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婚約破棄された鉄面皮の調香師は、猟犬騎士に溺愛される  作者: 佐藤純
第一章

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9/11

香水作りととんだ勘違い

毎週木曜日に20:40に投稿予定です。

Twitter(X)リンク:https://twitter.com/jun_satoh_novel

朝もやがかかった庭園に、マルヴァーニャ家に仕える庭師のヘンリーは古びた手袋をはめ直しながら立っていた。

涼しい朝の空気が肌を撫でる中、彼は今日の作業に取り掛かろうとしたふと強烈な香りにむせ返り、動きを止めた。


「……なんだ、ありゃ?」


風上の方を振り向くと、奇妙な光景を目にした。庭の片隅で、ハンスが大きなタライを荷車に積み、例の青い花をぎっしりと詰め込んでいる。

その光景に、ヘンリーは眉をひそめた。


「ハンス、お前……何してるんだ?それは、香りが強すぎて苦情がきてたあの花じゃないか?今週末、ワシが耕そうとしてたんじゃが。」


声をかけると、ハンスは顔を上げ、ため息混じりに答えた。


「お嬢から頼まれたんだよ。とにかく大量にこの花が要るってさ。すごい匂いだろ?」


「お嬢様が、あの青い花を、しかも大量にか…まあ、生えすぎて困ってたくらいじゃしな。何に使われるか知らないが、お嬢様の傷が癒えるなら、この花も本望じゃろう。」


「それだけじゃないのさ。酒もいるとさ。しかも、一昨日、酒屋から買った大量の酒の中から一番度数の強いやつだとよ。」


ハンスは荷車にすでに積んである樽をちらりと見て、指を指す。


「酒のぉ…?それは変じゃのう。お嬢様は酒を好まんかったはずじゃ。」


「あともう一つ、お嬢の変ついでに言えば、昨日は東国の商人から、怪しげな毒ダンゴみたいなものを買ってるんだ。お嬢はいったいどうしちまったんだと思う?」


ヘンリーは豊かな白い顎髭を、無骨な指で撫でながら、香りの強い花と強い酒という組み合わせに、妙な不安を覚えた。


「花と酒と毒ダンゴ…。」


ヘンリーがちらりとハンスを見る。


「花と酒と毒ダンゴ…?」


視線を受け、ハンスはヘンリーの言葉を反芻する。ヘンリーとハンスはお互いの顔を見合わせ、同時に同じ結論に達した。


「まさか、お嬢様……婚約破棄を悲観して——。」


二人は大慌てで荷下ろしを放り出し、屋敷へと駆け出した。



バーベナの部屋では、リリーが珍しく呆れた顔で自室の丸テーブルに座るバーベナを見つめていた。


テーブルの上には、黒くて異様な香りを放つ塊が置かれている。バーベナはその塊を無表情でもわかるくらいうっとりと見つめ、そっと手に取った。


「お嬢様。その臭い塊は、しまってください。高貴な令嬢が手に持つものではありません。」


リリーは、今度は明確に顔をしかめ、眉間に皺を寄せる。その大袈裟な表情に、バーベナは「?」と首をかしげる。


「でも、高価で希少なものよ?」


「それはそうですが…お嬢様の美しい手に、その臭いがつくかと思うと、気が気ではありません。それに、私には、この臭くて醜い塊に、こんな効果があるなんて、まだ信じられません。」


