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婚約破棄された鉄面皮の調香師は、猟犬騎士に溺愛される  作者: 佐藤純
第一章

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14/21

戦場への準備

毎週木曜日20:40に投稿予定です。

Twitter(X)リンク:https://twitter.com/jun_satoh_novel

長旅に準じ、王都に戻ってしばらくしてから、バーベナを待っていたのは社交シーズンの幕開けだった。


『ベラーノ祭』——貴族だけでなく、城下の民衆も巻き込む夏祭り。元々は庶民が、暑気払いを行う祭事だったが、貴族たちが社交の場として利用し始め、今では王都最大の行事となっていた。王城も祭りに合わせ、カラフルな装飾で彩られている。


マルヴァーニャ家のタウンハウスも、慌ただしく準備を進めていた。

「暑いわね……」


誰かがぽつりと漏らす。

夏の日差しはじりじりと強く、屋敷の侍女たちは額に汗を浮かべながら働いていた。


「動かないでください、お嬢様!」


バーベナの筆頭侍女・リリーは、鏡の前のバーベナを鋭く見据えながら、ドレスの準備に余念がない。


「お嬢様の美しさを最大限引き出し、あの忌々しい二つ名を返上させてみせますわ…!」


「……いくらドレスを着飾っても、鉄面皮は変わらないのではなくて…?」


「お嬢様、ご本人か私の沽券をつぶさないでください。それに…ご自身では気が付かれていないようですが、お嬢様は美人でございます!もっと!自信を!持って…!」


「リリー、コルセットを少し緩めて……!」


「はっ……!失礼しました」


リリーはしぶしぶ紐を緩めるが、不満げな表情は消えない。

領地から戻ったバーベナとリリーを待ち受けていたのは好奇心旺盛な貴族たちの噂話だった。

バーベナ自身はマルヴァーニャのタウンハウスから一歩も出なかったが、城下の新聞、貴族のお茶会、様々な場所で噂の種になっているようだ。


(お母様は明るく振る舞っていたけれど、お母様にもお父様にも肩身の狭い思いをさせていたのね)


だが、バーベナは意に介さない。

——今の彼女の関心事はただひとつ。香水のこと。


「お母様やお父様に肩身の狭い思いをさせてはダメね。」


無表情ながらも、バーベナの紫の瞳が静かに燃える。


「そうですよ、奥様や旦那様に心配をかけないように、高貴な令嬢らしい生活にお戻しください。香水はとても素晴らしいものですし、お嬢様が没頭するものがあることは、とても嬉しく思うのですが、お嬢様には幸せになって貰わなくては困ります。規則正しい生活をして、社交であらぬ噂を払拭し、ご婚約に関しては、きちんと奥様の言うことを聞くのですよ。」


リリーは小さい子供に諭すように、つらつらと小言を呈す。


「リリー、私はもう子供じゃないのよ。社交界には出るけれど、婚約だなんて、もうこりごりだわ。お相手にも悪いし。」


「お嬢様。結婚が全てではありませんが、お嬢様を幸せにしてくださる殿方はきっと見つかります。このリリーが保証します。アッシュ様はお嬢様にはただただ、もったいなかっただけでございます。いいですね?」


リリーは、コルセットをちょうどいい具合に締めながら、バーベナに詰め寄る。


「……ごめんなさい。」


その圧を感じて、バーベナは上目遣いになりながら謝ると、リリーとバーベナは、目を合わせて「ふふふ」と笑う。


「それにしても」と、リリーはうっとりとした表情で、小さなガラス瓶を手に取った。見た目はなんの変哲もないジャム瓶だが、中に入っているのは、チュベローズウォーターだ。バーベナが生み出した最初の香水だった。


その香水を見つめながら、リリーは感慨深げに呟く。


「本当に効果がすごかったですものね…きっと、ベラーノ祭で注目されること間違いないですよ。」


試作品として完成したチュベローズウォーターは、マルヴァーニャ領の屋敷の侍女たちにつけてもらった。


「お嬢様!自警団の方に告白されました!」

「お嬢様!夫が誕生日にプレゼントを!」


侍女たちは香水をつけた結果を次々と報告し、『恋の妙薬』としての評判が確立しだしたのだ。


―この世界でも。香りは人を魅了し、心を動かす。

バーベナはそう確信していた。


(あの香水を再現するために…お父様とお母様に肩身を狭い思いをさせないために…私には情報と資金がいる。そのための社交よ)


「さあ、完成です、お嬢様!」


決意を胸に秘めながら、リリーの言葉を聞く。


バーベナは鏡の前に立たされた。映る自分の姿を見つめる。透き通るような紫の瞳に合わせた、小さな宝石を散りばめたネックレスが、白い肌に映えている。

氷のような表情に合わせたような光沢のある薄い水色のドレスは、バーベナによく似合っていた。


「さあ、行ってらっしゃいませ!」


「ありがとう、リリー。行ってくるわ」


最後にバーベナは、ジャム瓶を開ける。

コットンに少し香水を含ませ首元や手首にそっと馴染まる。

シエル・チュベローズの甘やかな香りがふわっと広がった。


(この香り、今日のドレスには合わなかったかしら。私でなくても…この香りに合う人を今日見つけましょう。あの方がいればいいのだけれど…)


バーベナは、ベラーノ祭が開かれる王城へと向かった。

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