↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された調香師ですが、女嫌いの狂犬騎士が私の香りだけ追いかけてきます  作者: 佐藤純
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/32

リンデンの災難

毎週木曜日に20:40に投稿予定です。

Twitter(X)リンク:https://twitter.com/jun_satoh_novel

――なぜ私は、こんなところでお茶を飲んでいるのでしょうか?


リリーは、自分でもわからぬまま深い溜息をこぼしそうになっていた。


主人であるバーベナと、その隣に座るのは「猟犬」と呼ばれるリンデン・ド・ルードヴィンク副騎士団長。お嬢様から話を聞く限り、ベラーノ祭で接点があったと伺ったが、まさか一緒に城下のカフェへ訪れることになるとは思わなかった。


カフェは異国で修行した菓子職人が営む店で、鮮やかな果実や異国の香辛料を使った菓子が人気を呼び、近頃は貴族の若者の間で評判になっていた。


何か香料のヒントになればと思い、リリーが選んだのだが、侯爵令嬢と公爵家嫡男がふらりと立ち寄るにはあまりに庶民的だ。


(お嬢様とリンデン様のデートの場所がここでいいのかしら…申し訳ないわ…)


リリーの心配どおり、扉を押し開いた瞬間、店内のざわめきが凍りつき、視線が一斉に二人へ注がれた。

息を呑む音が幾つも重なる。一目見ればわかる高い身分の二人が並び立てば、それも無理はない。


店主らしき男が慌てて駆け寄り、我々を奥のサロン風のテーブルへ案内した。


そして、「この店の一番人気のセットです」と出されたケーキは、淡いクリームと果実の艶やかな彩りを備え、紅茶は湯気をたてている。


「まぁ。このケーキは単純な甘さを求めているのではなく、爽やかな柑橘の香りから入ったかと思うと、舌の上でピリッと刺激的な味が広がり、最後に上品な甘さが残る…とても美味しいですわ。」


「そうだな。それに、この紅茶と絶妙なハーモニーを醸し出している。これは…おそらくレゼム産の茶葉に、ほんの少しのブランデーを垂らしているのだな。香りの境目を消し、どこまでも余韻が残る。」


「共感いたしますわ、公子様。それに……」


バーベナは無表情のまま小さなフォークを運び、リンデンもゆっくりと口を動かして咀嚼する。二人が並ぶ姿は絵画のように優雅で美しいのに、繰り広げられているのは弾丸のような会話だ。


(麗しくも、たくましい騎士様が可愛らしいケーキを食べているところを、私のような侍女が見てしまってよいのでしょうか……。なんだか見てはいけないものを見てしまったような…。それに、お嬢様はお嬢様で…暴走していらっしゃるわね。)


罪悪感と居心地の悪さに耐えかね、リリーはおずおずと声をあげた。


「あの、もしよろしければ……私、外でお待ちしております」


その言葉が終わるより早く、甲高い声が店内に響いた。


「まぁ、バーベナ様!」


柔らかそうな栗色の髪を揺らし、愛らしい笑顔を浮かべて近づいてきたのは、マリーナ男爵令嬢だ。後ろには取り巻きの下位貴族の娘たちを3人ほど従えている。


貴族社会では、上位の者から声をかけられるまでは口を開かぬのが礼儀。

しかし彼女はおかまいなしに駆け寄ってきた。


「ごきげんよう、マリーナ男爵令嬢。」


バーベナは、感情をださず、会釈ともとれる節目にし、礼を外さぬ声で応じる。


その瞳には、わずかに探るような光が宿っていた。今の時刻、マリーナは舞踏の稽古に励んでいるはずだったからだ。


「どうしてこちらへ?今はブロッサム夫人のダンスのレッスンでは?」


バーベナは、マリーナの様子にたまらず質問を投げかけた。

すると、マリーナは得意げに胸を張ってべらべらと語り

出した。


「殿下にお願いして、講師を変えていただいたのですわ。ダンスはもう身に着けていますし、殿下もマリーナのダンスはかわいらしいと褒めてくださいますから。それに、ブロッサム夫人のレッスンは、その…つま先の角度が少しずれただけで鞭で打たれるのですから…とても耐えられませんわ」


(……それを耐え抜いてきたのが、目の前のお嬢様なのに)


マリーナのあまりの無責任さに、リリーは心の中で皮肉を漏らす。幼い頃のバーベナが血のにじむ稽古を黙々と続けた姿を知る彼女には、マリーナの言葉はあまりにも軽く響いた。


マリーナは、呆れ返っているバーベナから返事がないことを、感動のあまり絶句しているととらえ、さらに有頂天になったようだ。


「バーベナ様も、殿下にお願いすればよかったのですわ。それにしても、ご一緒におられるのは……リンデン様ではありませんか?」


マリーナは、バーベナからリンデンに視線を移す。


リンデンはちらりとマリーナを一瞥し、肯定の意として応える。


その言葉に取り巻きの令嬢たちが一斉に小さく悲鳴をあげた。帝国の「猟犬」と呼ばれる騎士の名は、社交界の噂でも常に取り上げられている。だが当のリンデンは、そんな悲鳴にもちらりと視線を向けただけだ。


