警察ツァー
警察署
私は今日一日ある警察署に侵入し内情を調査することになった。
県庁所在地の中心駅に通じる広い道沿いにあって、7階建ての石造りで堅固な建物は、県民の安全を守る機関として威容を示している。
その建物の出入り口から見たところ二十代のサングラスを掛けた男性が正面カウンターまできて、居合わせた職員に声をかけた。
「ちょっとあんた。婦人警官かい?」
少し乱暴な問いかけであったが、女性職員は動揺せずに答えた。
「一応そうですけど、どのようなご用件で?」
「俺は文句言いにきたのよ。俺の車に置き土産をしていったポリさんによう」
「いったい、何を置いて行ったんですか?」
「これよ。この黄色い紙を俺の車に貼りやがってよう。どっかに行っちまいやがったんだ」
「ああ、駐車違反ステッカーですね。違法駐車が確認されたので貼られたんだと思いますよ」
「冗談じゃないぜ。用事があってほんの数分車から離れただけだぜ。それでここに出頭しろってか。馬鹿にするんじゃないぜ。だからこのおまわりに文句言いに来たってわけさ」
「ただこの件については、交通課が担当しております。そちらで問い合わせてください」
「俺はこの紙に書いてある奴に会いに来たんだ。そいつはどこにいるんだ」
「それについても、交通課のほうで対応するとおもいますが・・」
その時通路の奥から現れた男性職員が声を掛けた。
「おい、どうしたんだ。大きな声がしたんで気になったんだが、なにか揉めているのかな」
「ああ、警部補。この方が車に駐車違反ステッカーを貼られて、その担当者に抗議に来られて」
警部補と呼ばれた職員は年配の強面で、サングラスの男を注視した後言った。
「確か、お前さんは、大文字組の舎弟だったな」
「あ、ああ旦那、お久しぶりで・・」
「ふん。どうせお前さんは車を置きっぱなしにしてパチンコでもやっていたんだろう」
「と、とんでもない。あっという間に貼られたんで」
「おおそうかい。なんなら俺が聞いてやってもいいがね」
「いや結構ですよ。旦那にご迷惑おかけしたくないんで。交通課ですか。そちらに参りますから」
男はそう言って通路上の案内板を見ながら歩いていった。
「ありがとうございます。あの人ヤーさんだったんですね」
「だが組員といっても三下だよ。以前に俺が四課にいたとき、あいつを恐喝の容疑でしょっぴいたことがあるのさ。ただ、上からの指示で使い走りにすぎない下っ端だったんで許してやったよ」
「ああ、警部補は捜査四課で暴力団等の組織犯罪に関わっておられたんですね。その時にあの人と面識があったんだ。でも交通課のほうでは大丈夫ですかね」
「心配ねえよ。あそこの連中もああいった輩の扱いには慣れてるよ」
「ところでこれからどこかへお出かけで?」
「空き巣の連絡が入ってな。これから行ってくるんだが、最近は組織的な犯行も頻発しているんで忙しくてかなわん」
「今は捜査三課に所属されているんですね。昔と違って盗みの方法も多様化しているんで大変ですね」
「全くだな。闇バイトだのトクリュウといった言葉が広まっているし、エスカレートして強盗傷害や殺人にまでなってるんだ。世の中狂っちまったな。おや、なにやら署内が騒がしくなったな」
上階から降りてきた数人の署員が急ぎ足で入口に向かっていく。
「おい、どうした事件か?」
顔なじみの巡査部長を呼び止め尋ねた。
「ええ、山登りに行っていた男性が途中の山林で死体を発見したようです。一課で私たちの班が確認に行くことになりました」
「そうか。事件性があるかどうかは現場に行ってみないとわからないのか」
「今のところホトケさんが男性のようだとだけで。ああそうだ。鑑識はもう先に現地に向かっているそうですよ。それと、最寄り交番の応援に機動捜査隊が現場保存のために向かいましたので、我々が現着したころには、詳細が判明しているかもしれませんね」
「なるほどな。だが一課では別の大きな案件も抱えているそうじゃないか。厄介な事件にならなければいいがな」
「図星ですね。周りの者もそう願っていますよ。では」
「さて、俺も出かけるとするか」
警部補が出て行ったのと入れ替わりに、スーツを着用しネクタイをきちっと締めた男性が二人入ってきた。
「検察庁から参りました。本署捜査二課との打ち合わせをすることになっています。取り次いで頂けませんか」
と前の男性が訪問の目的を告げると。奥の席にいた総務部長が立ち上がり二人のほうに近寄った。
「検事さんですね。伺っております。会議室を用意しておりますので案内させます」
そう言って部長は職員に案内するよう指示し、見送った後、捜査二課長と会議を主催する副署長に自ら連絡した。
その折、丁度相談に来ていた生活安全部部長が言った。
「ああ、あれかね議員が贈収賄で取り調べを受けているという」
「そうそう、二課で以前から調査しており、大詰めを迎えているそうだ。どうやら立件起訴するために検事がお出ましってことだろう」
「そうなれば大事だろうな。なにせ現職議員が逮捕されるかもしれないからな」
