第606話・閑話休題? 荒馬の轡は前から(時間、ちょこっと戻るらしい)
くっそ、結局は残滓の手のひらの上じゃねーかよ。
もう、これ以上は考えるのは止めだ、気分転換に散歩兼観光でも楽しもうじゃないか……。
――グラッ
そう思って残滓の別荘を後にしたのはいいんだが、いきなり睡魔が襲って来たっていうのはどういう事なんだ? まさか、地球にいる本体が目覚めるっていう事か?
『可能性でいうのなら、本体の神威は身体能力に負担の掛からない程度に回復したという事かと』
『ついでに説明すると、おぬしが今、とっとと此処から離れようと考えた事により、本体が目を覚まし始めたのじゃろうなぁ』
「嘘だろ? こんな所で寝落ちでもしたら、飛行艇に置いて行かれるじゃないかよ」
――ブワッ
空間収納から急ぎ魔法の箒を引っ張り出すと、勢いよく跨って一気に上昇。
そのまま加速をつけて飛行艇の停泊場へ向かうと、今度は急降下からの建物の中へと全力ダッシュ。
「これは乙葉さま。何かお忘れ物でもございましたか?」
「いや、観光はキャンセルで飛行艇に戻る事にした。すぐに手続き出来る?」
「はい、それは大丈夫です」
俺の剣幕にちょっと驚いていたようだけれど、途中からは接客スマイルで対応してくれた。
ということで、手続きを終えて急ぎ自分の客室へと向かうと、扉を厳重にロックしてベッドへ鮮やかなダイビング。
――ボフゥッ
ああ、布団に包まれている感触だけで、このまま熟睡してしまいそうだよ。
それではみなさん、アデュー。
〇 〇 〇 〇 〇
――乙葉浩介がレムリアーナに向かった直後
乙葉君が巨大な鏡を術式で生み出しているのを見て、私達はそのまま話し合いを続ける事にしました。
ええ、いつもの乙葉君なので、あの鏡でどこかに連絡しているのだろうと思い、私は瀬川先輩にレムリアーナで起こった出来事についての説明の補足を始めました。
そして一通りの情報を出しつつ、先輩が深淵の書庫の中でそれらの精査を行っているという感じです。
そしてあちらでの体験を全て説明したと頃、先輩がいつになく両手を上げてしまっています。
「うん、流石にお手上げね。レムリアーナについての情報は、私の中に残っている魔皇紋からも入手する事が出来るのですが。『いくつもの世界の分岐点であり、全ての魂の安息の地』とか『夢の中に存在する、精神の癒しの場』とか。何ていうか、あまりにも抽象的すぎて実態が掴めないというのが実情ですわ」
「魔皇さん達でも、解析出来ないという事ですか」
「その魔皇さんから得られる情報が、どこかで聞いた情報のまた聞きであったりしているから厄介なのです。それと、鏡刻界ではレムリアーナについての伝承が残っているらしいのですけれど、世界各地にそびえる霊峰を守護する竜のみが知っているとか、そういったあやふやな情報しかないのですよ」
これは参りました。
まさかの解析不可能状態とは。
いつも情報を入手してきたら、『瀬川先輩がどうにかしてくれる』と思っていたツケなのでしょう。
適材適所といえば聞こえがいいと思いますが、要は難しい事案を頼んでいたという事でしかありません。
こう、もっと情報が蓄積されているデータベースとかあれば、先輩も楽ができるのに。
それに、私達が分担してデータベースを扱えるようになれば、それこそ先輩の手助け以上の事が出来るのかもしれません。
「う~ん、小春ちゃん、何か色々と考えているようですけれど、あまり複雑に考える必要はありませんわ。ようは、私の修行不足というところでしょうから。もっとこう、深淵の書庫をうまく使える術を模索していれば、こういう時にも色々と対応策を考えられたのかもしませんわ」
「そ、それはその……」
う~、駄目です、うまく言葉に出来ません。
こういう時は、何か別の話題で気を紛らわせるといいのかもしれませんけれど。
そう考えていた時。
――フワッ
私たちの頭上から、白桃姫さんがゆっくりと降りてきます。
それも傘を差して。
何となくメリー・ポピンズでも降りて来たかのように。
「ほうほう、単純転移はどうやら成功したようじゃな。と、二人とも、何を難しい顔をしておるのじゃ?」
そう呟きつつ、私たちの前の席にゆっくりと座ると、傘をシュルルとアイテムボックスへ収納しています。だから、私と瀬川先輩の二人で現在までの状況を説明しますが、白桃姫さんはふむふむと腕を組んで考え込んでしまいました。
「レムリアーナ……おっと、そうじゃな、あれは神々の、それも始原の創造神というものが作り出した中継点であり、魂の安息地でもある。これについては妾の知る秘伝にそうあるので間違いはないな」
「そうですか……って、え? ひょっとして空間と時間を支配するラティエ家の秘伝とか、そういうものですか?」
「雅よ、その通りじゃ。妾の古い記憶によると、一族の先々代、つまりじい様は単独でいくつもの世界へと転移する能力を身に付けておったらしくてな。それは代々我が家に伝えられているものの、妾でさえそれを操る事は出来なかったのじゃよ。その話は置いておくとして、爺様はレムリアーナに行った事がある」
えええ、その一言に私も瀬川先輩もびっくり仰天。
だって、レムリアーナについては白桃姫さんも詳しいことは知らなかった筈ですよね。
「え、だって、以前はレムリアーナの事って……あれ?」
「たわけが。大前提として、魔族は眠りに就く事はあっても夢を見る事はない。ゆえにレムリアーナについて知っているジジイがおかしいのじゃ。挙句、ランドルフ・カーターなどというおかしな老人と友達になり酒を飲み交わすなど……」
「「え?」」
あの、今、とんでもない名前を聞いたような気がしたのですが。
「白桃姫さん、今、ランドルフ・カーターといいましたか?」
「うむ。幻想郷レムリアーナの住民で。いくつもの世界を旅する旅行者だとぬかしておった。時空を司る神の恩寵を受けたとか言っておったな」
「それって、私たちの世界では物語の登場人物でしかないのですよ。それが存在するだなんて」
「そもそも、ランドルフ・カーターが偽名を騙って自著を残したという可能性にはたどり着かなかったのかや?」
そんな無茶苦茶な。
でも、以前の私たちならいざ知らず、神が存在し平行世界が実在するという情報を知ってしまった私たちとしては、ランドルフ・カーターの存在が事実であったと言われても受け入れるだけの器は出来上がっているのでしょうね。
だって、今の白桃姫さんの言葉に違和感を感じませんでしたから。
「その可能性……いえ、クトゥルフ神話自体が実在する異世界の伝承だとすると……でも、そうなると私たちの世界とどうつながりが……ああ、考えていても埒が明きませんのでこの話は一旦おしまいです」
「それがよいじゃろ。ほら、あそこの阿呆が死にかかっておるぞ」
白桃姫さんがグイッと親指である方向を指し示しています。
そっちは乙葉君が巨大な鏡を作って、どこかと交信していた……。
――パリーン
その鏡が砕け散り、乙葉君が血を流しつつ倒れていきます。
「うそでしょ!! 乙葉くん」
え、一体何があったの?
こんな近くで、どうして
いきなりこんなことになったの?
また無茶したの?
急ぎ回復魔術を使うから、必ず目を覚ましてね!!
お願いよ……。




