作戦会議
毎週木曜日に20:40に投稿予定です。
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「リリー、大変よ」
屋敷に戻るなり、バーベナは早足で廊下を進みながらそう告げた。
声色こそ焦りを帯びているものの、その顔はいつも通り無表情――鉄面皮だ。
侍女のリリーは慌ててスカートをつまみ上げて後を追う。
「お嬢様?王妃様から何かございましたか?」
リリーはバーベナとベルガモットの関係性を知っているからこそ、心配をする。
「そうね、少し…やっかいなご相談が…」
リリーはすぐに部屋へ入ると扉を閉め、正面から主人を見つめた。バーベナは深く息を吸い、いつものように淡々と説明を始めた。
「理由は明確にお言いにならなかったけれど、半年以内に――香水を大量に作らなければならなくなったの。おそらくだけれど、種類もいるわね。」
リリーは目を丸くした。
思っていた回答と違ったからだ。だが、すぐにバーベナの言葉を噛み砕き、適切に回答する。
「香水を…半年以内……?ですが、香料の在庫だけでも心もとない状態ですし、まして種類となると……」
「そうなのよ。もう少しゆっくり流行を作っていくつもりだったのに、状況が変わったわ。」
バーベナはため息をつく。
王妃教育の弊害として徹底的に叩き込まれた無表情のまま、しかし声だけは悔しさを滲ませていた。
「まずは…計画を立てなければいけないわ。領地へ行って、工房の生産状況を確認しましょう。そこからよ」
「かしこまりました!」
こうして、二人は翌日すぐにマルヴァーニャ領へ向かうこととなった。
――――
馬車が自領に入った瞬間、バーベナは窓を開けた。
まだ暖かさが残る風と土の香り、そして――むせかえるような甘く透き通る香りが混じる。
(……シエル・チュベローズ。思った以上にまだ綺麗に咲いているのね。これなら…)
窓の外には、青い絨毯が春先と同様に広がっている。
胸の奥に、ほんの少しだけ温かなものが灯る。
馬車が屋敷の前に止まるや否や、バーベナはスカートをひらりと翻し、すぐに敷地横の工房へ向かった。
重厚な扉を押し開くと、濃い香りとエタノールのツンとした匂いが混ざった空気が一気に流れ込んでくる。
「おお?!お嬢!?どうしたんだ?」
執事見習いのハンスが腕まくりのまま手をあげた。
その隣では庭師のヘンリー翁が黙々と花びらをもいでいる。
「ハンス、ヘンリー!いつも原液を送ってくれてありがとう。久しぶりね。香料の生産はどうなっているかしら?」
バーベナが真っ先に問いかけると、ハンスとヘンリーは作業を止めて顔を見合わせた。
「工房はフル稼働だが……お嬢が言う量には全然足りないな。シエル・チュベローズは、あと一ヶ月は綺麗に咲いてくれると思うが……この話がなかったとしても、シエル・チュベローズが綺麗に咲いている間に作業が全て終わると思わん。」
「そうね…今咲いている分で、どれくらいの香料が取れそう?」
「そうだな……作業効率があがれば全部で二千瓶分くらいは作れるかもしれん。しかし、お嬢の言う半年以内となると、とてもじゃねえ」
「ほかの香料はどうかしら?麝香と、ベンゾインの涙よ。」
「そっちはおそらく大丈夫だ。まだ仕入れもできるんだろ?花の質は良いけど、人手も道具も足りねえ。何より、採取して加工する場所が狭すぎる。急に増やすのは無理だ」
ハンスが工房をぐるりと指さす。
狭いが、清潔で整えられた空間。香水を作ると決めてから、倉庫を整理し、突貫で整えた工房だ。
しかし、机の上には花が山積みになり、器具はいくつも火が入り、みんな汗だくになって働いている。
この状態でさらに量産、種類追加――。
「……そうね」
バーベナは顎に手をあて、深く考え込んだ。
「お嬢、無理なら陛下にも無理って言わなきゃだ。」
「無理じゃないわ。やらなきゃいけないもの」
バーベナは顔を上げた。
その瞳には、鉄面皮とは思えない熱が宿っている。
「だって……これは私の夢の一歩にも繋がるわ。」
転生前の母の香りを再現したい―
しばし沈黙したのち、バーベナはぽつりと呟いた。
「……あれを、試してみましょう」
「お嬢、あれってのは……?」
「待って。ちゃんと形にしてから指示するわ。それに、王都に戻って道具も調達しなくちゃ。」
バーベナの脳裏には、夢で見た前世で学んだ知識が鮮明によみがえっていた。
(量産のためには……蒸留の効率を上げるしかない。今の方法では追いつかない。なら……)
「それから、品数も増やさないといけないの。またレシピを送るわ。王都でこっちも考えないといけないわ。」
そして、小さく息を吐き――また顔を上げた。
「在庫状況と課題は確認できたわ、最後はマーケティングね。」
「まーけてぃんぐ?」
「つまり、香水を多くの人に流行らせるってことね。」
「俺たちで手伝えることがあるのか?」
「いいえ、そっちはまずは王都でする必要があるわね……大丈夫。もう考えはあるわ。」
バーベナがそういうと、ハンスが眉を上げる。
バーベナはリンデンの顔が、ふと脳裏に浮かぶ。
リンデンはお礼がしたいと言ってくれた。
(あれなら…手伝ってくださるかしら?)
バーベナは、リンデンの反応を想像して、少し照れ臭さを感じる。
「お嬢様?お顔が…」
バーベナはリリーの小さな声に、はっと意識を戻す。
「……なんでもないわ。とにかく、すぐに動きましょう!」
「はい!」
マルヴァーニャの使用人たちは、主人が決意したと悟り、一斉に背筋を伸ばした。
(……それに、この花だけじゃ足りない。もっと……もっと研究しなきゃ)
半年。
あまりにも短い。
だが――やるしかない。
バーベナは静かに歩き出した。
リリーが慌てて後を追う。
その姿を見て、ハンスとヘンリーはふと目を見合わせた。
「お嬢……顔がだらしなくゆるんでなかったか?」
「わしもそう見えた。お嬢様のあんな表情を見たのは、5歳の頃以来じゃ…。王都でいいことがあったんだろうか…。」
「それだといいなぁ。」
ハンスとヘンリーは、驚きに満ちつつも、どこかホッとしたような顔でバーベナの背中を見る。
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