交渉
《前回のあらすじ》
船に乗ってザーク島に到着したエミールたち。もともと正しい情報なのかは確証がなかったが、島内は魔族の手によって整地されていた。魔界へと向かうために門番の魔族、ブルーノと戦闘になりかけるが、再会したハインケルの助けもあって無事に魔界に向かうことができた。その先では、魔王が直々に出迎え、自分の玉座に案内するのだった……。
魔王の玉座への道は想像よりも遠く、階段だけでなく、歩いているうちにエレベーターのような動力を持った移動装置にも乗ることになった。
そうして、その終着点、最上階に到達する。
「では、魔王様、私は他の親衛隊の者たちと話があるので失礼します」
ハインケルはエレベーターに残ると、下の階へ戻って行った。くそ、アイツが居ればもうちょい心が楽になるんだがなぁ。
「フフ、ようこそ、私の玉座に!」
俺が帰ってきて相当機嫌が良いのか、彼女は誇らしげにこの場所をアピールする。
玉座の間は俺の想像よりも遥かに広く、高く、大きい。前世にあった有名なドーム……ほどは無くても、その半分くらいはあるんじゃないか?
「さて、エミール。本題を話そうじゃないか」
レクスの一言が空気を切り裂き、圧倒されていた俺の脳内を現実に引き戻した。同時に緊張してきたぜ!
「ああ、魔王、一つ頼みがあるんだ」
「あら、その人間と吸血鬼たちに何を頼まれたのかしら?」
「人間界に手を出さないでもらえるか?」
俺の頼みを聞いた魔王は、差して驚くこともなく俺たちの方へ振り返った。
「そうね。エミールもこうして戻ってきてくれたんだし、もう人間界に用はないわよ」
「お、おお! 師匠、やりましたね! あとは一緒に国王に報告すれば!」
「ちょっと、そこの人間。何を言っているのかしら? エミールはずっとこの世界に居るのよ? 報告なんて自分たちで行ってきなさいよ」
しまった! そういうことか……! やけにあっさりと聞き入れてくれると思ったら、魔王は元から俺を連れ戻すことが目的だったのを失念していた! 確かに交渉は成立するが、俺がしたいのはそういうことじゃあない!
「あ、あのさ、俺も人間界に住みたいんだ。あの場所の方が、俺が俺らしくいられるから……だから、あっちの方が住み心地が良いっていうか……」
「なによそれ……私のことを否定したいの!!?」 バァンッ!!!
!? さ、早速やらかしちまった! 今のでよっぽど頭に来たのか、魔王は近くにあった机に激烈な力をこめて蹴りを入れ、真っ二つ寸前になるほどに破壊した。さっきの態度とはまるで違うじゃねえか! 畜生、功を焦って地雷を踏んじまった!
「自分らしさ? そんなのバカバカしい。あまりにも非効率で不安定よ! エミールは分かっているのかしら? そんな危ない橋を渡る必要なんてないの。あなたは、私は、用意された地位とレールの上を走っているだけで欲しかったものは全て得られるわ! それに、安全も、安定もすべて保障されているの!」
な、なにも、そんなに過剰反応しなくたっていいのに。
っていうか、元はといえば、その生活を目指す途中の過程にうんざりして俺は抜け出したんだけどよ。それに、俺は重役に就けるような器じゃあないからな。
「そんなの、運命の操り人形だよ。何もかもが最初から決まっているなんて……つまらないよ!」
あ、アリスが感情を抑えきれずに呟いちまった!
魔王は案の定、アリスを睨みつけてさらに食ってかかってくる……!
「なによ、お前みたいな小娘に何が分かるのよ!? エミールの何を知っていてそんなことを言えるわけ!?」
「本人が嫌がっていることを強制することはダメだよ! あなたが過去にどんな目に遭ったのかは知らない。けど、押し付けることはいけないことだよ!」
ヒステリー起こしてる魔王、正義が暴走しているアリス……二人とも怖くて、俺が話に入れねえ! こ、このままじゃ交渉どころの話じゃなくなっちまう……!
