第605話・克伐怨欲、病膏肓に入るってか(レムリアーナ冒険譚・その13)
飛行艇の停泊地に到着し、下船手続きを終えた俺は、石板の示す位置へと移動する事にしたのだが。
そもそも現在の停泊地ってさ、空の上なんだよ。
下船手続きをしている時に受付で聞いた話では、ここは直径2800メートルほどの浮遊島に設置された停泊施設らしくてね。
この浮遊島が俗にいう【合法カジノ施設】の塊のような場所で、島の地下は巨大なカジノ施設、地上部分は別荘地っていう何ともブルジョワな作りになっている。
そして当然、ここで下船する客の殆どが地下にあるカジノへと直行。
残った人たちは貸別荘の手続きをした後、のんびりと一日楽しく過ごすっていう事で。
「さて、ここからが本番だよなぁ」
空間収納から半分だけ石板を取り出すと、石板に記されているオーブの小さい反応を頼りに移動を開始。
幸いなことに地上施設のどこかという事は理解出来たので、後はただ闇雲に歩いて探すだけ。
ま、どれだけ歩いても2.8キロ以内だからさ、そんなに時間はかからないんだよねぇ。
妖魔特区よりも少し小さい程度って考えると範囲も狭まって来るし、何よりもオーブ反応がビーコンのように輝いているから楽なものだよ。
「ふぅ。どうやらこの別荘の中で反応があるっていう事だよなぁ」
おおよそ10分ほど歩いたのち、辿り着いたのは【ソートフォビア自然区】と記されている区画。
自然の森に囲まれた別荘地で、この中の一か所で反応があるっていうことで。
辿り着いたのは一階建て平屋……というか、巨大な別荘。
門の向こうに建物の屋根が見えるのだけれど、高い門壁のおかげで中がまったく見えない。
さて、どうしたものかと思案していると。
――シュンッ
門塀の入り口が左右に広がり、さらに
『随分と時間がかかったね。ま、入り給え』
という男性の声が聞こえてくる。
「はぁ。俺がここまで来るのは計算済みっていう事か。ヘルメスさん、鉄幹さん、申し訳ないけれど力を貸してもらっていいかな?」
『まあ、その程度なら構いませんよ』
『自分が納得いくようにな』
んんん、鉄幹さんのその言い方、ちょいと気になって仕方がないんだけれど。
「ええっと、鉄幹さん、それってどういう意味?」
『この島に降りたとき、どうしてオーブの反応があったのか理解しただけだ。ということで、我々としてはこれ以上アクティブに動く事は出来んので』
『出来る限りは手助けしたいとは思いますけれど……』
「ふむ。まあ、何かあるのは理解出来たから、後は頑張って来るよ」
という事で、誘われた以上は中へと入っていく。
まっすぐに道を進んでいき正面玄関へとたどり着いた時。
「ああ、そっちじゃない。こっちだ」
建物の向かって左側、プール付きの中庭のようなところにある四阿で、男性がこちらを見ているのに気が付いた。
ええっと、金髪ショートカットの美形男性、どこかでお会いしましたか?
さっきから胸騒ぎがして仕方がないんだけれど。
「あ、はい……」
そのまま近くまで進んでいくと、男性は四阿頂の中に設置されているテーブルセットを指さす。
「どこでも好きな所に座り給え。さて、君はコーヒーと紅茶、どちらが好きかね?」
そう問いかけてきたと思ったら、目の前にコーヒーセットとティーセットを出現させている。
う~ん、空間収納じゃないよなぁ、どっちかというと、作り出したっていう感じなんだけれど。
「あの、以前、どこかでお会いしましたか?」
「まあ、あったというか、君に殺されたというか。まさか忘れているのではないだろうね」
んんん、この言い方って誰だ?
そう思って男性を見ると。
――ザワッ
なんだろう、男を見ていると暗いどこかに吸い込まれそうな、そんな錯覚に陥ってしまう。
吸収される? いや、取り込まれるといったところだろう。
そして胸騒ぎの原因が、ようやくわかった。
「な、な、なんであんたがここにいるんだ!!」
咄嗟に立ち上がり後ずさりすると、すかさずフィフス・エレメントを装着。
ああ、なんか嫌な感じだと思ったら、こいつ、破壊神の残滓だよ。
俺たちを散々引っ掻き回してくれた、世界を破壊しようとした張本人だよ。
確か俺の手で殺したと思ったけれど、そもそも倒した部分だって残滓の一つだって話していたよな。
それじゃあ、ここにいるのはまた別の残滓っていうことなのか?
「まあ、そんなところだね。そして我々は一つの意識を共有している。君に滅された意識体の記憶も、私は受け継いでいる。そして今、ここに君が来ている理由だって理解しているつもりだ」
「創世のオーブの反応を出して、俺を呼び込んだっていう事か。今度は何を企んでいる?」
「企む? ああ、君に悪意を持っていた残滓は消滅しているので、ここで君をどうこうするつもりはない。ただ、聞きたい事があってね」
「聞きたい事だと?」
思わず耳を貸してしまうのは俺の悪い癖だ。
だが、ここで油断しようものなら、俺は一瞬で殺される可能性がある。
何せ相手は破壊神の残滓、いくつもの世界を滅ぼしてきた災禍そのものだからな。
「ま、その程度の認識で構わないとは思う。ただ、今の私は君に関心はあるものの、害をなそうとは思っていない。ただ、一つだけ聞きたい事があってね」
「……なんだよ」
「君は、全ての世界を救う気でいるのかね?」
全てを救うだって?
