第608話・尺璧非宝、運根鈍揃ってる?(一方そのころ、超近接戦チームは)
――乙葉浩介がレムリアーナに旅立った直後
豊平神社の境内、そこに存在する位相空間の前で、内閣府第6課の忍冬警部補と要巡査、そして宮司である姉小路切前と築地祐太郎の四人が打ち合わせを行っている最中。
その傍らでは、準備運動中の唐澤りなと有馬紗那の二人が待機、打ち合わせが終わるのをじっと待っていた。
「そうですなぁ。当神社に残されている碑文によりますと、この井戸を越えたものは七二時間後には強制的に元の世界へと引き戻されてしまいます。つまり、何らかの事件に巻き込まれてしまい帰還方法を失ったとしても、時間が経過した時点で井戸に引き込まれてしまうという事です」
「それは、井戸自体になんらかの力が作用しているという事でしょうか? 古い術式であるとか、神代の秘術であるとか?」
淡々と説明をする姉小路宮司に祐太郎が問いかける。だが、ふと祐太郎がそのような疑問を感じたのも不思議なことではない。
この地は異常なほど、神威に満ち溢れている。
普段から神威の塊のような乙葉浩介や、神聖魔術を操る新山小春と共に活動しているのである、神威に対してはかなり敏感に感じ取ることができるようになっていた。
そしてその祐太郎の意を感じ取ってか、姉小路宮司もまたウンウンと頷きつつ、説明を続けた。
「秘術というほどのものではない。この地を見守ってくれている神の力である、というところじゃろうなぁ。ほれ、この豊平神社の主祭神はどなたか、君なら存じていると思うが?」
「豊平神社の主祭神は……確か、上毛野田道命でしたか? 開拓の神であり、山林の神、衣食住の神でもある」
「左様。それにな、この神社にはチキサニの女神様がお住みになっておられる。そう、チキサニ様の宿りし木のある場所に、この神社が建立されたのですから。と、まあ、これについては詳しいことを申せませぬのでこのあたりで。では、此度の『井戸くぐり』を行うのは、そちらのお嬢さんたちと築地君でよろしいのですね?」
本当ならば、もう少し突っ込んだ部分まで話を聞きたかったものの、宮司はあっさりと話題を変えてしまった。ただ、少なくともこの神威の正体の一つがここの主祭神であり、そしてチキサニという土着の神の力なのであろうと祐太郎は考えることにした。
「ええ。それではさっさく、お願いします」
「こ、これでりなちゃんも聖戦士になれる?」
「う~ん、それは無理じゃないかなぁ。それでりなちやん、私たちが異世界に向かう目的は理解しているよね?」
おどけるような表情で笑っているりなに、紗那が真面目な顔で問い掛けると。
「目的は、封印大陸の再生に必要な『創世のオーブ』を回収する事。それでりなちゃんたち第一小隊は、井戸の向こうの世界がどのような場所なのか、事前調査を主目的として現地にて諜報活動を行う。なお、敵性存在がいた場合は速やかに撤収すると同時に、それらの情報も回収する事……であっているよね?」
「はい、よくできました」
淡々と説明補するりな、それを一つ一つ頷きながら確認している紗那。
そして間違いがない事を確認すると、そのまま祐太郎の方を向き直した。
「築地先輩、りなちゃんと私は準備完了です」
「よし、それじゃあ早速向かいますか。姉小路宮司、お願いします」
「そうですね。ちなみにですが、忍冬警部補と要巡査は同行するのですか?」
「いえ、こちらも任務がありますので、安全確認と見送りを兼ねてという事で伺ったまでです」
「はい。さすがにこちらで発生している事件関係を放っておいて同行することはできませんので」
「かしこまりました。では、三人はこちらへどうぞ」
そう宮司に促されて、築地ら3名は件の井戸のある空間へと足を踏み入れる。
そして促されるままに井戸の蓋を開いて内部を覗き込むと、覚悟を決めて築地を先頭に井戸の中へと飛び込んでいった。
『……行っちゃったね』
井戸に飛び込む三人を見送っていた宮司に、チキサニが語り掛ける。
チキサニは妖精の姿で、ずっと宮司の肩に座っていたのである。
その姿を見ることができたのはりな一人のみであったのだが、彼女もまたチキサニが姿を現さないのには理由があるのだろうと思っていたので言葉にはしていない。
そして紗那達にも気取られないようにと、ずっと視線を外していたのである。
「ええ、これで封印大陸が元の姿を取り戻せるのならよし。そうでなくては、この私たちの住む世界もまた、更なる滅びへと舵を取るだけ。それでなくとも、私達の世界には面倒臭い因果の鎖が絡まっているのですからねぇ」
そうチキサニへと語り掛けた後、宮司もまた現世へと戻って行く。
神の加護を持つ彼には、一体何が見えているというのだろうか。
〇 〇 〇 〇 〇
――?????
プッシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
井戸の中へと飛び込んだ築地ら三名は、勢いよく立ち上がった水柱に押し出されるように外へと放り出される。
すぐさま受け身をとる築地、ヒーロー着地をするりな、そして脚部魔導ブースターで姿勢制御を取りつつ着地する紗那と、三者三葉の着地スタイルを取り地面にたたきつけられないようにすると、ようやく自分たちの立っている場所が井戸の傍らであることに気が付いた。
「井戸……は、俺たちの世界にあった奴と同じか」
「でも、周りは廃墟だよ? ここだって神社跡地っていう感じで……あ、本殿と社務所は残っているね。あとは、鳥居も崩れて地面に突き刺さっているし、参道も荒れ果てて人がやって来た形跡はないし」
「何よりも、周囲の環境が……文明崩壊後っていう感じですわね」
三人が見た風景は、崩れてしまった神社の姿。もっとも、りなの見たように本殿と社務所は無事てあるものの、その周りにあった建物はすべて崩壊している。
参道沿いに見えていた近隣の家屋も崩れ果てており、人の気配も感じられない。
「こりゃまた、飛んでもないところに来てしまったようだな……と、まずは情報収集を始めますか」
「それでは、詳しい事情を、ここの宮司さんに聞いてみましょう!!」
「「え?」」
まさかのりなの発言に、祐太郎と紗那が驚いた顔。
いくり情報収集とはいえ、まさかいきなりここの宮司に話を聞くという発想は二人にはなかった。
だが、りなはさらに斜め上の発想、あっちの宮司が物知りなら、こっちの宮司も知っているにちがいないという 超ショートカット思考を巡らせただけ。
「だって、同じ井戸があるのだから、こっちの宮司さんもなにか知っているんじゃないかな?」
「ま、まあ、そういう発想はありだな……というか、それもそうか。二つの世界を繋いでいるだから、こっちの井戸についての秘密をここの宮司が知っていてもおかしくはないということか」
そう祐太郎が納得した時、ちょうど社務所から一人の女性が出てくるのに三人は気づいた。
この周囲の情況にマッチしているような作業服に身を包み、右手に大きな道具箱を下げている女性。
その彼女が社務所から出てきたとき、すぐ近くに祐太郎たちが立っていたのだから立ち停まってしまうのは仕方のない事だろう。
そして三人に対してやや警戒しつつ、声を掛けて来るのも仕方のない事。
「あ、あの、どちらの方でしょうか? 北方解放戦線の方でしたらら、もうご協力出来る事はありませんが」
「北方解放戦線? いや、俺たちはそこの井戸から出てきたのだが」
「ええ。こことは異なる世界、地球というところからやってまいりました」
「私はりなちゃん、です!!」
臆する事なく堂々と告げる祐太郎達だが、目の前の女性は三人の放った言葉をしばし脳内で反芻したのち、慌てて社務所へと駆け戻っていった。
「あ……あ、まあ、信用してもらえるとは思っていなかったが、まさか警戒されてしまうとは」
「この後はどうなるのでしょうか……一応警戒しておきますね」
そう告げた後、紗那は体内の感応デバイスを起動。周囲に魔力の波を放出し、敵性存在の反応を探り始める。
魔力消費が多いため、常にスイッチをオンにしては置けない為、このような状況で使うのが得策であると有馬博士から説明を受けていたのだが。
「あ、姉小路宮司さんだ」
社務所から出てきた男性を見て、りながそう呟いた。
幸いなことに遮那の感応デバイスでも敵正反応はないため、横で半身に構えていた祐太郎の方を向いてて頷いて見せる。
「ほう、この私の名前を取っているという事は、この辺りに住んでいた方ですか? それとも、そちらから出て来たというのは本当なのですか?」
「本当だよ。りなちゃんたちは、地球からやってきました。初めまして、唐澤りなちゃん、です」
「同じく、築地祐太郎だ」
「有馬紗那です。それでですね、私達のように井戸の向こうからやって来た存在というのは、結構頻繁にいらっしゃっていたのでしょうか?」
この目の前にいる姉小路宮司がどれだけの情報を持っているのかわからないが、少なくとも敵対する意思がないことは肌で感じるように理解できた。それならばと、さらに踏み込んだ質問を紗那はぶつけてみたのだけれど。
「ああ、ここ数年はありませんでしたね。ただ、別ルートでこの世界へやって来た人というのは存在していますよ。まあ、立ち話もなんでしょうから、こちらへどうぞ」
そう告げたのち、姉小路宮司は踵を返して社務所へと戻っていく。
そして祐太郎たちもお互いに顔を見合わせた後、姉小路宮司の後ろを付いて行く事にした。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