「ねえ、エミールは私とその小娘……どっちの言葉を信じるっていうの!?」
な、なんだと!? 究極の質問じゃないか! 俺にどう答えろって言うんだよ……。断っても賛成しても、どっちにしても嫌な結果しか残されていないぜ。
「……」
悩み、困り、ふと、アリスの目を見る……彼女は沈黙を守りながらも「自分の正しさを信じて」と伝えてきた。
正しい選択をするべき時……そうだ、今までと同じだ。ここまで戻ってくるまでに、俺は沢山の選択をしてきた。だがそれは、魔界で彼女が強要してきた強制イベントのような一方通行ではなかった。俺は俺自身の意志で、自由に選択し、歩んでここまできた。
なら、俺の出すべき結論は……!
「………………魔王、ごめん。本当のことを言うなら、俺はアリスの言うことを信じたいぜ」
「……そう。意地でも私の言うとおりにしたくないのね。そこまでその小娘たちの思想に毒されているなんてね……!」
魔王は俯くと、黒いオーラのようなものを放出してきた! 今までの比じゃない。これは正真正銘、本物の殺意の波動だ……!
そして、魔王が床を蹴ると同時に、戦闘は始まった! 彼女は何処からともなく、身の丈ほどの大きな戦鎚を取り出して、猛スピードでこちらに迫ってくる! 急いで防御を……!
魔王の先制攻撃を食い止めたのは、大きく分厚い真紅の水晶だった……!
「やれやれ、どの道こういうことになるだろうと思っていたよ。準備しておいて正解だったね」
レクス……! ずっと話に入ってこないと思ったら、水晶の準備をしていたのか! けど、魔王の一撃は圧倒的だぜ。一振りであの厚い水晶からは大小の破片が飛び散り、大きな亀裂がこっちからでもはっきりと見える……。
水晶が喰いとめているうちに、俺たちはさらに距離を取って待ち伏せることにした。
「手間がかかるわね……! けど、これならどうかしら!?」
水晶越しに、魔王がこっちに左手を向けてコの字を作ると、そこから一瞬光が見えて……
ドシュオォンッ! ……バリイィィィンッ!! ガッシャァァ……!
一瞬の出来事だったが、謎の発射音と共に水晶には穴が穿たれ、大きな音を立てて窓ガラスのように崩壊していく様が見えた……。
「な、なんすか、今の!?」
「私も速すぎて全然見えなかったよ……」
「くっ! お前ら、魔王が来るぞ!」
どんな攻撃をしてきたにせよ、単独で魔王に挑むのはマズイ! 密集して、連携の取りやすい状態を作らねえと……!
「ディード、いけるか?」
「た、戦うっすよ!」
ディードと共に、俺たち二人で魔弾と空気弾の集中攻撃を仕掛ける……。だが、どういうことか、真正面から突っ込んでくる魔王は全く勢いが衰えない……!
「どうしたの? そんななまっちょろい攻撃で私を倒せるとでも思ってるのかしら!?」
効いていないのか!? いや、違う! 当たっていないんだ! 飛んでいく魔弾や空気弾が、彼女に近づくと徐々に弾道を変えて……明後日の方向へ逸れていく!
「ええい、なんて速い攻撃なんだ! 僕の防御が間に合わないとは……!」
クソっ、それに引き換え、魔王はお構いなしにコの字の手から水晶が間に合わないほどの閃光を放ちながら迫ってくる!
「……! 今だ! いっけえ!」
よし、アリスの茨が届く距離まで来たか! 伸ばされた茨は魔王の身体に素早く絡みつき、拘束できたぜ!
流石にあれだけ何重にも巻き付けたならそう簡単には破れまい! これなら、接近戦に望みが託せる!
「ディード、魔王の腕を狙え!」
「はい! 師匠は脚をお願いします!」
俺は魔剣を、ディードは背中の剣を抜き、魔王に一太刀を叩き込む……!




