~First CLIMAX...Last CLIMAX...~
「僕は大切な人を守れなかった、それがいつだって心の中で引っかかっていたんだ」
男の子みたいに守ってあげられる自信がない。それを姫子は邪険にするわけではなかった。
でもたとえ守れなくても、好きという気持ちがあればなんとかなる。
それでルテに恋愛感情を持つというのは、結論を飛躍させる乱暴さがあるものの。姫子はあすなろに大切な人が出来る幸せを経験させたかった。
「僕は弱虫だ」
安心していい。あすなろくんが弱虫なら、あたしはもっと弱虫だ。そんな風にあやしてやりたかったけれど、それは言わない。
けれど、これだけは言ってあげたい。
「あすなろくんは、この時であっても、凄く優しい男の子だよ」
しかし、あすなろは首を横に振る。
「優しくないよ」
「優しいよ!」と語気を強めて姫子は言う。ただそんな強気を見せたとしても、
「それでも僕は勇気がないから」
姫子だって勇気がなかった。けれどいまこうしてあすなろのためにこうやってこの時代にやってきた。てるてる坊主を逆さにして……。
それから、あすなろが言う守れなかった大切な人というのは。姫子はかすかにその核心に触れた。もしかしたら、目の前にいるあすなろくんは……。
「ねえ、その大切な人を守れなかった過去について、あすなろくんはわかってる?」
「それはもちろんわかってる、僕はあのとき……あれ?」
不穏な顔をして、あすなろは訝しく思う顔つきを見せる。
「なんでだろう、あのとき守れなかった後悔も、大切に思っていた人のことも、まるで思い出せない。どうしたんだろう、忘れてはいけないはずのことだったのに」
たぶんあすなろは気づいていないのだろう。
そう、どうしてあすなろがここにいるのか?
「あたしは、あすなろくんのことが好きだよ。あたしは信じているから」
そう言って姫子はあすなろのことを抱きしめた。自分の胸のぬくもりを、あすなろに分けてやりたかった。
雨はまだ降り続けている。いまはこの雨を優しい雨に変えて、彼を包み込んでやりたかった。
姫子は彼の髪に触れ、彼を安心させるためにそっと撫でる。まるで優しい雨のように、姫子は撫でた。
……。
「…………姫子?」
よそよそしい「さん」づけがなくなる。
やっぱりそうだ。ここにいるのは確かにあすなろくんだ。
「姫子、だよね」
「そうだよ、あたしは、姫子さんじゃなくて、姫子だよ」
いわばこの時代この場所は、ルテが誘い出した舞台だ。
「……思い出したよ姫子、僕が守れなかった人。そして僕が守れなかったあのときのことを」
そう、あすなろはたったいまここにいる理由をもう一度思い出した。
「僕は緋村照乃のことを傷つけた。そして、照乃をダムに飛び込ませたんだ」
「……あすなろくん」
あすなろはそわそわと身震いをし始めた。それは子供が罪深いことをしたときに、その罰を受ける震え方に似ている。
「僕は、卑怯者だ」
できれば思い出したくなかったのだろう。卑怯者と断言されることをずっと恐れていたに違いない。
でも姫子はその愚かさを咎めない。
逆だ。
その罪の半分だけでもいいから、分け与えて欲しかった。その分だけ彼の力になりたかった。
「大丈夫、大丈夫だよ。あすなろくん」
「姫子……」
思い出せただけでいい。自分の弱さに一度は拒絶したかもしれない。でも、あすなろは今度こそ受け入れた。
持つ手の震えが止まらなくて傘がギチギチと軋む。
一人で何もかも抱えすぎたんだ。あすなろはきっとそうだったんだろうと、姫子はわかっていた。
でも、決して一人にはしない。ここには二人いるのだから。
「あたし、あすなろくんの力になる」
「姫子……」
「あすなろくんは、過去におびえていた。あたしも怖がりだからわかる。でも……」
彼のためならば、もう何を言ったっていい。
「あたしとあすなろくんの二人なら、何も怖くない。だから力を貸してあげたいの」
「姫子、僕は……」
沈黙の深みに沈み、あすなろは考え込む。
姫子はあすなろの手をぎゅっと握りしめた。
「痛いよ、姫子」
「はは、さっきも言ってたね」
でも同じ反応が逆に安心感が膨らむ。ここには確かにあすなろくんがいるから。
「ごめん、姫子」
「何が?」
「僕が君の相手になれなくて、本当にごめん」
わかっているんだ。姫子はあすなろのことが好きだということを。
それが演技だったのか、本当に鈍感だったのかはわからないけれど。
姫子は身体の中が温かくなった。
でも、この恋心もここまでだ。雨傘の狭い空間で、姫子はあすなろに優しい腕に抱きしめられた。
道の途中にあるバス停の屋舎で二人に立ち寄る。
いまここにいる存在は姫子とあすなろの他に誰もいない。
「僕がしてあげられることはもうないかもしれない。ここで姫子に最後の相手をさせて欲しい」
「うん」
「僕はこれ以上、何も与えられない。こんなことを言ってごめん」
「大丈夫だよ、ゆるしてあげるから」
いまここで共有する夏の名残も、これが最後だろう。
ここまで二人が近づけたのもはじめてだ。
もう生涯、あすなろとはこんな触れ合いをすることは、決してないだろう。
それでよかった。きっと忘れられない瞬間が始まろうとしていた。
姫子の心臓が鳴り響く音が大きい。大きく鼓動して身体が震える。
このドキドキがあるだけで、想い人がいたことを思い出させてくれる。
絶対に一生忘れない。姫子はいま幸せだった。




