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~Unknown and Now(知らないけれど今……)~


   ◆


 校門前まであすなろと歩く。その足取りは彼らしく姫子の歩調と同じくらいに軽やかだった。

 大勢の生徒たちが入っていく。そこで姫子は歩みを遅くして校門の正面にする。

 生徒の何人かはこちらを見ずに通り過ぎ、何人かは姫子の身体をすり抜けて堂々と通っていく。誰も姫子に気づいている素振りは見せていない。

「それじゃあね、姫子さん」

 あすなろがそう言って、ここでいったんの別れをしようとした。

 姫子はこのあとどうすればいいのかわからない。

 彼が校門を通り過ぎ、離れていく。なんだかとても心細い。彼に頼っていた部分が大きかったため、自分が彼に何をしてあげられるのか。たぶんそういうことが全然わかってない証拠なのだ。

 私は何ができるのだろうか。姫子はそう思いながら、策が練られないか考える。

 そんなちょうどに、女子の後ろ姿があすなろのほうへと駆ける。

 この世界のヒロイン様の登場だった。姫子にはすぐに理解ができた。

「ルテ……」

 姫子が彼女の名前を呼ぼうとしたとき、その小さな身丈をした彼女にあすなろは振り向いた。

「照乃さん」

 あすなろが「おはよう」と笑顔の挨拶を返す。

 ルテはらしくなく、あすなろの言葉に頬を赤らめた。

 姫子にはわかる。ルテは間違いなくあすなろのヒロインだということを。

 あんな風に頬を桃色に染める時代が彼女にもあったのだなと、不謹慎にも思ってしまった。

 でも、女の子が男の子を思うとき、そういう顔になるのは姫子も同じ。

「あすなろくん、渡すものが」

 プレゼントでも渡すような感じでルテは言う。

 不器用に鞄を下ろし、その鞄を開いた中からルテは、一本の折りたたみ傘を取り出し、あすなろに手渡した。

「私の傘だから、明日返して」

 彼女はあすなろとこの学校で会っていたんだ。そしてこういうやりとりを何度かしているのだろう。手の動きひとつひとつが傍から見て初々しかった。

 おそらく姫子もあすなろと接するとき、まだそういう風に見えているんだと感じる。

 でも、ちょっとだけ悔しい。おそらくこの世界で姫子はあすなろのことを好きになれない。しばらくは遠目で見る他なさそうだ。

「今日、雨降るから。ちゃんと渡さないといけないから」

「天気予報は今日一日晴れるよ」

「いいから受け取って。私にはわかるから」

 姫子の知っているルテは雨を降らすことができた。そんな力を持っていたのだろうか。それともこのときのルテには、少なくとも雨が降る気配を感じることができたのだろう。姫子はそう推測した。

「それじゃあね、あすなろくん」

 寂しげな顔で、ルテは本当に何事もなかったかのように振る舞う。

 どうしても切ない気持ちが差し迫る。こんな雰囲気が湿っぽい。姫子はそんな空気を毛嫌いに思った。

「照乃さん」

 あすなろが呼びかけ、寂しげな顔を後ろにもう一度見せる。

「ありがとうね!」

 そうあすなろが言うと、ルテはらしくもないかわいげな笑顔を見せる。

 いつも不気味に笑う彼女も、そういえば、すっきりとした笑顔ができるんだってことを忘れていた。

 学校で二人は仲良しでいられるんだ。

 そう考えると胸が苦しくなる。やっぱり悔しかった。

「うん……」

 もう一度頬を紅潮させ、姫子は玄関のほうへ歩く。

 だが玄関の手前で女の子のグループに声をかけられた。

「ちょっと来なさい、あんた」

 ルテは手を掴まれて、校舎裏に連れて行かれるのを姫子は見過ごせなかった。


「いったい何をしようと……!」

 叫びをあげる姫子。

 だが彼女が踏み込んだと同時に乾いた音が響く。ルテがこの女子の一人に頬をはたかれた。この女子のグループはいったい何を? だがともかくこいつらを止めなくては。もう一度頬を張ろうとした女子の手を姫子が掴もうとする。

 しかし、その手応えはなく、腕が擦り抜けた直後にもう一度乾いた音が鳴る。

 顔を背けるルテは、相手のほうを見ないようにする。

 だがそれがますます女子の不満を爆破させ、重い膝小僧を軽くみぞおちに押しつける。

「この雨女、いい加減に雨が降るのがわかるってホラ吹くのをやめなさい」

「だって、私は本当のことを……」

 姫子は確信する。やはりこのころ、ルテは雨が降ることがわかるんだってことを。

 そしてルテは三度目の平手打ちを食らった。

「うるさい、しらけるのよ! たとえ本当でも雨が降ったら降ったでそりゃむかつくったらありゃしない」

 女子たちはおそらく偶然の一致として片付けているのだろう。

 けれどオブラートに包まずに雨が降るなどと言えば、時として空気を読まない人間に見られかねないのだろう。それで彼女たちは腹心、怒りを感じているのか。

「やめなさいあんたたち!」

 姫子には何もできない。どんなに止めようとしても何度も腕がすり抜ける。それが一番悔しかった。

 ルテは酷い目に遭わされてから女子たちは玄関に戻り、ルテを放置した。

 ただ見ていることしかできなかった。

 ルテはゆっくりと立ち上がって、痛みを押し殺した表情をしたまま二歩、三歩と進む。

「あなたは何もしなくていい」

「えっ?」

 口を利かれて姫子は即座に気づく。ルテ、緋村照乃には姫子が見えているようだった。

「ルテ、いや、照乃」

「私はあの人たちに通じるとは思ってない。でも私だけがわかっているから。いつもこうなることもわかってる。慣れっこよ」

 そう言いながら、姫子の横を通り過ぎ、覚束ない足取りで玄関を抜ける。

「あたしには何ができるんだろう」

 ここまでの状況を姫子は整理した。


 一、ここはおそらく過去の世界。

 二、姫子が見えるのはいまのところ、あすなろとルテだけ。

 三、ここで二人以外の人に手を上げ、直接妨害をしかけることはできない。


 こういったところか。他にもありそうだが、これが基本ルールと姫子は理解した。

 姫子はそのとき改めて気づいたことがあった。

 彼女はルテのこともあすなろのことも多くのことを知らない。

 過去、彼がこの学校に通っていることをわかっていなかった。それにルテとどのような付き合いをしていたのかその具体的なところも全然わかっていない。

 とりあえずは二人を観察するところから始めたほうがいい。

 姫子は右手をぐっと握った。

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