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~Night(闇)を覗きたいLight(光)~

 あすなろがルテの隣に寄り添う。それでも少しばかりの間隙を作って彼女と距離を取るのが切ない。

「あすなろくん」

「キツネでいいよ、照乃さんは。少なくとも僕はキツネだと思ってる」

 どうしてそんな酷いことを同じように言うのか理解に苦しむ。どうしてなのか、姫子は困ってますます二の句が継げない。

 ルテはその言葉を聞いて、粒の涙が出てくる。雨雫より大きな粒の涙が。

 あすなろはルテの様子を見てそれで慌てた顔になる。

「照乃さん!」

「悔しいよ、私」

 雨がしっとりと降る。この雨音は寂しくて静かな音。矛盾めいて聞こえるかもしれないが、おそらく無音よりも寂しい音をしている。

 ぐずついて目を押さえるルテが、この雨情を哀情に変えてしまう。

「泣かないで、僕は照乃さんに泣いて欲しくてキツネと言ってるんじゃないよ!」

 中腰で目線をあわせ、あすなろは涙で濡れたルテの顔を覗き込む。

「照乃さん……、あいつらからキツネと呼ばれてとても悔しいっていうのはわかっている。だからこそ僕は照乃さんがキツネだと思いたいんだ」

「どういうこと……?」

「僕の照乃さんの好きなところは、雨を予言してくれる不思議な力を持っていること。僕はそれが素敵だなって思うんだ」

 キツネという言葉を悪い意味に取ればあやかしの力という具合に、嫌味を込めて言う。あいつらのように。

 だが、あすなろはそうではなかった。

「僕はね、そんな照乃さんの力に尊敬を込めてキツネと思ってるんだ」

 顔が歪まない程度に眉根を寄せる。感情を押し殺してるんだろうと姫子は思った。きっと彼はあいつらのことを怒っているんだろう。それを表情に直に出さないようにしているのだ。

「あすなろくん……?」

「キツネって凄いよね、僕はキツネが神様の使いだとか、もしくは神様そのものだってことを聞いたことがあるんだよ」

「……神、様?」

 つかえた喉が通ったように、ルテはあすなろを見つめる。

 雨というものは不思議なもので、嬉し涙のときも、悲し涙のときでさえ、雨の情景は似合うぐらいにそこで佇んでくれる。そして、ルテの涙も悲し涙から立ち替わろうとしているのを、姫子は認める。

「もし、あいつらにまたキツネだって言われたら、誇って欲しいんだ。照乃は僕の尊敬するキツネ様、神様だってことを思い出して欲しいんだ」

 それは単純な意味の入れ替えをしているのだろう。

 あまりに単純だけど、姫子だったらとても出来そうにない。そんなことをこの二人をそばで見て姫子は思った。

「傘をいつもありがとね、これからもよろしく! とても優しい照乃さん」

 そう言いながらルテの傘を開き、濡れたアスファルトの路面を、あすなろは余韻の漂う後ろ姿で歩き、この場から去った。

「あすなろくん、私のことを好きって言ってくれた……だから、もう泣かない。私はキツネで、あすなろくんの神様なんだから」

 自分の傘は持ってきていないのか、ルテは傘も差さずにそのまま雨の中をゆっくり歩いて行った。ずぶ濡れて風邪を引きそうだが、いまは嬉し涙の情に浸りたいのだろうと思って、姫子は何も言わなかったし止めもしなかった。

 しかし、姫子はいまの言葉で、少しひっかかった点があった。

 ルテはあすなろに好きと言われたのか、ということ。

 思い返してみれば、確かに彼は「僕の照乃さんの好きなところは……」という具合に言った。けれど、これは告白の文句としては受け止められない。それともあすなろは遠回しにそんな告白をしたのだろうか。

 もしかしたら、これはルテの勘違いではないだろうか。

 恋愛感情と勘違いしてしまった可能性が捨てきれない。もしこれが恋愛としての好意ではないとしたら? 姫子はあすなろの真意を確かめるべく、雨の中を走った。


 姫子がしばらく走ったが。あすなろがどこへ行ったのか分からずじまいになる。

 雨に濡れながらこれからどうしようかと考える。今日泊まるところだ。

 きっと家に帰ってただいまと言っても、母親は返事をしてくれないだろう。なんかそれだけは気まずかった。気まずいのは姫子一人だけだろうけれど。

 でも雨も降っているし、ここは我慢し観念して家に帰るべきか。姫子は自分がつまらないことを考えていることに、つまらなさを感じていた。そんな文言が単純な同語反復であることに姫子自身気づいてしまう。そんな気づきこそ、つまらないことだけれど。

 そのままひた走って、ようやくもう一度あの後ろ姿を見つけた。

 彼の優しい余韻を漂わせる、あすなろの背中が見えたのだ。

「あすなろくん!」

 夢中で姫子は呼び止めて、彼を追う小走りで接近した。

「姫子さ……!」

 面食らった顔になるあすなろ少年を見て、姫子は自分がバカなことをしているなと思った。彼の目前に差し迫る直近で。

 これじゃまるでストーカーだ。

「ごめんなさい」

 申し訳ない気持ちで頭を下げる。なんで自分はこのあすなろ少年よりも子供っぽいのか、本当に反省ものだと姫子自身が思う。

「気にしないで、姫子さん」

 姫子はなんだか彼の顔を直視できなくて、もっと辛い。

「ずぶ濡れで大丈夫? 傘に入らない?」

「ありがとう、あすなろくん」

 さて、どうしてあすなろを追いかけてきたのかを、ここで言わなくてはならない。

「ねえ、あすなろくんは……照乃さんのことが好きなの?」

 自分の恋心を打ち明けるよりも恥ずかしくなる。こんなことを言う勇気がよくもあったものだと、姫子はとても感心してしまう。この恥ずかしい自分に。

「好きだよ。いつも僕に傘を貸してくれて、優しくて心配りのできるいい友達だと思ってる」

「そうなの……。いやいや、違うの。友達としてじゃなくて恋愛感情はあるのかって話!」

 どれだけあたしに勇気の無駄遣いをさせる気なの、と姫子は怒りたくもなる。

 その言葉を発すると、彼の足が突然に止まってしまった。

「あすなろくん?」

「僕は、誰かと恋することなんて考えたこともない」

 あすなろの顔に翳りが見える。それは薄暗い天気のせいでも、傘の陰のせいでもない。

「僕は守れないよ。一番大切に思ってるものですら、守ってやれる勇気がない」

 勇気がないのは姫子自身だと思ってる。そんな彼女があすなろの、この新しい側面を垣間見たことで、胸が苦しくなる。胸が騒がしくなる。

 いまの姫子は決してあすなろに自分の恋心を打ち明けてはいけない存在だ、そう重々理解はしている。けれどこのとき、どれだけ姫子が自分の気持ちを抑えつけなければいけないのか、もどかしい。

「僕は男の子だけど、とても臆病者なんだ。姫子さん」

 笑顔でそんなことを言うが、そういう物言いが姫子を一番困らせてしまう。

「あすなろくん……」

 姫子は細い目で、あすなろの心の内を覗こうとした。

 決して見えないのは姫子に超能力がないからではない。あすなろ自身が自分の心に闇をまとわせていることに感づいたからだ。

 どす黒い心の闇。

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