銀河ツァー(二)
銀河ツァー(二)
「皆さま宇宙ステーションで楽しいひと時を過ごされましたでしょうか。全員お揃いになられたようですので、この宇宙船は新たな旅に出発します。行先は外宇宙でございます。すなわち、私たちが慣れ親しんでいる太陽系から離れて遥かに広大な銀河系宇宙を目指して飛び立ちます。今までとは比較にならないほどの遠方に向かうため、この船は途中何度も超高速航法、つまりワープ飛行に切り替えて星間を移動して参ります。とは申しましても皆さまに心身のご負担をお掛けすることはございません。船内は完全に空調重力管理されておりますので、今までと同様寛いで見学いただくことができるのです。それでは間もなく神秘の世界を目指して出発いたしましょう」
宇宙船はゆっくりとターミナルから離れると、一旦停止したあと全体が発光し瞬間的にその場から消え去った。
いやあまりに移動が速すぎて肉眼では見えなかったに過ぎない。
船内の乗客から前方スクリーンを通して見る景色は、ただシルバー色の光の筋が見えるだけで宇宙に散らばる星の姿は見えなかった。
ただ船内放送で天王星軌道、海王星軌道の通過時には案内があった。
そして、しばらくすると徐々に減速している様子を実感し、周囲の様子が画面に映り出した。
突然岩石の塊が正面に現れた。
さらにそう遠くない位置にもいびつな物体が漂っている。
スクリーンの画面が切り替わり、無数の天体軌道が太陽系の最縁部に表示された。
「この付近はカイパーベルトといって大小の数十万個の天体が太陽の外縁部に位置し、周回している領域です。かつて惑星の一つに挙げられていました冥王星もその仲間で、このあたりから見た太陽は遠くに見える星に過ぎません。ただ、太陽系の形成初期段階の痕跡を残している天体群、すなわち水氷メタン、アンモニア等の物質で構成されており、化学の分野からすると重要な特徴を持っております。但し、このあたりが太陽系の果てではありません。更に外にも太陽の影響を受けている領域が存在します。これからそこに向かうことにします。」
乗客からは一様に驚きのざわめきが広がった。
なにしろ、中心にある太陽はほとんど彼方にある星の一つに見えるからだ。
一体どれほど太陽系は広いのだと言う声が聞こえる。
再びワープ飛行に移り、前回以上の時間を要した。
そして再び通常飛行に戻った時には、周囲の様相が極端に変わっていた。
今までの見渡す限り透明の空間を通ってきたが、ここは霞がかかったような雰囲気に覆われている。
いや太陽の光が届きにくくなっているのかもしれない。
船内アナウンスが聞こえてきた。
「皆さまにはお気づきのことだろうと思いますが、ここはオールトの雲といわれる領域で、外宇宙との境界にあたり、恒星間宇宙といってもいいでしょう。目を太陽系の中心部に投じますとほとんど微かに光源を放っているのがみえますが、その重力圏がここまで及んでいるのは驚くべきことと思われるかもしれません。ここにも様々な天体が浮遊しており、重力の影響を受けて、その一部が彗星となっておよそ200年以上の年月をかけて太陽の周囲を周回しているのです」
確かに船外の離れた位置に氷塊のような物体が見られる。
近くまで寄ればかなりの大きさなのだろう。
ところが、船の近くを横切ってまるで昆虫のトンボのようなものが飛んでいくのを目にした。
乗客はいったいなんだろうと目を凝らして見ている。
「皆さま今横切って通過した物体はなんだと思われますか。あの正体は大昔に地球から飛び立った探査船でございます。詳しくは1977年に打ち上げられたNASAの無人宇宙探査機ボイジャーで、既に太陽系内の惑星、衛星等の撮影ミッションを終えて、今ようやくこの区域に到達したところでございます。まだこれからも飛び続け隣の恒星に辿り着くのは8万年後と言われております。もちろん私たち人類の技術進化は遥かに速く、今や簡単に行くことが出来ますが、初期の宇宙観測人工物として記念すべき探査船でございます」
確かによく見ると小さな機体の上にアンテナが付いていることがわかった。
これから広大なオールトの雲に突入し星間を旅していくことだろう。
「さて、これからいよいよ太陽とは別の恒星を見学に参ります。とはいっても宇宙に広がる星にはそれぞれ特徴があります。つまり我々が知っている太陽が標準ではありません。太陽系のような姿は、むしろ珍しい形態かもしれないのです。これから目にするのは、ありがちな光景であると思ってください。それでは出発です」
再び観光船は光に包まれた。
乗客はいったい何が見られるのか皆興味津々の思い出あった。
