謝罪 3
すると、長澤が自分のほうに近付いてくるのに気付いたのか、危険を察知したようで急に犬井は身体をこわばらせて小さくなった。
俺はそんな様子を少し離れた所から見ている。まだ教室に残っていた生徒達も、心配そうにその様子を見ていた。
長澤が犬井の机の前で立ち止まった。犬井は目を伏せたまま長澤と顔を合わせようとしない。
「……あ……あのさ」
先に口を開いたのは長澤だった。犬井は恐る恐る顔を上げる。
長澤は困ったように顔をしかめている。
「な……何ですか?」
恐る恐る犬井が聞き返した。
長澤は次の言葉が出てこないのか、口をパクパクさせているだけである。
しばらくそのままの状態が続く。無駄な緊張感だけが二人の間を支配していた。
俺はその様を高みの見物が如く、穏やかな気分で見ていることが出来た。
そして、さらにそれから時間が経ち、教室に残っていた何人かは興味を失い、彼女達を見守るのを辞めた頃だった。
「……ごめん」
蚊の鳴くような声でそう聞こえてきた。
犬井が目を丸くしている。長澤は顔を真っ赤にして俯いていた。
「……え?」
犬井が信じられないと言う顔で聞き返した。それが限界だったのか、長澤は顔を真っ赤にしている。
「ご……ごめん!」
もう一度だけそう大声で言ったかと思うと、長澤はそのまま自分の席に戻り、教室を一目散に出て行った。
見ていたクラスメイトの何人かも驚いた様子でその様を見ている。
俺だけが満足そうに一人で微笑んでいた。
そして、そのままゆっくりと犬井のほうに近付いて行く。
「おい、犬井」
しばらく呆然としていたらしい犬井は、俺の声にようやく我を取り戻す。
「あ……あ、逢沢君」
「どうした? 長澤に何か言われたのか?」
分かりきった質問をすると、犬井は不思議そうな顔で俺を見つめていた。
「……あ、逢沢君のおかげなの?」
そして、ゆっくりとそう言ったのだ。
俺は普段感情を表に出すことは今までしなかった。それは、目立たないように人生を送ってきたからである。
だが、その時は自然と表情が出てきてしまった。俺は口の端を思いっきり釣り上げて不気味なくらいに微笑んで犬井を見た。
「そうだと言ったら、どうするんだ?」
犬井はやはり今起きたことが現実だと思えていないらしい。
自分を今までイジメてきた相手がいきなり一方的に謝ってきたのである。
しかも、自分は何もしていない。そうなれば信じられないのも仕方が無い。
「さて、犬井よ」
しかし、俺はそんな犬井にも容赦するつもりはなかった。
むしろ、犬井がこういった状態になるのを心待ちにしていた節さえある。
「約束、覚えているよな?」
「え……あ……」
そこで犬井は思い出してくれたようだった。
自分が、まだ完全には「救済」されていないのだということを。




