもなく。
あの部屋から逃げ出して服を盗み、
逃げ切って隠れるまで。
その間は目を見張るほどの知恵と行動力と胆力と、
発想力を見せていた。
「……何かがきっかけで?」
城の外庭にある王家の墓から城の中へ戻る間、
ビトメは思考を巡らせる。
もしかすると、トシ・オーの記憶の封印が緩んでいる?
ヘルトでは、
あんなことをトシ・オーに教えたことはない。
彼が読み漁る書物も、
主に歴史や宗教にまつわるものしかない。
盗みや、詐欺まがいのやり口や。
扉の壊し方何て書いてある本はないはずだ。
それなのに、あんなに見事に建物から脱出し。
街の中を隠れ逃げきった。
封印が緩んだきっかけは?
これが大切だ。
これを知らずに、もう一度それが起きたらば。
もしかすると、
トシ・オーは完全に思い出してしまうかもしれない。
ビトメは必死に考えるが、
普通じゃないことが起きすぎて、
どれもこれも『そう』だと言えてしまう。
布袋を被せられて連れ去られ。
気がついたら異国。
布袋を被ったときに気を失った。
その時の薬物か魔法がきっかけか?
はたまた、環境の劇的な変化か?
もし、環境の変化なら急いでヘルトへ帰らなければならない。
このままあちこち歩いていることがきっかけで、
記憶が戻ってしまう。
しかし、一筋縄にいかない。
ここはオスマンサス。
ヘルトから見て大陸の南東端。
アカシャより遠い。
アカシャのミルポアに止まっていた方がいいか、
と言うときっと違う。
誰が敵か味方か分からないあそこより、
明確な味方がいるオスマンサスの方が安全だ。
「どうかしましたか?
まだ、どこか痛みますか?」
トシ・オーが心配そうにビトメの顔を覗き込んだ。
ビトメはあわてて大丈夫だ、と返したが。
そう言えば、ヘルトにいたころよりトシ・オーの口数が多い。
普段ヘルトでのトシ・オーは最低限しか話すことはなく、
むしろ一方的にビトメから話しかけることの方が多かった。
しかし、今は違う。
ビトメを気にしながら、
ポツポツトシ・オーから話しかけてくる。
確かにビトメは少し前まで心をやられて、
落ち込んで塞ぎ込んでいた。
その間もトシ・オーはビトメのことをずっと気遣っていたらしい。
ビトメは覚えていないが、
トシ・オーが自分を頻繁に見て、
気にかけているのは良くわかる。
優しい人だ。
だが、彼の記憶は封じなければならない。
きっと、周りの人たちには辛いことだが、
トシ・オーにとっては良いことだろう。
ビトメはそう結論をつけて城へ入っていく。