そして、減速モードとなり徐々にスクリーン上に実像が浮かびあがっていく。
完全に静止状態となって映っているのは、二つの太陽が距離を置いて存在する光景である。
しかしよく見るとかなり離れた場所にも多少赤っぽいながらも小さめ光源が見える。
惑星ではないかと思われたがある程度輝きがあり、やはり太陽の一つであろう。
「皆さま、ご覧になられているでしょうか。あまり近寄ると危険なためこの位置から眺めていますが、二つの恒星が隣り合って特定の軌道を周回しています。これを連星といい銀河の中ではよくあるパターンです。この場合片方は後ほど見ていただく中性子星、ブラックホールといった組み合わせもあり様々なケースがあります。ここでは更に小型の赤色矮星が連星の周りを、距離を置いて周回しているのです」
「さきほど、ありがちな光景とおっしゃいましたが、このような恒星の姿が一般的なのでしょうか」
「確かにその通りで、この形は3連星なのですが、場所によっては4や5の連星も存在し、銀河の中心部にいくほど密状態になっており、更にそれ以上の恒星の集まりも多くみられます」
「このような条件下で惑星があった場合に地球のような生物は存在するのでしょうか?」
「いい質問です。かなり難しいでしょうね。恐らく温度、重力、大気の状態が不安定で生物が出現する可能性は低いと云わざるを得ないでしょう。これから更に過酷なケースを見て頂くことになります」
そして次に宇宙船が移動した場所には、極めて巨大な恒星が待ち構えていた。
その表面は赤褐色で所々黄色い筋が入っており、あちこちでいわゆるフレアが出て、火柱が吹き上がっている。
その近くに惑星であろうか、巨大な恒星からすればほんの小さな塊にすぎないが、今にも飲み込まれそうにある。
「今見て頂いておりますのは、寿命が最終段階の巨星になる寸前の膨張した巨大な恒星です。これから更に膨れ上がり、もう間もなく手前に見える地球サイズの惑星は炎に包まれでしょう。そして臨界点に達すると、もはや形態を維持できなくなり、重力崩壊して姿形が変わってしまいます」
「もうすぐって。大丈夫かな、ここにいて」
「すぐとは言っても数百年、いや数千年の単位です。宇宙の時間は我々の感覚とは異なります」
「じゃあ、重力崩壊した後どうなるの?、跡形もなく消えちゃうのかな」
「いえそうではありません。それぞれの恒星の質量によって結果が異なります。今からその例を確かめに行きましょう」
再びワープを体験したが、ほとんどの乗客はもう慣れてしまっている。減速するまでにはそう時間は掛からなかった。
船が停止した先に見えるものは、シルバー色の円形の物体から上下に光線は放たれている光景であった。その光の筋は均一な角度で左右に揺らいでいる。
じっと見ていると目が回りそうな気がする。
「太陽程度の重量の場合は小さな白色矮星になりますが、恒星の質量が太陽の8倍から30倍までですと、超新星となり爆発し、ご覧のような中性子星になります。直径は極端に小さくなっていますが、高速で自転しており、X線やガンマ線が放出されています。特に強調したいのは磁場が大変強くあまり近づくと、この船のみならず、我々生命体の細胞も破壊されてしまいます」
「見た目に小型の鮮やかな回転物体に思えるんだが、そんなに危険なものだとは思わなかったよ。ところで更に質量の大きなものはどのようになるのかな」
「その答えはこれから向かうところで明らかになります。ただ、周囲を見回すと星の数がかなり多くなっていますが、銀河系内の中心部近くにこの船は位置しており、安全運航を図らねばなりません。従って通常の高速運転で進んで参ります」
とは言ってもかなりのスピードで恒星や惑星の隙間をぬって飛行していく。
相応の時間を費やして到着した前方に不思議な光景が現れた。
かなり大きな恒星の片側から炎が激しい勢いで噴出している。
太陽からフレアが出ることがあるが、そのようなレベルではなく大量のガスが噴き出しており、その輝きはまぶしく直視できないほどである。
更にその先端はうずを巻きながらある黒い空間に向かって突入している。
「見て頂いているのはブラックホールで、太陽質量30倍以上の恒星が終末を迎えて重力崩壊した結果形成されます。その重力は非常に強力で物質だけでなく光さえもその影響を免れることは出来ません。この例は近隣にある恒星のガス炎をブラックホールが飲み込んでいる光景です。最終的には恒星そのものを吸収してしまうでしょう。この船もあまり近づくと引き込まれ脱出することは不可能でしょう。銀河系中心部には太陽の質量の数百倍から数十億倍のブラックホールがあると言われています」