リリーは眉をひそめ、バーベナの手にあるその黒い塊をじっと見つめる。


 「ふふふ。いつか分かるわ。」


 バーベナがそう言った瞬間——


 「お嬢!!!」「お嬢様!!!」


バタンッ!という大きな音と同時に勢いよく扉が開き、ハンスとヘンリーが飛び込んできた。


「きゃああああ!!!」


リリーが悲鳴を上げるが、二人はそれどころではない。


「お嬢! まさかとは思うが、気をしっかり持ってくれ!!!」


ハンスが、驚いて立ち上がったバーベナの肩を掴み、ガクガクと揺さぶる。


「お嬢の人生は、あのボンクラ王子のためにあるんじゃない! これから楽しいことが待ってるんだ!!!」


「そうですぞ! 首都が嫌なら、ずっとここにおればいい! なにも絶対に結婚せねばならぬわけではないのです!!!」


ヘンリーも必死の形相で訴える。バーベナは揺さぶられながら、無表情のまま揺さぶられる。内心はとても驚いているし、困惑している。ハンスだけならともかく、いつも落ち着いて寡黙に庭の整備に勤しんでくれているヘンリー翁が、取り乱している姿など、バーベナは見たことなかったからだ。


「ちょっと待って、落ち着いて。説明をしてちょうだい。」


バーベナは手を挙げ、二人を制した。ハンスとヘンリーは、バーベナの落ち着いた口調に、我に返る。「もしかしたら違うのかも知れない。」そんな安堵のような照れ臭いような気持ちに蓋をし、ハンスとヘンリーはおずおずと説明する。


「お嬢様が婚約破棄を悲観して——」

「花と酒を揃えて、永遠の眠りにつこうとしているのでは……と」


「……へ?」


 バーベナは瞬きをする。


(まさかそんな風に思われるなんて…!)


「違うわ。」


バーベナは、二人を制した手をそのままに、冷静に否定する。とたんに、ハンスとヘンリーは、しおしおとしぼんでいく。


「ハンス! わしまで恥をかいたじゃないか!!」


「ヘンリー爺さんだって、真剣な顔してたじゃないか!」


「じゃあ、お嬢は何をしようとしてたんだ!?」


ハンスは、自分が頼まれた不思議なものを列挙しながら、バーベナを問い詰める。


「揃えてくれたのね、ハンス。ありがとう、これらはね……」


バーベナはハンスとヘンリーをソファへ座らせ、昨日の出来事を思い出しながら説明を始めた。



昨日、東国の出身だと言う商人から黒い塊を手渡された瞬間、バーベナはその見た目と、香りを嗅いでピンときた。


「……麝香ね。」


それは、転生前の母が使っていた香水の主成分、動物性香料の代名詞——ムスク。その独特の甘く深い香りが、バーベナの記憶を呼び覚ました。


「これは東国では高級な薬になりマス。お嬢様、キニナルのデシたら、薬研もイカがですか?」


商人は商談の機会を逃すまいと、麝香をすりつぶす器具も満面の笑みで勧めてきた。確かにいるわね、とぼんやり考えながら、バーベナは別の考えを巡らせていた。


(そういえば、この世界には香りが存在しない……?)


料理やお酒、石鹸など日常の香りはもちろん溢れている

しかし、香りを楽しんだり、香りで体臭をカバーしたり、嗜好品としての香りは存在しない。


バーベナは、昨日の花畑での母を想い出した。母に会うことはきっともう叶わないが、もう一度、あの香りに出会いたい…。


(そうすれば、きっと…もう何があっても私が私でいられる気がする。)


そんな、確信めいたような想いが胸をみたし、麝香を購入した後、ハンスに材料を集めさせたのだった。



バーベナの説明を聞き終えたハンスとヘンリーは、ポカンと口を開けた。


「香水…?それはどんなもんなんじゃ…?」


「よくわからねぇが、お嬢は死にたいわけじゃないんだな?」


ヘンリーとハンスは、話を聞いてもいまいちピンときてなかったが、バーベナがこれからも死ぬつもりはないことを確認して、改めて肩の力を抜く。


「まったく、二人とも。お嬢様の自室にノックもなく入るなんて、何て礼儀知らずなのかしら…!セバスチャン様に言いつけますからね!」


リリーはぷりぷりと怒っているが、バーベナはヘンリーとハンスに向き直り、心から心配してくれたお礼を言った。


「心配してくれてありがとう。でもね、やりたい事ができたの。私、調香師になるわ。」

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