新たな香水
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バーベナは、ほとんど自室に引きこもっていた。
いつもは几帳面に整えられたオークの書き物机の上には、試作の瓶や香料の小瓶が雑然と積み上がり、まるで実験室のようだ。シナモンを砕いた甘い匂いや、加熱した樹脂のほのかな煙、そしてチュベローズの濃厚な香りが入り混じり、部屋中が柔らかな靄に包まれていた。
「……何がいいかしら、本当に」
ぽつりと呟くと、胸の奥で前世の記憶がよみがえる。
ベルガモット王妃は明言こそしなかったものの、バーベナには一つ心当たりがある――“大陸各国の首脳陣が一堂に会する会議”――それがハミルトン帝国で開催されるのではないか。
「となると……一筋縄ではいかないわよね」
軽すぎる香りは好まれず、濃厚すぎる香りは相手に媚びていると見られるだろう。
今のシエル・チュベローズ単体の香りでは、インパクトが弱い。
そのため、ここ数日はほとんど寝ずに香りの調整を繰り返していた。
ようやく机の上に置かれた二つの小瓶が、完成に近づいたサンプルである。
一つは、透明な琥珀色の液体。
瓶の口を軽く回して開くと、ふわりと花々の柔らかな香りが広がった。比較的香りが強い複数の花と、シエル・チュベローズの強く華やかな香りをバックに添える。そこへ柑橘の皮から取った爽やかな香気をほんの一滴だけ加えることで、全体が軽やかに立ち上がるように調整している。
「こっちは、婦人たちを想定して……清潔感と品、でも華やかさもほしい。悪くないわ」
もう一つの小瓶は、深い金色の輝きを宿していた。
一瞬で甘くねっとりした濃厚な空気が満ちる。チュベローズの強烈な甘香と、ベンゾイン樹脂を溶かして作ったバニラのような柔らかい甘さ。それにムスクの動物的な温度が重なる。
甘い、ではない。濃く、深く絡みつき、どこまでも誘惑的な香りだった。
前世での香水の歴史でも、花からとれる華やかで軽い香りは主に貴族女性に、動物性香料が入った官能的でねっとりとりた香りは娼婦に売れたという。
相対する2種類の香水は、きっとお互いを際立たしてくれるだろう。
「これが今できる限界ね。でも、まだまだ改良の余地はあるわ。」
バーベナは小さく息を吐いた。ベースはできた。あとは、手持ちの香料を増やして、微調整していくしかない。
前世で、どこかのブランドが似たような香りを出していた記憶がある。南国の夜の湿った空気にチュベローズがふわりとほどける、エロティックで濃密な香り。別のブランドは、朝露をまとった生花そのもののような透明感でチュベローズを表現していた。
その二つの系統の記憶を頼りに、結果として生まれた二種類は――華やかな“光”と、誘惑的な“影”。正反対でありながら、どちらもチュベローズの花が持つ魔性を引き立てていた。
リリーに試作品を試してもらう。
「お嬢様…一番最初に作られたものより、複雑な香りがします。けれど、雑多な感じではなく、まとまりがあって…それぞれの香りが喧嘩をしていない…とても心を豊かにしてくれます。」
リリーは恍惚とした表情で、香水の試作品を嗅ぐ。
「よかったわ。あとは…」
バーベナは、以前の招待状の束から一枚を掴む。
「これをあの”社交界の華“へお渡しするわ。」
バーベナの手には濃い紫に金箔が入った招待状を、リリーに見せる。
リリーはそこに施された紋章をみて納得の顔をする。
「香水を広めていただくのですね!あの方であれば、これだけの香りをまとっても、見劣りしません。お返事の準備をいたしましょうか?」
「ええ、お願い。そして……次は、量産と容器ね」
どれほど香りがよくても、容器が安っぽければ高級品として扱われない。
帝国では簡易的なガラス瓶しかなく、王都で売るには少々見劣りする。
「まずは、マリアのお店に向かいましょう。」
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