「恐ろしいな、そんなものが存在するなんて。この宇宙にどれくらいあるのかな」
「この銀河の中心部には2万個以上のブラックホールが存在すると言われていますが、光をも吸収してしまうので残念ながら直接見ることが出来ないのです」
「そうすると中心部から離れている地球は比較的安全なわけだな。じゃあ、もっと離れてしまって、銀河から飛び出せばどうなるのかな」
「そのご質問に対する答えをこれから皆さまに体験していただきます。私たちのおりますのは天の川銀河と呼ばれる宇宙ですが、それもこの大宇宙の一角にある銀河の一つにすぎません。近傍には大小マゼラン星雲やアンドドロメダ等の銀河が存在して集団をつくり銀河群を形成しています。ただ、それも大宇宙の一部分にすぎないのです。それではこれから広大な大宇宙の冒険に出掛けましょう」
そして船はUターンし通常飛行でバルジと呼ばれる銀河中心部を抜けた後、何度かのワープを繰り返した。
減速しだした時に再びアナウンスがあった。
「間もなく銀河系宇宙の外縁にあたるハローという領域に入ります。天の川銀河は先ほど見て頂きました中心部バルジの周りを渦巻状に2000億個以上の恒星があり、そのほかにも惑星をはじめ様々な天体が数億年かけて回転しているのです。さらに円盤部の外にあるハローにも多数の球状星団や目に見えないダークマターと呼ばれる天体が存在し銀河を包んでいます。通常飛行になり次第その光景を皆さまの目で見て頂きましょう」
ようやくスクリーンに外の景色が映し出されるようになった。
どうやら銀河円盤の上部に位置しているようで、中心部の厚い膨らみが見え、外側に幾筋もの光の渦が円弧状に広がっている。
無数の恒星の光が集合合体して銀河全体の形状を作成していることがわかる。
そして、外側に目を転じると、球状の星の集合体があちこちに見え、更に目を凝らすと、光を放たない黒い天体が浮かんでいるのが辛うじて確認できた。
「ハローと呼ばれる部分を含む銀河全体は、光輝いて目に見える部分と見えない部分すなわちダークマターが集まって構成されています。それぞれ重力が釣り合って回転しているのですが、ここからまだ遠くにある更に大きなアンドロメダ銀河も同じように回転しており、お互い少しづつ近付き、あと数十億年で合体すると言われています。もちろん私たちはそれを見ることは出来ませんが、それは壮大なドラマと言っていいでしょう」
乗客はあまりにもスケールが大きすぎて唖然とした表情で説明を聞くばかりであった。
「けれども大宇宙からすれば、ほんの小さな地域の出来事にすぎません」
「ええ!、小さな出来事っていうと一体どういう・・」
「この宇宙は更に壮大な広がりがあり、それをこれからご覧いただきましょう」
船は再び動き出したが、今回のワープは繰り返しが何度もあってかなりの時間を要した。
そのため乗客はかなり遠方まで来ていることを実感することになった。
一方でどのような光景を目にするのか、楽しみと期待が膨らんでいる。
やがて、船はゆっくりと速度を落としていく。
スクリーン上の映像も少しずつ焦点が合い始めた。
完全に推力が停止し、はっきりと目に映った光景は、今までとは異なり天空を光の粒が網状に覆っていた。
それも不規則ではあるが方形の黒い部分を明るい枠が取り囲んでいる。
周囲のどの方向を眺めても同様の形状が広がっていた。
「皆さま、見て頂いておりますのは、泡構造と呼ばれる宇宙の姿そのものです。今までご覧になりました天の川やアンドロメダ等の銀河が集まって銀河群や銀河団を形成しており、それらが繋がって全体的に泡のような分布をしています。つまり泡の膜面には銀河が存在し、泡の中の空洞には銀河が存在せず、超空洞、ボイドと呼ばれています。その径は約1億光年におよび、私たちは今その狭間におります」
もはや、想像を絶する話で質問もなく説明を聞いている以外なかった。
「今から138億年前にある1点からビッグバン、すなわち爆発的な膨張が起こり、長い時間をかけて今の宇宙の姿になったのです。その間、現在に至るまで宇宙は膨張を続けており、このような構造になったのですが、今なお解明出来ていないことが多数存在します。その謎のひとつで、この船の最終目的地でもある場所がこの領域にあります。ここからすぐ近くにあり今から皆さまをお連れします」
今度は通常飛行で周りの様子がはっきりとわかった。
とはいっても、近くに天体のない薄暗い空間が見えるだけであったが。
そして、そう時間を経ずに目的地であると思われる奇妙な光景が目に入った。
船は直前で停止している。
