滝蓮十郎の供述
懺悔いたします。懺悔いたしますとも。彼女を手に掛けたのは僕です。僕が己の身勝手な欲に抗えず、彼女の細い首を絞めたのです。時間は……確か真夜中でした。三時ごろじゃなかったでしょうか。僕が彼女の部屋に向かったのがそれくらいだったからです。月の綺麗な晩でした。満月になるといつも彼女は悲しそうな顔をするのです。彼女は真っ暗な部屋の中で僕を待っていました。僕は急な呼び出しに驚いて——電話があったんです、いまから来てくれないかって——思わず彼女に駆け寄って、何かあったのかって尋ねました。ほら、彼女を好いている男なんてごまんといるでしょう。だから何か事件でもあったのかって心配していたんです。そうしたら彼女は静かに云ったのです。「私は愛する人を殺さないと生きていけない」と。なにを莫迦なと思いましたよ。そんな人魚姫みたいなって。ああ、人魚姫は実際に王子を殺さないんでしたね。いや、いいんですそんなことは。ただ僕は意味が分からなくて、それで彼女を問い質したんです。そうしたら……刑事さんも見たでしょう、三つの瓶が並んだ棚を。瓶の中身を見ましたか、あれ、左手の薬指なんですって。恐ろしいと思いませんか。だから彼女を殺したのかって……ちょっと待ってくださいよ。僕は彼女に頼まれたんです。順を追って話しますよ。
彼女——花霧愛子——と出会ったのは夏のある日でした。もともと花霧愛子は有名人でしたから、名前は聞いたことがあったんですが、その日が初めて話した日です。彼女は恋人を待っていると言っていましたよ。その時は確か……門田とかいう新人教師と交際しているともっぱらの噂でした。……門田のことなんて今は良いでしょう。……自殺だと思いますよ、風見先輩のときからずっとそうだったじゃないですか。それで、僕も別の先生に呼ばれていたのでしばらく一緒に待っていたんです。それで彼女と少し話をしました。「またどこかで話そうね、瀧くん」と彼女はそう言って門田と帰っていきました。それから何度か彼女とは会うようになりました。繁華街や帝都でもよく会いましたよ。とはいえ軽く世間話をする程度ですがね。……それであの事件じゃないですか。ほら、門田の自殺ですよ。彼女は暫く落ち込んでいましてね。僕はよく彼女を慰めていました。良くあるでしょう、恋愛相談に乗っていたらその相談相手とくっついた、なんて。僕らもそうです。彼女を慰めているうちに気づけば僕から交際を申し込んでいて、彼女も快諾してくれました。晴れて僕らは恋人同士になったのです。ついこの前のことです。
彼女の家には、電話があった日に初めて行きました。いつも帝都や繁華街で逢引きをして、彼女を家に送り届けることはあったのですが、彼女の部屋にまで行ったのはそれが初めてだったんです。それで、先ほども話しましたが僕は彼女に詰め寄って、そうして瓶の中身を見せられて驚愕しました。彼女の歴代の恋人は——風見先輩から始まって門田まで——実に十九人いたといいますが、十九本分の指がありました。数えたのかって、そんなまさか。ただご丁寧に五本ずつ入れられていたんですよ。ラベルに名前まで書いて。彼女はしきりに言っていました。「みんな私を置いて逝くの」って。もちろん、君が殺したのかって聞きました。でも彼女は首を振って、「自殺よ」とだけ答えました。そうしてその死体から左手の薬指だけ切り取っては瓶に詰めて保管しているんだそうです。僕は直感しましたよ。ああ殺されるんだって。自殺に見せかけてね。彼女は愛に飢えているんだって。だから好きな男がどこにも行かないように自殺に見せかけて殺して、その左手の薬指を誰にも盗られないように保管しているんだって。
でも彼女の言葉は逆でした。「私は死にたいの」って、彼女はそう言ったんです。私が悪いからみんな先に逝ってしまう、もう誰にも置いて逝かれたくないからって。僕は答えました。絶対に君を置いて逝かないよって。本当に、と彼女は訊き返してきました。どうせあなたも私を置いて逝くわって。それからはっとしたように、貴方のことも疑ってしまったわって言ったんです。
彼女の決意は固いようでした。そうして今にも飛び降りてしまいそうだったんです。だから僕は、人殺しになろうと思いました。彼女の特別になりたかった。初めての男にも、夫にもなれないのなら、せめて彼女を殺したいと。彼女の願いを叶えることが愛の証明になると思ったのです。
気付けば僕は彼女の首を絞めていました。彼女は苦しそうな顔をしてはいましたが、抵抗することはありませんでした。多分僕は酷い顔をしていたと思います。ええ、ええ、だってどうして大好きな子を殺さないといけないんですか。涙も出てきますよ。でも彼女はいつもみたいに甘く笑って、僕の頭を撫でてくれたんです。
刑事さん、彼女の左手の薬指だけ、もらうことはできませんか。……いや、気にしないでください。
僕の言葉を信じるか信じないかは刑事さんの勝手ですが、門田の遺書と風見先輩の日記が見つかったんですよね。それを見ていただければ彼女のことが分かるんじゃないですか。僕にはもう、愛子が何だったのかわかりません。ただ『死神』でも『悪魔』でもなく、僕にとっては可愛いたった一人の恋人です……。