俺が救いたいのは俺達のいる世界そのもの。
全てを救えるとは思っていない。
こいつは何を言っているんだ?
「もう一人の君、確かエスパー乙葉と呼んでいる彼の世界も救うのでは?」
「い、いや、それはまだ考えてはいないけれど……」
「嘘だね。君は自分の世界を救った後、可能ならば彼らの世界も救おうと考えている。だが、それは無駄なことだよ」
「無駄だって?」
いや、確かにそういう事は少しは考えていたけれどさ。
全てを生み出した創造神が作り出した創世のオーブなら、彼らの世界も救えるんじゃないかって。
でも、それは自分達の世界を救った後の話であって、すぐにどうこうという事じゃないんだよ。
「まあ、そういう気持ちも理解できるが。創世のオーブで救える世界は、一人の創造神の世界のみ。そもそも、創世のオーブというものが何かを、君は知っているのかね?」
「世界を作り替える事が出来る力を秘めたオーブじゃないのか?」
「それは概念だね。そして全てではなく真実でもない。君は、君の世界の創造神と出会ったことはあるかね? その存在を知覚したことは?」
そんなのある筈ない。
だって、俺の知っている世界の神々は日本神話に出てくる神々であったり、西洋の神話体系の神々だったりと、既知の存在でしかない。
「まあ、それらはすべて『世界神』と呼ばれる存在であり、その上にすべての神々を管理する『統合管理神』という者達がいる。それが封印大陸に住まう神々であり、同時に世界神の本体でもある。そして彼らを管理しているものが『創造神』であるのだが、その創造神というのは実に多忙でね。いくつもの世界を管理しているものだから、一つの世界の出来事は大抵『統合管理神』に任せてしまっている。その際、創造神の権限を使えるようにと託しているものが『創世のオーブ』。ということで、創造神の干渉外の世界については救うことは出来ないという事だ」
つまり、エスパー乙葉達の世界は別の創造神の管轄なので、俺が創世のオーブを使っても救うことは出来ないという事か。それじゃあ、彼らの世界のマザーブレインはどうしてこっちの世界の事を調べ、知っていたんだ?
いや、騙されるなよ。
こいつは破壊神、混沌を楽しむ最低の神だからな。
こうして俺の心を惑わし、不安や恐怖といった感情を楽しんでいるだけかもしれないからな。
「ああ、そういうことは十分にある。今も、君の心の動き、不安と焦り、必死に抑えている怒りといったものがヒシヒシと伝わってくるからね。そして一つだけ誤解を解いておこうじゃないか。君がエスパー乙葉と呼んでいるものがいる世界と、君たちの世界。創造神は同じだ。ただ、統合管理神が異なり、彼らに与えられている権能も創世のオーブも異なる。彼らの世界を救うためには、彼らの世界の創世のオーブがどうしても必要ということ。ここについては、彼らの世界のマザーブレインも読み間違いをしている。まあ、もう一つの思惑があり、それを表に出していないだけという可能性もあるけれどね」
ああっ、次々と人の思考を読んで楽しみやがって。
とはいえ、今の俺じゃあ手も足も出ないっていう事ぐらいは理解出来ている。
目の前に存在する破壊神の残滓は、俺が倒した奴の数十倍は強い。
こいつが本気になったとしたら、俺なんて瞬き一つで消滅させられるだろうな。
「ああ、そういう計算は好きだけれど。とある事情で私は君に干渉できない。君に与えられていた加護の残滓がまだ効いているので、私は手出しできないのだよ。ま、破壊神マチュアのお守りとでもいったものを君が保有しているという事。さて、ここまで伝えたところで、君にまた道標を与えてみようかね」
――ヒュンッ
まただよ。
俺の周囲にいくつもの扉が広がったよ。
このうちの一つが俺の世界であり、残った扉は『いくつもの可能性』だっていうんだろ?
「この、一番丈夫そうでしっかりと修復されている扉は君の本当の世界。そしてこの砕けて向こうが見えている扉は、エスパー乙葉の世界の過去。君が今までの情報を手に入れたまま、この扉の向こうへ向かうと、彼らを救う手立てにたどり着くかもしれないねぇ」
そして、俺のいた本当の世界は滅びの道を進むっていうんだろ?
そんなの選べないに決まっているじゃないか。
俺は自分の世界のみを救う、それでいい。
「本当かね?」
――パチン
そして残滓が指を鳴らすと、すべての扉が消滅する。
やがて彼の手の中に金色のカードが出現すると、それを俺に向かって投げ飛ばしてきた。
「それは、平行世界への片道切符だよ。私によって滅ぼされたいくつもの世界、それを救いたければそれを使って別の世界へと旅立つしかない。そして、君はそれをする事が出来ない」
「じゃあ、どうして俺に寄越してきた?」
「さあね。君を心底、苦しめたいからじゃないかな。少なくとも、破壊神の残滓である私を滅する事が出来た存在は、二人の神以外では君が最初だからさ。それじゃあ」
――スッ
そう告げると、残滓の姿が消滅した。
俺の手に合った金色のカードも手の中に消えて……って、消えるなぁぁぁ、要らないんだよ。
ああ……畜生。
『ピッ……残滓への切符が、魂と同化しました』
「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、やり直しを要求するぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
体よくあしらわれただけじゃなく、余計なものまで置いていきやがった。
ええい、考えていても始まらない、いったん飛行艇に戻って考えるしかないじゃないか……って、まずは創世のオーブを回収して世界を救う、その先の事なんて今は知らん。
初志貫徹でいい。
俺は絶対に、奴の操り人形になんてならねぇからな。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




