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~誠実・being(であること)の証明・begin(を始めよう)~


   ◆


「学校を登校する前にこの公園に立ち寄るんだ」

 背丈が少しだけ低くなったあすなろが姫子と話をする。

 何が起こっているのか、姫子はよくわからない。

 姫子のことをまるで覚えていないあすなろ、それに加えて彼は中学生の制服を着ている。

 何かがおかしい。けれどそれが何を意味するのかが全然わからない。

 ルテは言った。あすなろと協力しろ、そして行動で示せと。

 何を示せというのか、それも不明なのだが。

「あすなろくん、あたしのこと覚えている?」

「初対面だけど?」

 まったく覚えていないのか。それとも目の前にいる人物はあすなろではない? 姫子の疑問は膨らむばかり。

 彼の低くなった背丈。背丈は低身長の姫子に比べたら、背伸びをしたって追いつけはしない。

 あすなろはやはり男の子なのだと確信する。

「本当に大丈夫? 姫子さんは倒れていたけど」

「何も心配しないで」

「心配するよ」

 やっぱりあすなろは優しい。胸がぐっときて姫子は思った。あすなろの心は何ひとつ変わっていない、と。

 あすなろと歩く。その足はやはり隣町の私立校までの道に向かっていた。

 姫子は超常現象を信じるほうではない。いまだかつてそれを身近で感じたことがない。

 いや、ルテの雨を降らす力こそ超常現象であろうが、まだその力のほうが信じやすい。

 けれど、もしこの状況を、もっとも信じられない言葉で表すとしたら、それはおそらく……。

 タイムスリップ。

 それが起こったとしか説明がつかない。

 でも、もしかしたらそんな突拍子もない言葉以外で表すこともできる。

 それは平凡な答えで言えば、いま夢を見ている。その言葉がこの状況を言い表すのに一番便利だ。

 でも肌で感じる空気、風、涼しさ、これらを本物ではないと断言するには少し抵抗があった。

 夢でそれが感じ得ないということはない。

 ただ姫子の気持ちは、抵抗しているのだ。夢ですべてを片付けたくないと。

「おい、あすなろ!」

 後ろから男子の声が聞こえてくる。

「ああ、おはよう」

 あすなろが立ち止まって後ろを見る。彼は男子に手を振って応じる。

「なんだよ、元気なさそうじゃないか。でもそれはいつものことか! ハハハ!」

 おそらく彼の友達だろう。同じ制服を着ていた。

「まったく一人で登校なんて、寂しそうだな。いい加減、登校の道を一緒に歩く彼女でも作れよ」

 こんなかわいい女の子があすなろの隣にいるのに、姫子は彼女とはとても見られないのか。失礼な男子だと思う。

 といっても、もしタイムスリップという現象で説明するとしたら。いまのあすなろは中学生であり、姫子とは彼女ではないし、先ほど初対面とあすなろが言ったのも頷ける。

「君のほうが一人じゃないか」

「なんだよー、この色男。俺の顔で軽く彼女が作れると思ってるのか? そんな特権ねーんだよ。少なくとも俺にはな」

 いくら少年時代であっても、あすなろくんはやはり顔も格好もいい。

 それにしてもあすなろと同じように、横並びに立ち止まっているのに、姫子のことをなぜ見ていないのか気になる。

「でも今日は一人じゃないけど?」

「ハハハ、まぁ今日もお仕事頑張ろうぜ、生徒の本分は勉強だ」

 そう言ってこの男子は再び走り出した。

 前を見てないので、姫子にぶつかりそうになる。

 彼女は危ないと言おうとしたが、言うに遅かった。

 男子の身体が姫子に確実に当たってくる。

 しかし、その直後、信じられない感触を得た。

 男子の身体が、姫子の身体を、すり抜けた。

「……」

 信じられない体験をしたが、これは確かな事実だった。

 走り抜けていった男子のほうを見やると、彼は何事もなかったように走り続けている。

「どうしたの? 姫子さん」

 どうしたもあるものか、姫子の身体を擦り抜けたというのに。おそらくあすなろはその瞬間を見逃していたのだろう。

 だが、おかしいのはもしかしたら自分のほうかもしれない。

 超常現象の存在に加えて、さらにおかしな仮説を立てるのは実に愚かかもしれない。

 けれど、こういうことかもしれない。

 姫子はルテと同じように霊体になった。そして、その霊体を認識できるのはあすなろだけである。

 それを無理に信じろと言われてもできない。だけどそうでも考えないと意味がわからなすぎて、頭がこんがらがってきそうになる。頭が痛くなるのを恐れて、そういう風に説明せざるをえなかった。

 ルテがこの世界に再び降り立ったときも、そんな風に慌てたのだろうか。

 といってもルテは地面に足を踏むことすらできないのだけれど。

「私、何かしなくいちゃいけないんだね……」

 そうだ、おそらくそういうことなのだ。

 ルテは姫子を、ここに、そしてこの時間に、送ったのだ。

「どうしたの、姫子さん?」

 姫子は子供心が残ったあすなろを見つめる。

 ルテはあすなろを試したと言った。そしてあすなろの人間性を確かめるためにまた試すようなことを口にしていた。

 ルテは姫子に言った。あすなろと協力し、その身をもって彼の人間性を証明しろ、と。

「わかった、やってやろうじゃないの」

「姫子さん? どうしたの?」

 彼女はいまあすなろとは幾分か年の差がある。その何枚か上手うわて の自分自身を利用し、ルテの課題を解決してやろう。そう決意した。

「絶対に解決してあげる……」

 姫子は唇を震わせながら、そう口にした。

「待ってなさいよ、ルテ。煙に巻くんじゃないわよ」

「どうしたの姫子さん?」

 無垢な顔であすなろは心配そうに姫子の顔を覗き見る。

「なんでもないよ、あすなろくん」

 無難な笑顔で姫子は応える。

 けれどそれとは裏腹に、姫子の胸には強く渦巻いているものがあった。

 ざわついた激情で、なんとしてもこの難題を解決してやろう。


 あたしはあすなろくんを救ってみせる。

 そして、ルテに示してやる。あすなろくんは優しい人だってことを。

 ルテの知らない彼の心を突きつけてやるんだ。


 姫子が握りしめた手が汗ばんでいた。

「あすなろくん、あたしに任せて、あたしは勇気を持ってやってみせるから」

 いままでなかった勇気がどうしてこのとき込み上げてきたのか、姫子ですらわかっていなかっただろう。

 でも、二人のために彼女は心をいきり立たせざるを得ない。

 姫子はあすなろのことが好きだったから。

 むしろ何を考えていたのか。あすなろに守ってくれることを望んでいた過去が恥ずかしく思えた。

 姫子は一歩踏み出して、あすなろの両手を握った。

「痛いよ、姫子さん」

 彼女の手は確かにあすなろの手に触れていた。そのことは信じるに足る事実だった。

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