「宇宙最大の謎は、始まりはどうであったか、どうして宇宙が出来上がったのかという点です。ずっと膨張し続けてきたのですから、さかのぼれば何もない無から出来たということになるのですが、ではその無の領域から他にも出来た別の宇宙があるはずだと考えても不思議ではないということになります。私たちは技術の進歩によって現在の宇宙を眺めることが出来るのですが、別の宇宙となると不可能だと言われてきました。ところがある発見により可能性が開けてきたのです」
乗客は固唾を呑んで聞き入っている。
どうやら前方に見えるものが関係しているらしい。
「ワームホールという言葉がありますが、それは離れた時空を直結する構造物で、いわばトンネルのような通路を意味します。それはこの宇宙の特定の2カ所であったり、別の宇宙への抜け道であるとの認識です。今までは想像に過ぎないという見方でありましたが、この場所を含め何カ所かの発見により実在の可能性が出てきました。もちろん過去にAI搭載機器及び無人機による何十回にわたる実験を積み重ねてき
ました。その結果通過時の機器類の損傷は見られず出口へ向かうことが確認できました。但し、出口はこの宇宙のどちらかでは無く別の宇宙の可能性が強いこと、向こうからはこちらへ戻ってこられないこともわかりました。つまり、一方通行で別宇宙とつながっていると想定されます」
この時点で船内には頷く乗客がかなりいるようだった。
おそらくここまで来た理由を理解している様子である。
「今回の宇宙旅行について、参加希望者の募集にいくつか条件を設けました。『見学旅行最終地については往路のみ。帰路および安全性はいずれも不明。上記要件を了承いただける方のみ参加可能』でしたが、ここに見えているのが最終地の入り口で、同じ出口からは戻ってくることは出来ないと考えられます。ただ向こうで現宇宙とつながる入口が見つかれば可能かもしれません」
スクリーンの正面に見えているのは、空間の大きな割れ目である。
氷河のクレバスのように裂けており、そこに迷い込めば無事では済まないように思えるが、何年もの調査の結果ワームホールの入り口だと結論付けたようである。
「もちろんあらかじめ了解いただいとはいえ、途中で意思が変わることもあると考え、宇宙ステーションで確認を行ったところ、何名かの辞退者がありました。そしてさらにここで最終的なご判断を頂きたいと存じます。もし辞めるという選択をされても決して不名誉なことではありません。なにしろ身の安全に係わることなので引き留めることはありません。なお、ここで引き返される方には小型艇を用意し、別の宇宙船に乗り換えできるように手配します。さて、皆さまどうされるでしょうか。ゆっくり検討いただいて結構です」
アナウンスが終わると一瞬船内は静まり返った。
しばらくたって一人の乗客が声を上げた。
「私はこのまま行きますよ。決心は変わりません」
別の乗客もこれに続く。
「俺も行くよ。未知の世界を見てみたいからな」
そして次々とこのまま残るという声が続く。
「私もよ。もう戻ってこないって言って来たから」
「いやあ、ますます行きたくなったな。何が見られるのかなって楽しみだな」
「私たちもだよ。家内とどこまでも行こうって決めているよ」
「僕の場合は戻っても誰もいないし当然行くさ」
全ての意思表示が終わった後、再びアナウンスがあった。
「皆さま、大変ありがとうございました。ここにおられる全員の確認が取れこのまま最終目的地に出発することといたします。その前にご質問があればお聞きしますが」
「ああ、あなたのお顔が見えないのですが、もしかしたら人間ではないのですか?」
「大変失礼しました。私はAIそのものです。要するに人工的に造られたものですが、内蔵された全てのデータをベースに様々な課題に対応できるようになっています。お客様としては、ご不審を抱かれるでしょうか?」
「いや、逆に安心しました。どのような不測の事態が生じた場合でも最善の判断が出来ると思われますから」
「ありがとうございます。他には?」
「もし、別の宇宙で到着地が見つからず放浪状態になった場合私たちはどうなるのでしょうか」
「そういったケースも考慮に入れて、この船には皆さまが長期間生活可能な食糧やその他考えうる日常用品、嗜好品を搭載しております。更にお世話するためのアンドロイド添乗員も乗り込んでおりますのでご安心ください」
そのあとも二三質問があったが、都度すみやかな回答があり船内には安堵の空気が伝わった。
「それでは出発します。ここから本当の意味で神秘の世界への探検です。皆さま、幸運を!」
観光宇宙船はゆっくりと動き出した。
そして、目の前の割れ目空間の暗闇に吸い込まれていく。




