~if not...~
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三人はあすなろがかつて通っていた私立中学の学舎に着く。
その瞬間、空模様が変わってきた。夏の空気が戻ってくる。
あのときに戻ってきたのだ。気づけばルテは立った状態でいた。あのとき生きていた照乃のように。制服姿で両足を地につけて、惚けていた。
「照乃、君にプレゼントがある」
「何よ、いきなり」
彼が取り出したのはキツネの髪留めだった。
「ご機嫌取りは嫌いよ」
「そんなつもりはないよ、あのとき僕に言ったように言ってくれればそれでいい」
不穏なまま二人が歩き続けるのを、姫子は見送った。
生徒たちが何事もなく湧いて出てきた。自然にその学校に雰囲気としてあった生活感がそこにあった。いや、時が再び戻ったのかもしれない。
空は再び暗い色を帯び始める。
「照乃、あのときのように、僕に会いに来るんだ」
あすなろは走り出した。ルテは何かを思い出したように歩く。足をふらつかせながら。
学校の窓ガラスの向こうにある空は、鉛色をした雲に覆われていた。廊下に一人あすなろが待っていた。
「あすなろくん……」
廊下の雑踏が遠くで聞こえる状態で、ルテは髪留めを撫でながらあすなろを見た。
「僕に何か言うことがあったんだよね、照乃さん」
さんづけされてルテは、驚いた瞳を見せた。
そしてこの場面をかつて姫子も見た覚えがある。
デジャブのようだった。あのとき姫子がラブレターを渡したときと同じ状況だった。
「照乃さん、話って、何かな?」
「……好き、私はあすなろくんのことが好き、だから……付き合って下さい」
あのときの言葉をあすなろは受けた。
彼は二回頷きながら彼女に答えた。
「こんな僕でよければ、よろしくお願いします」
そして、小さな照乃の身体を抱きしめた。
その瞬間、周囲でフラッシュが焚かれ、スマホ特有の電子音がけたたましく鳴った。
現れたのは、照乃を憎んでいた女子ばかりの集団。
「おめでとうございます、照乃さーん」
「おめでとう、照乃ぉ」
あからさまにトイレットペーパーで作ったクラッカーの紙糸をまき散らしながら、ふざけた祝福をする女子たち。
「照乃、よかったわねぇ……ふざけんな!」
平手を振り上げる一人の女子を見て、あすなろが盾になってルテを庇う。平手はあすなろの胸に当たった。
「彦坂くんから離れなさい!」
足蹴を食らわせる女子から守るために、その場にしゃがみ込み、あすなろは背中に蹴りを受け靴底の汚れ跡をつけられる。
「彦坂くん、そいつを離して!」
何が起こったのか姫子にはわかった。ルテはきっとこのことが起こるだろうことをきっと認識していなかった。
女子はみんなあすなろのことが好きで、ルテ……照乃のことが嫌い。
彼女にあすなろを盗られるのを心の底から拒絶していたのだ。
あすなろはそのことをわかっていたんだ。だから照乃の交際を自ら断ったということ。
「あすなろ……くん?」
涙目でルテがあすなろを見る。
「僕は、あのときの僕は……。本当にごめん……だから僕は、君の申し出を断ってしまった」
あすなろも本当は照乃のことが好きだった。決して嫌いなのではなく、彼自身あのときの彼女を守れる自信がなくて、勇気がなかったために、断ってしまったのだ。姫子にだって痛いくらい、そのことはすぐに察せた。
「あすなろくん、こんな汚らわしい照乃から離れて!」
彼女の身体には傷ひとつつけられぬよう、必死で庇って守った。
次第に行動はエスカレートしていく。
「あすなろくん、死にたくなかったら、そこをどいて!」
自分勝手にぶちきれ始めた一人の女の子が取り出したのは、カッターナイフだった。
「お願い、あすなろくん。そこをどいて!」
「やめるんだ、僕はそんなこと望んでない。その刃物をいますぐここに捨てろ」
「もう戻れないの! ここまで来たら、やるしかないんだから!]
女子はそこであすなろが離れると踏んでいたのだろう。
愚かで無鉄砲にも照乃に向かって切りつけた傷をあすなろは背中に負う。
その瞬間、世界が凍りついたように動かなくなった。
女の子たち全員が、自分たちがやってしまった罪に、全員凍りついて動けなくなってしまっていた。
「私、し、知らないから」
「照乃が悪いんだからね!」
無責任に、自分のやった罪をまるで放り出して、女子たちは逃げていった。
「……」
ルテはいまここで起きたことの意味をゆっくりとわかっていく。
そして、涙が溢れてきた。
「どうして、どうして私はわかっていなかったの……。あんなにみんなに嫌われていて、あすなろくんに交際を無理に申し込めば、こうなることは……わかろうとすればわかっていたはずなのに」
「わからなくてよかったさ、あのとき僕が照乃を守ってやる。そうする勇気がなくて、君から逃げた僕が一番悪いんだから……うっ」
背中から湧き出る血糊で制服のシャツは真っ赤に染まってくる。
でもあすなろの顔はすっきりしていた。
あのときできなかったこと、一人の女の子を守り通すこと。それができたことが何よりも嬉しかったに違いない。
でもルテはそういう事態になったことを許せなかった。何より、自分のことが発端で起きたことだから……そう何よりも自分が許せなくなった。
涙であすなろのシャツが濡れていく。
あのとき出来なかったことをして、後悔を解決に導いた彼にとっては本望だったろう。
だがそれ以上にルテのことを傷つけてしまったことも察する。
あすなろが交際を断ったとき以上に心はえぐられて、彼女の傷はもっと深くなってしまった。
「あすなろ……くん。ごめん、なさい」
謝ったところで彼の背中からは止めどなく血が流れ続ける。それが事実だった。
感情がどうとかいう問題が傷を塞ぐわけがない。それはあすなろ自身がよく知っている。
事情がどうとか、仕方ないとか、そんなことを説明したところで、ルテの心の傷を癒やせるわけがない。それはとうの昔にわかっている。
そんなの無理だとわかっているのにこのような暴挙に出たのは、ルテの激情を放っておけなかったのと、何より第三者にして関係者に巻き込まれてしまった姫子がルテの心を癒やしてやりたいと言ったから。でも理由はどうあれ、いずれあすなろがどうにかしなければならない行動だった。いまが時機でいまそれをすべきなのは火を見るよりも明らかで。あすなろは自ら暴挙に出たのだ。