「リンデン様、ずっとお会いしたいと思っておりましたの。わたくし、マリーナ・デ・ローザリアと申します。どうぞ、マリーナとお呼びくださいませ。」


彼女は、そんなリンデンの様子を無視して、嬉々として近づく。


リンデンの肩が小さくぴくりと震えた。


他の人には気がつかない程度の動作だったが、長年バーベナの表情筋を読み解いてきたリリーだ、感情が身体にでることに鋭敏になっている。

リリーはバーベナに目配せをした。


「マリーナ様、ルードヴィンク公子に御用事でしょうか?」


リリーの表情で何かを察したのか、バーベナの声が静かに割り込む。

あえて家名を伝えることで、礼を失した馴れ馴れしさを制する一言だ。

だがマリーナは眉を吊り上げ、なお言葉を重ねた。


「用事…?マリーナはアッシュ殿下の婚約者ですから、殿下の従兄弟であるリンデン様にご挨拶させていただくのは当然ではありませんか?」


(そんな、家族の挨拶じゃあるまいに…純粋なのか狙っておやりになっているのか、わからないわ。)


リリーは呆れ返るが、一介の侍女が口を出す物でもない。

ただ、リリーの気がかりはリンデンだ。

表情にはでないまでも、リリーの見立てでは、リンデンの顔色が悪くなり、吐息が荒くなっていく。リリーは胸をざわつかせた。


ひとしきりやり取りを見ていたマリーナの取り巻きの一人が、そわそわしてマリーナに耳打ちをする。


「……香り?あぁ…!」


耳打ちをされたマリーナは訝しむような表情をしたと思ったら、すぐに思い当たることがあったように頬に赤みがさし、口角が上がる。


「おほん。マリーナはリンデン様にご用事がありますわ!マリーナは気がつきませんでしたが、ベラーノ祭で、リンデン様が人々を魅了する古代の魔術を使われたとのお噂がありますのよ。リンデン様はどんな魔術をお使いですか?」


その質問に、取り巻きの令嬢たちの目がぎらりと輝いた。


(令嬢たちがぎらつくはずだわ。今まで幻でしかなかった麗しい妙齢の貴族が、人々を魅了するために社交界に突然現れたとしたら、その目的はひとつしかないと考えるわよね。)


マリーナの取り巻きは下位貴族が中心なので、ベラーノ祭での出来事は、噂でしか聞いていないのだろう。

本当のところは、バーベナが香りの元で、リンデンにはそれが移っただけだろうが、リンデンの噂が先行して混ざったのだろう。

令嬢たちの勘違いに気がつきながらも、リリーは我関せずと、お茶をすする。


一方、問いかけられたリンデンは思いあたることがあり、ちらりとバーベナをみる。


バーベナは、リンデンにだけわかるようにふるふると小さく首を横に振った。

するとリンデンは何を察したように頷き、マリーナにゆっくりと顔を向ける。


「そのような魔術は帝国にはないし、仮にあったとしても私は知らぬ。」


「まぁ、ではベラーノ祭でリンデン様がまとっておられた魔術はなんでしょうか?」


マリーナは、可愛らしくコテンと小首を傾げてリンデンへ問いかける。

質問をするたびに、じりじりと距離を詰めてくるマリーナと令嬢たちに、リンデンは気持ちばかり後退りする。


引き下がらないマリーナに仕方なくバーベナが、再度口を開く。


「マリーナ男爵令嬢。リンデン様は魔術を使っておられたのではありません。」


「バーベナ様?」


「花の香りを閉じ込めた秘密のアイテムがあるのです。」


「まぁ…!そんな素敵なものが…?」


マリーナは、さらに前のめりになり、ごくりと唾を飲み込む。


「ねぇバーベナ様?それはどちらで手に入りますの?マリーナ、秋の社交シーズンでは、それをまとって参加したく思いますわ!」


令嬢たちが一斉に色めき立ち、リンデンとバーベナに近づいてくる。このまま一緒の席でお茶会になりそうな雰囲気だ。

だが、リンデンは身を固くし、こめかみを押さえた。


「それ以上……近づくな」


呻くような声とともに、蒼白な顔が大きく揺れ――そのまま前のめりに崩れ落ちた。


「リンデン様?!」


「大変!」


令嬢たちの悲鳴が響き渡り、店内が混乱に包まれる。

バーベナは即座に立ち上がり、倒れたリンデンの傍らへ膝をつき、リリーに目配せする。

バーベナが冷たい手を取ると、強張った指先がわずかに震えている。


リリーは、外に控えていたマルヴァーニャ家の馬車を呼びに走った。



ぜひ感想や評価、ブックマークをお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。