門田淳之介の遺書
拝啓
窓から見える木々の葉が少しずつ色づいてまいりました。肌寒くなる季節です。父上、母上、皆々様におかれましてはいかがお過ごしですか。不肖の息子に対して大層お怒りのことと存じます。しかしこのような決断しかできなかった愚かで憐れな息子と思い、どうか、お許しください。
皆様がきっとお考えになるのは彼女のことでしょう。しかし私のこの決断と彼女とには何の関係もございません。私一人がただ悩み、苦しみ、現世の外に救いを見いだした、ただそれだけなのです。彼女がいかに無実であるかを私はこの手紙で弁明しておく必要がございます。
私が彼女と出会ったのはまだ桜の咲き始める時分でした。彼女は並み居る女子生徒の中でも一等目を引く容姿をしておりました。また並み居る男子生徒にも引けを取らないほど才に秀でておりました。私は常々彼女に進学を進めておりましたが、彼女が進学することは終ぞ(つい)なかったと訊きます。この世の中では彼女のように才に秀でた女性は大層生き辛かったことでしょう。
私が彼女に惹かれたのは自然の摂理に思われます。初めて彼女の部屋に招待されたとき、私は彼女の、その美しい柔肌の下に秘められた怪物を見たような心地がしました。そうして彼女が常々他生徒から『悪魔』や『死神』などと揶揄されている謂れを理解したのです。
彼女の閑散とした部屋には透明な硝子製の小瓶がいくつも置いてありました。その瓶のなかを覗くと、人の指が何本も詰められていました。私は彼女にそれはなにかと訊ねました。彼女はいつも授業中に私の質問に答えるのと同じ声音でただ一言「今までの恋人」と答えました。その姿は『悪魔』でも『死神』でもなく、ただ指を慈しむ聖母のようでした。普通であれば、薬剤に浸かった歴代の恋人たちの指を大事に保管している女なんぞ気味が悪いでしょう。でも私はそんな彼女を愛らしいとさえ思ったのです。そうして彼女に愛されるには彼女に左手の薬指を捧げるしかないとも思ったのです。私は悩みました。何度も自分の指を切り落とそうとしましたが、やはり彼女が自分の意思で以て私の指を切り落としてくれなければ意味がないと感じました。彼女の歴代の恋人もみな同じ気持ちだったでしょう。彼女を愛しているからこそ、彼女に愛されるために死ぬのです。そうして彼女への愛の証明として彼女に薬指を捧げたのです。
つい彼女について書き過ぎてしまいました。これでは彼女に叱られてしまいます。どうぞ私の左手の薬指は彼女に渡してください。すでに彼女が持っていてくれたら幸いです。何度も言いますが、私は自分の意思で死にました。だからどうか、彼女を責めないでください。そして、どうか他の男のように貴女を置いて逝く私をどうか赦してください。
最後に
親愛なる花霧愛子さま
お慕い申し上げております。
敬具
八月某日
門田淳之介
門田家のみなさま




