捻くれた彼女 3
「はい。逢沢です」
俺はこともなげにそう答えた。
「いらっしゃい。ごめんね、流佳ちゃんまだ帰ってきてないの。家の中で待っていてくれる?」
「え? お邪魔していいんですか?」
「もちろんよ。流佳ちゃんに男の子のお友達が尋ねてくるなんて、初めてですもの」
お母さんは緊張しているようにも見えたし、嬉しそうにも見えた。
どうやら、何かを酷く勘違いされているようであることは、俺にも理解できた。
「それじゃあ、お邪魔します」
「はい。どうぞ」
しかし、それはそれで好都合である。俺は人の良さそうなお母さんの好意を利用してまんまと長澤の家に上がり込んだ。
家の中は一般的な風景だった。テーブルがあって、椅子があってテレビがある。俺の家と大して変わらなかった。
「お茶でも飲む?」
長澤のお母さんが笑顔で尋ねてきた。
「あ、いえ。お構いなく」
「いいのよ。何がいい? 紅茶? コーヒー?」
「じゃあ、紅茶で」
ニコニコしながらお母さんは紅茶を淹れ始めた。悪いことをしている気分ではあるが嘘はついていない。
俺は長澤のクラスメイトだし、今日は長澤に大事な話があってここにやってきたのだ。
しばらく俺は手持ち無沙汰ながら適当に部屋の中を見渡す。見ると、戸棚の上に写真立てが乗っていた。写真に写っているのは小さい頃の長澤のようである。
「可愛いでしょ? 流佳ちゃんの小さい頃よ」
お母さんは嬉しそうにしながら俺に紅茶の入ったカップを渡してきた。
「そうですね。長澤は昔から美人だったんですね。お母様と一緒で」
「え……も、もう……逢沢君。そんなこといっても何も出ないわよ? ……お菓子もあるけど、食べる?」
「あ、はい」
目の前のお母さんを見ていると、とてもこの母親からあの娘が生まれたとは思えない。
というか、このお母さんの下で、なぜ長澤はあんな風になってしまったのか。こんな優しいお母さんがいたら何一つ不自由などないではないか。
写真を見ても、その写真それぞれに長澤が両親から愛情を受けている様子が見られる。
そして、しばらく俺は出されたお菓子と紅茶を嗜みながら、時計を見たりしていた。
既に五時半だった。六時になったらさすがに帰ろうと思う。
「ねぇ、逢沢君?」
と、お母さんが俺の前に座って尋ねてきた。
「はい。なんでしょう?」
「その……流佳ちゃんは、学校では上手くやっている?」
「え? ああ。まぁ、それなりに」
「そう……流佳ちゃん。いつも家に帰ってくると、今日も学校楽しかったって言っていて私も安心なんだけど、中学校の時のことを思うと心配で……」
「え? 中学校?」
俺がそう言うと、お母さんは驚いた顔で俺を見た。
「あれ? 流佳ちゃんから聞いてない?」
「はい。何も」
「そう……実は、流佳ちゃん、中学の時、学校に行きたくないって言って、しばらく学校を休んだことがあったのよ」
俺は思わず言葉を失った。
どうやら、此のお母さんこそ、長澤流佳の最大の弱点だったようである。




