居るべき世界
《前回のあらすじ》
つかの間の休息に、ハインケルから受け取った本を読むエミール。本の内容に人間界と言う言葉を見つけ、そこから人間界につながる扉があるということを知った。
だが、魔王からの悪意のない凶行によって、さらに神経を擦り減らせていく……長い読書の果てに読破に成功するが、最後に本を返しに行くという難題が待っていたのだった……。
畜生、今から戻って魔王に道を聞くか、連れて行ってもらおうか……いや、もし戻ったら、本を戻してないことを先に咎められちまうかもしれない。かといって、やみくもに歩こうものならこの広い城ではかえって迷ってしまうだろう……。俺は手を拱いて、その場から動けずにいた……。
「何かお困りでしょうか? 魔帝様」
声のする方へ振り返ると、そこには本を譲ってくれた男、ハインケルの姿があった……! これはちょうどいい、今はなにふり構っていられないんだ!
「ああ、図書館への行き方を教えてくれないか? 俺、道を覚えていなくてさ……」
「図書館ですか。私もそこへ行こうとしていましたので、一緒に行きましょう」
ふう……助かったぜ……。魔力で灯っているであろうオレンジ色のランプが薄暗く照らし、昼とは違って魔族の気配はほとんどしない。魔族も寝ることは生理現象なのか……。
「魔帝様、道は覚えられていますか?」
「え、ああ……うーん……いまいち、覚えられないな……薄暗いし……」
「まあ、それも仕方ありませんよ。この広い城を覚えるのに一番手っ取り早い方法は経験ですからね」
なんだか、ハインケルがめっちゃいいやつに見えてくるぜ……魔王があんな鬼畜だからかもしれねえけどよ……。
階段を下り、廊下を曲がり、そうして進んだ先に見覚えのあるデカい扉が待ち受けていた。
「おお、ここだ。ハインケル、助かったぜ。ありがとな」
「いえいえ。……ところで、その本全部返すんですか? いくらなんでも一人では無理でしょう。私もよければ手伝いますよ」
「え、ホントか? じゃあ、手伝ってほしい……」
さっき散々読書させられて、運動してもいないのに俺の身体はボロボロになっていた……だから、なおさらハインケルの助けを借りない手はないぜ……!
いざ、扉を開けると、そのデカさに気が遠くなりそうになった……こんな本棚の摩天楼の中に一冊ずつ返していかなきゃならないのか……。
「えっと……この本は……」
「ああ、それは思想の5番目の棚の、縦30、横15番目のところですね」
ハインケルはテキパキと本棚を戻していくなぁ……俺は意識が朦朧としてきたぜ……本自体を戻す作業は魔法を利用した特殊な機械っぽいやつで戻せるんだが、本に記載されている所定の場所を示す文字が小さくて、俺の目が潰れそうだぜ……。
「縦15の横23っと……」 《その場所にはもう本があります》
また打ち間違えちまった……もう便利なのか便利じゃないのかわからないぜ……。ちょっとは俺の思うとおりに動いてくれ……!
「魔帝様、残りはその本だけですよ。他は全部戻してきました」
「おお、手が早いな……助かる、さっき魔王に散々しごかれてな……もう頭を回すこともできないぜ……これ以上回したら頭のネジが外れそうだ……」
「はは、それは災難でしたね……向こうでお茶でも飲みませんか? 寝る前ですが……」
図書館の中心で、俺はテーブルに着くとハインケルは紅茶を用意してきた。たしかに、寝る前に飲むものではないが、彼と話をしていると心が落ち着くんだ……
ズズ……「美味い……お前が作ったのか?」
「ええ、気に入っていただけましたなら幸いです」
魔王みたいに変なものを入れているわけじゃないから、しっかりと味わうことができるぜ……今日一番の至福の時だ……。
「ところで、魔王様とはどのようなことを?」
「ああ、そうだな……何から話そうか……とにかく激しく厳しいぜ……まるで軍隊みたいだ……」
「あの方は一度やると決めた事には、全力を注がないと気が済まない方ですからね……」
ハインケルが言うに、魔王は魔界でも指折りの実力を持った軍人であったそうだ。魔王になってからも、その敏腕っぷりから「魔族一の切れ味を持つ女王」と呼ばれているようだ。……とてもそんなふうには見えないんだがな……あの歓喜乱舞していたところとか、抱きついてきたところとか……。
「はい、あのような魔王様は私も初めて見ましたよ。いつも厳かであまり感情を表さないのに、魔帝様に絶対の自信を持って笑みを浮かべていましたし……今日は他の御偉い方とは顔を見せていなくて、ずっとあなたの転生の儀に没頭していたみたいですよ」
「え、俺が此処に来てからもずっと張り付いていたぜ……?」
「ええ、だから今日のあの方は仕事を……」
そうなのか……俺が来たことによって、魔王の性格が変わっちまったのか? それに、俺にかまけて仕事を疎かにしていたら彼女の立場が危うくなるんじゃないか……?
