目立たないということ 4
俺は、犬井の言葉に絶句した。
ちょっと待て……つまり、これは、俺が完全に目立っている人間だと言いたいのだろうか。いやいや。確かにその覚悟はしてきた。
だけど、誰かにそんな風に思われているということを聞いたのは、今が初めてだ。
そして、それはあまりにも衝撃的だった。
俺は今、目立っているということ。
それは、一旦は決別したと言っても、俺も十数年の人生のポリシーだったのだ。それが既にここ数カ月で脆くも崩壊したということである。
つまり、俺という人間の存在意義の崩壊である。
俺はもう、「目立たない人間」には戻れないということの証明であった。
それはあまりにも俺にとって、この上なく悲しいことであった。
「ね、ねぇ、逢沢君……逢沢君。言ったよね? 私にもっと、頼ってもいいって」
「え? あ、ああ。言ったな」
ショックで呆然としていたところに、犬井が話を続ける。
「わ、私、もっと逢沢君のこと知りたいの……だ、だから、その……」
それまで麻痺していた俺の精神が一気に覚醒した。
不味い。このままではいけない、と。
「あ……わ、悪い。犬井。俺、用事を思い出した」
「え? ど、どうしたの? いきなり……」
「悪い。本当に悪い。じゃあな」
俺はそのまま走り出した。限界までとにかく走った。後ろは振り向かない。犬井理香子という存在が俺の背後にいるということは考えないように走った。
そして、それから大分走って、いい加減俺自身が限界を感じ始めた時に、俺は立ち止まって大きく息を吐いた。
既に犬井の姿は見えない。一安心というところである。
それにしても……犬井が言おうとした言葉。
俺は大体予想できた。だが、その言葉を言われてしまっては終わりなのだ。
俺は犬井とそんな関係になってしまってはいけない。
そもそもなりたくもないし、なってしまったらそこで俺の計画は頓挫してしまう。
俺はそこまで考えて自分が酷く汗をかいていることに気付いた。
計画を早める必要がある……そうだ。もう十分だ。
十分に下準備はした。逢沢直人のこれまでの目立たない人生を考えれば、およそ想像できないほどに準備をしてきたのだ。
「そうだ……計画を進めるべきなんだ……」
俺はそう呟いて、計画を最後の段階に移行させることを決心したのであった。




