その香りの正体は…
毎週木曜日に20:40に投稿予定です。
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—時は数刻前に遡る—
ベラーノ祭初日
リンデンとバロンは、王城の奥にある騎士団長室へ急ぎ足で向かっていた。祭りの最中に発生した城下警備の配置換え――その責任は、本来副団長として自ら判断すべきリンデンに課せられていた。しかし、予期せぬ玉突きのような指示変更が重なり、上層部への報告が必要となったのだ。
石畳を踏みしめる音が、リンデンの大股な足取りとバロンの小走りな足音とが不協和音のように重なり、冷たく響く。バロンは必死に先を行く長身の相棒に追いつこうとするが、ふとした瞬間、前傾姿勢で走る彼は、リンデンの背中にぶつかってしまった。
「いててて……急に立ち止まらないでくれ。どうしたんだ?」
「……また、あの香りだ。」
リンデンは静かに呟くと、勢いよく振り返り、迷いなく中央塔へ向かって駆け出した。
「おい、リンデン?!そっちはお前が嫌ってるベラーノの会場だぞ!」
バロンの呼びかけも耳に入らないのか、リンデンは蒼いマントを翻し、一直線に走り去る。
「どうするんだ……報告は……。もしかして、俺がするのか?」
バロンはため息をつきながら、騎士団長室への道を仰ぎ見た。
⸻
リンデンの足取りは、王城の中央塔へと着実に向かっていた。塔へ近づくにつれ、夜の冷気と共に漂うある特異な香りが、次第に輪郭をはっきりと浮かび上がらせる。
まるで、誰かが丹念に仕立て上げた花束のように、花々の瑞々しい香り――その中に、果物や蜂蜜のような甘美な香りが絡み合う。
香りは、塔に近づくにつれ、より鮮明に、より濃密になっていく――
「こないだよりはっきりしている……いくつかの花を組み合わせたものか?いや、それだけじゃない……。ベラーノ祭の新しい演出か?」
舞踏会が中央塔のベラーノの会場で行われていることは知っていた。
だからこそ、社交嫌いの彼は、今日もわざわざ遠回りして騎士団長室へ向かっていたのだ。
しかし――
この香りの正体を確かめたいという衝動は、それを上回った。
一瞬の躊躇のあと、彼は意を決したようにベラーノ祭の会場の正面入口ではなく、西側に設けられた小扉から忍び込む。
会場は煌びやかな灯火に照らされ、着飾った貴族たちが優雅に舞を楽しんでいた。
(……やはり、こういう場は苦手だ。)
リンデンの鋭敏な耳は、衣擦れの音や交わされる囁き声を拾い、鼻は料理や人々の熱気が入り混じる匂いを感じ取る。戦場で「猟犬」と称される所以――その鋭い感覚が、かえってこの場の喧騒を煩わしく思わせた。
だが、彼は不快感を押し殺し、香りの発生源を探し始める。
(確かに強くなった……が、人が多すぎて特定できないな。)
ふと、会場の端で見知った顔を見つけた。
(……アッシュ?あの令嬢は誰だ?口論しているのか?)
王族であるアッシュと険悪な雰囲気の令嬢がいる。
そんな豪胆な女性はブロッサム夫人くらいしかリンデンは知らない。
(アッシュに気づかれる前に、ここを離れるべきか……)
その時、突然、令嬢が静かに、だが強い口調で「お断りします!」と、声をあげる。
自らの意志を示すその姿は、会場の華やかな灯りの中で一際鮮やかに浮かび上がった。
彼女の決然たる態度に、リンデンの思考は一瞬動きを止める。
令嬢はくるりと向きを変え、リンデンの方へ、先ほどの感情的な声からは想像できないほどの優雅な足取りで向かってくる。
リンデンは一瞬の焦りを見せたが、令嬢が通り過ぎる瞬間、空気が一変したかのように、あの不可思議な香りが彼の鼻腔をくすぐった。
(――彼女か!)
確信した瞬間、リンデンの手は無意識に動いていた。
「待ってくれ!」
掴むべきではないと、理性が告げた。
それでも、身体は香りの主を逃がすことを拒んだ。
リンデンは令嬢の手を掴んでいた。
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