商人達の商魂
毎週木曜日に20:40に投稿予定です。
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「お嬢様いかがされましたか?!」
バーベナを起こしにきたリリーは、バーベナが天蓋付きのベッドに起き上がりながら、大粒の涙を流しているのを見て、声をあげた。
リリーがバーベナの涙をみたのは実に数年ぶりだ。
唇は震えず、眉も動かない。ただただ、目からぽろぽろと宝石が落ちるかのように、涙が輝きながら落ちる。
リリーは、主人が感情を露わにできている衝撃と、その美しさに、その後の言葉がでない。
バーベナは、目尻にたまった涙を慌てて拭いながら、リリーに言う。
「大丈夫よ、リリー。少し…夢を見ていたの。とても懐かしい夢。」
バーベナはぽそりと、そうつぶやくと、照れくさそうに「それより」と慌てて話題を変えた。
「今日は、商人たちが屋敷に来るのよね?どうやらわたくしが呼んだという。」と、昨日の気の抜けたバーベナなどいなかったかのように、あっけらかんと他人事のように言う。
「そうですよ、お嬢様。お嬢様がハンスと街に出かけた先でお嬢様を鴨にした商人たちです。」
リリーは主人がやっといつもの調子に戻ったので、顔を綻ばせてバーベナをつっつく。
(よかったわ。いつも通りのお嬢様ね。)
屋敷は予定通り、多くの商人たちが出入りし、玄関ホールは一種の活気ある市場そのものと化していた。本来なら、個室に一人ずつ招かれてじっくり取引を進めるのが貴族のしきたりだが、今日は商人の数があまりにも多く、バーベナは広い玄関ホールに商品を陳列するよう指示した。まるで小規模な路上市のような風景に、耳に残る商人たちの掛け声と、行き交う足音が重なり、部屋中に独特な興奮とざわめきが漂っていた。
商人たちが次々と商品の説明を始める中、ひときわ目を引くのは、隣国から輸入された果物や、砂漠の国のグラスだった。輸入品の果物は、薄明かりの中でまるで朝露を纏ったかのような微妙な光沢を放ち、冷気をまとった室内には、甘酸っぱい果実の香りがほのかに漂っていた。グラスは、精緻な彫刻とともに、太陽光を受けるたびにきらめきを見せ、まるで宝石のような透明感を醸し出している。
「これは何かしら?」
バーベナがひとつの商品に手を伸ばすと、商人が慌ただしく説明を始めた。
「こちらは、隣国で丹精込めて育てられた果実でございます。果肉は柔らかく、冷やして召し上がると、上品な甘さが口中に広がりますぞ。」
さらに、別の商人が、遠く離れた砂漠の国から運ばれてきたグラスについて語る。
「ご令嬢、こちらは職人の手によってのみ生み出される芸術品でございます。このアジュマーン産グラスの装飾は、彼の地でしか出会えない唯一無二のものです。」
その時、どこからともなく「きゃあああ!」という鋭い叫び声が響き、場の空気が一瞬凍りついた。急いで音のする方へ駆け寄ると、メイドたちが怯えた表情で集まっているのが見えた。そこにあった簡易商店には、茶褐色にくすんだ商品たちがずらっと不規則に並んでいる。
「どうしたの?」
リリーが不安げに問いかけると、震える声で一人のメイドが答えた。
「こちら、何やら……生き物のようなものまで混ざっておりますの…」
よく見ると、薄暗い照明の中で、虹色に光る小さな虫や、干からびた蛇のような生物、そして植物の皮や根かと思しき不気味な塊が、不規則な配置で並んでいた。さらに、部屋全体に漂うスパイシーな香りは、どこか異国情緒溢れる独特の空気を醸し出していた。
「お嬢様、申し訳ありません! このような品を屋敷に持ち込むなんて…!」
何人かのメイドが声を合わせる中、バーベナは冷静さを失わず、周囲の喧騒を一瞬にして収めるかのように手を上げた。
「待って。これは……食べ物ね?」
バーベナは、メイドの悲鳴に怯えた商店の主をじっーと見る。バーベナは答えを知っているかのように、目には少しだけ好奇心の光が見えた。
「食べ物?!」
メイドたちは、目の前のおぞましい物体を口の中に入れることを想像し、ブルブルと震えている。
バーベナは、乱雑に並べられた商品の中から、シナモンやターメリック、その他数種類の珍しいスパイスが混じっているのを見わたす。その目は、まるで宝物を吟味するかのように、各商品の微妙な光沢や色彩、そしてそれぞれが秘める背景を丹念に捉えていた。
商店の主人は、バーベナの言葉を聞くと、ほっとした表情を浮かべる。
そして、やや緊張した面持ちで、しかし丁寧に語り始めた。
「お嬢様、こちらは東国より輸入された品でゴザイマス。こちらは、力を授けると評判の蛇の酒漬け、こちらは毒ケシの根、ウコンでございます。そしてこちらは、セイスイの葉っぱ……ケシテ怪しげな品ではございません。そしてこれは、我が国でもタイヘンキチョウナ商品で…」
その言葉と共に、彼は皮の袋から手のひらサイズの、泥のような黒い塊を取り出した。
瞬間、メイドたちの顔色が一変し、次々と鼻をつまむようなリアクションを見せ始める。
「何か臭いますわね……」
「本当に、臭いですわ…」
にもかかわらず、バーベナはその黒い塊に興味深げな眼差しを向け、手に取りながらじっと見つめた。
(これは……。ふふふ、昨日のぼーっとしたわたくしも、いい仕事しますわね。)
彼女の内心には、ただの臭い物質ではなく、どこかに秘められた価値が感じられた。
そして、ふと決意したように声を上げる。
「ご主人、これをいただくわ。そして、ハンス、お願いがあるのだけれど。」
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