第84話 休みますか?
地下はかなり広大な敷地で、
食堂はミルポアの地下診療施設より広い。
そして、そこにたくさんの人たちがいて、
皆一様に。
「あ!
おかりなさい!」
「お母さん!
おかえり!」
「おかえり!
お母さん!」
トシ・オーにそう話しかけてくる。
トシ・オーはさすがの人数の多さに少したじろいだが、
パニックを起こすまではいかなかった。
恐らく、皆涙ながらに話しかけてくるからだ。
しかも、彼らは感情的ではあるが、
良い感情を剥き出してぶつけている。
心の底からの感謝と、親愛と、尊敬。
お母さん。
それは、人間に共通している親。
男であるとかは別にして、
皆がそう呼ぶにふさわしいと思っている。
だから、記憶のないトシ・オーも驚きこそすれ、
怯えたりしない。
「あぁー!!
お母さんだ!」
遠くからそう聞こえた。
次の瞬間には、トシ・オーは抱きつかれてバランスを崩した。
そばにいたビトメがとっさにそれを支えて、倒れなかったが。
女性がすごい早さでトシ・オーに抱きついたらしい。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ……!
お゛があ゛ざぁぁぁ……!」
彼女はまるで、
本当の生き別れた母に再開したと言っても過言じゃないほど、
泣いて喜んでいる。
「い゛ぎでだぁぁぁ……!
い゛ぎでだぁぁぁよぉぉぉ……!」
十八、九くらいの彼女は、
鼻水すら流して喜んでいる。
ビトメは慌てて。
「あ! あの!
あぶ! 危ない!
ので! 離れて!
離れてください!」
「あ゛!
ごべん……」
彼女はビトメの言う通り、
大人しくトシ・オーから降りる。
トシ・オーはふらつきながらも、無事なようすだ。
「あ゛ぁぁぁ……!
ぎお゛ぐ……、ないっ……!
……あ゛ぁ……ぁ……っ!
おごっで、ぐでないっ……っ!
お゛っがぁ゛ざんっ……!
……あぁぁぁ……!」
彼女は床に崩れて、泣き続ける。
トシ・オーの記憶がないことは、理解している。
理解しているが、
本人を目の前にしてしまうと求めてしまう。
だぁかぁらぁ!
だぁれが、お母さんだ!
クソどもがぁ!
あの悪態が、聞こえない。
それだけ。
だが、そこに彼は生きている。
頭で分かっていても、心が追い付いていない。
そんな涙だ。
周囲のつなぎの人々も、似たような涙を流す。
ビトメには、その辛さは分からないが。
どれだけ辛いか、その姿で察した。
察して、あまりある悲しみ。
年頃の女性が、
周囲の目もはばからず床にお尻を着けて、
泣き叫んでいるのだ。
悲しさが、辛さが、寂しさが。
でも、嬉しさもあり。
それらが、瞳から溢れて止まらない。
「……『聖女様』、お部屋にいきましょう。
今日はお二人は泊まるので、
明日またお話ししましょうか?」
『聖女の右』の一人が、
床に泣き崩れていた女性に寄り添ってそういった。
ビトメは少し驚いた。
彼女が、以前まで『踏破の魔女』と呼ばれて恐れられていた、
あの『雷光の聖女』だとは。
子供のように泣き叫ぶ彼女は、
ビトメには『魔女』なんて恐ろしいものには見えず。
本当に、本当に、
生き別れた家族との再会を喜び。
しかし、自分を認識してもらえないことを悲しむ。
ただの『人間』に見えた。
「う゛ん……!
も、もぅ……、寝まず……。
今日ば……、おい、お祈り……、でぎまぜん!」
「仕方ないですよ。
我らが主も、さっきお会いになって、
涙を流されて喜ばれてました。
今日は皆でいっぱい泣きましょう。
それがお祈りです」
『雷光の聖女』はうなずいて、
『聖女の右』の一人に肩を借りながら、
食堂を出ていった。
周囲のつなぎの人々も、
祈るように手を組ながらも、
泣き続けた。
耐えられず、
聖女の後を追うように食堂を出ていった人も多い。
ビトメは少し前に疎外感や悲しみを感じていた自分が恥ずかしくなってきた。
彼ら、彼女らからすれば、
自分は輪の外の人間だ。
同じ過去を共有していないのだから、
疎外感を感じて当然。
更には、彼ら、彼女らの悲しみ様は、
本当に家族との再会と言っても過言じゃないほどだ。
そんなのに小さな対抗心を持ってしまった自分が恥ずかしくて、
ビトメは少し凹む。
その変化に気づいたトシ・オーは、
ビトメをみやる。
「大丈夫ですか?
食事はやめて、休みますか?」
さっきまで脱け殻状態だった彼女を心底心配して、
トシ・オーはそうたずねる。
ビトメは内心をごまかしつつ、大丈夫です、とだけ返した。