「……なあ、一ついいか? これは俺のバカな考えだとは思うんだが、《《俺がもしいなくなったら》》元の彼女に戻ると思うか?」
ハインケルは少し驚いた表情をしながら思案すると、カップに残った紅茶を一気に飲み干して答えた。
「おそらく、戻るでしょう……ただ、また《《同じこと》》をすると思います……ですが、そこは一つだけ《《なんとか》》できます」
「《《なんとか》》って?」
「転生の儀に関する資料や技術を処理することです。そうすればあの方は諦めてくれることでしょう……心へのダメージは大きいでしょうけど……」
なるほどな……この一日、こっぴどい目に遭ったぜ。身体の一部が入った食事……何時間もの読書……理不尽なまでの暴力……こりゃあ、俺の精神では魔帝になるまで持たないだろう……。
「……お前がくれた本に記してあった人間界への扉……それは何処にあるんだ?」
「……行きますか、あの場所に」
俺たちはすくっと立ち上がり、扉があるという場所へと進む。何故だか、さっきまでの疲れが嘘のように、身体が動く……そういえば、読書の時に「魔力は精神にも影響し、魔力が活性化すると身体能力も向上する」という記述を見たような気がする……。
階段をいくつもひたすらに下り続け、明かりが次第に少なくなっていく……いや、明かりが少ないんじゃなくて《《周囲そのもの》》が徐々に暗くなっていくような感じだ……やがて、俺たちは大きな広間に出た。
「ここです。これが人間界に続く扉です」
暗い闇の中に、その扉はあった。さびた金属のような色は、使われずに長い年月を過ごしたことを物語っている……しかも、不気味なことに扉は《《広間の真ん中》》にあり、そのまま開けても反対側が見えるだけのように思う。本当に別世界に通じているのか……?
「魔帝様、覚悟はよろしいですか?」
「……ああ、できてる」
もともと、俺は魔族じゃない。人間だ……俺が本来在るべき世界へと向かう。これは回帰なんだ……! そう、意を決して扉に手を当てて思いっきり押した……!
……!? 何だこれは……開けた途端、力が吸い取られていく! 俺の魔力が、扉に《《食われているんだ》》!! ヤバい、戻れない、離れられない! これは……!!!
「どうなっているんだ!? ハインケル!」
振り返ると、そこはもう俺の居た世界ではなかった……なにか《《亜空間》》のような場所を移動している……紫色に染まった謎の空間が、俺の周りに広がっていた……!
「お、俺は……一体此処は……!?」
何処なのかは分からないが、魔力が依然として食われ続けていることは実感としてあった……これはまずい、このままでは俺は死ぬ……! 「魔力が過剰に減ってしまうと、誰であろうと意識を、次に命を落とす」という記述を俺は読んだことがあるッ……! このままではッ……!!!
必死に体を動かそうとするが、見えない何かで左右上下が封鎖されている……まるで、《《全面ガラス張りの一本道》》を勝手に進んでいるようだ……!
クソッ……目が霞んできやがった……俺は未だ……こんなところで死ぬわけには……! 俺の……意識が……闇に……いや……なんだ……あれは……ひか……り……?
第六話、エミールの行く先に待つものとは……?
読んでいただきありがとうございます!
次回もお楽しみに!