「思惑どうりに運べば捜査二課の得点というわけさ。あそこは汚職に詐欺背任、横領といった案件に目を光らせ違反に抵触した場合処罰するのが仕事だからな。二課長も鼻が高いんじゃないか」
「ここのところブンヤの出入りが多くなっているのはその件も影響しているのかもしれないな」
「報道関係者はスクープの奪い合いだからな。ところで申し出の件については広報担当に指示するよ」
「ああ、頼むよ。上からの指示でストーカー事案に対応する部署を早急に創ることになったんで関係者に協力をお願いしている。その一環なんだよ」
「こちらもえらい騒ぎになっているな。ストーカー男性に殺された女性被害者が何度も警察に生命の危険を訴えたに関わらず、警察は動かなかったと。メディアから糾弾された県警は、警察庁からも槍玉に上がり責任問題になっているそうじゃないか」
「当署でも既になん件かストーカーの訴えがあるんで決してよそ事ではないんだよ、とにかく大至急体制を整えることと、それに伴って組織改編を一般に公表するようお達しがあったのさ」
「なるほど、警察は熱心に取り組んでいますよとの印象を広めたいわけだな。お互いすり合わせをして、広報内容を決めようじゃないか」
その時、生活安全部長の携帯が鳴った。
部下からの電話であろう。
部長は渋い顔をしてしばらく話し込んでいる。
話し終わった後、別の問題が持ち上がったと溜息を吐いた。
「今度は子供の虐待やDVが脚光を浴びているようだ。本庁がやいやい言ってきているんだ。なんだかうちの部門にしわ寄せがきているような案配だよなあ」
そう捨て台詞を言いながら生活安全部長は戻っていった。
一方で、警察署の外が幾分騒がしい様子。
走行中の車に積んだ拡声器と思われるものから、演説会の案内の声が聞こえてきた。
署内の廊下で年配男性が若手署員を呼び止めて言った。
「おい、これから忙しくなるんじゃないのか」
「そうなんですよ。私も総理と選挙候補者の街頭立ち合い演説会警護のために駆り出されることになりました」
「警備部から何人くらい出るんだ」
「ほぼ全員出動となります。本来であれば警護課SPが担当するんですが、前首相が遊説中に手製銃で銃撃され死亡した事件がありましたので、署長からの指示で、選挙期間中のVIPの街頭演説には最大限の警備をするように言われております。機動隊の面々や災害担当の私も応援要員の一人です」
「ああ、君は別の部署だったな。だが、あの事件で県警トップも辞めさせられているんだ。神経質になるのもやむおえんだろうな」
「おっしゃる通りです。私も心して警護に臨むつもりですが、これからも想定外の問題が起こりそうです。警務部長、出来れば我々の部門の人員を増やしてもらえればありがたいのですが」
「なるほど。そうきたか。だが同じような要望は他の部門からも言われていてな。なかなか全てが満足するようにはならないんだよ」
「わかりました。期待するだけに止めておきます。では失礼します」
そう言って警備部の職員は外出していった。
一方の警務部長は厄介な問題を抱えていた。
彼は署内の人事管理の責任者でもあった。
向かった部屋の扉をノックし中に入ると、部下である人事二課長が待っていた。
「どうだ。彼との面談で何かわかったか」
「ええ、認めています。オンラインカジノで賭博行為を1年以上前からしていたと。深夜の勤務で時間のある時は退屈しのぎで仕組みを調べていたのが、そのうちやってみようという気になったそうです。違法とは知りながら辞められなくなってのめり込んでしまったそうです」
「40台で地域課所属の巡査部長だったな。確か被疑者を摘発したこともあったんだな」
「どうやら職務質問をするうちに影響を受け、オンラインカジノに関心を持ったとか。もともとがギャンブル好きで非番のときに競馬、競輪が趣味だったそうです」
「困ったもんだ。取り締まる側が違法行為を犯したんでは警察としては面目が立たん。近年、警察官の不祥事が多発し、マスコミでも取り上げられている。ここは何らかの厳正な処分をする必要があるが。本人はどう思っているのかね」
「大いに反省しているようです。もう二度とやらないと誓ってはいますが」
「家族はいるのかね」
「ええ、妻と子供が二人。高校生と中学生のようです」
「ふー、確かこの件の発覚は内部告発だったね」
「そうです。本人には言ってはおりませんが、まだ一部の者しか知りません」
「まあ、いずれ知れ渡るだろうな。わかった、署長と相談してどのようにするか決めるよ」
「今度来られた署長は警察庁企画担当だったキャリアだそうで。内部の不正には厳しい方なのでしょうかね」
「私もまだよくは知らないんだよ。ただ本部出身だけに警察の体面を大事にされるかもしれないな。ただ今までの例でいくと、懲戒処分としては免職、停職、減給、戒告等だが、マスコミから警察は身内の不祥事に甘いとも言われているんだ。さてどうなることやら」
打ち合わせは終わり、警務部長に続き部屋から出た二課長に声が掛かった。
「よう。久しぶり。元気でやってる。珍しく忙しそうじゃないか」
気軽に話かけてきたのは、公安部に所属する同期で、かなり以前に警察学校で同じ釜の飯を食った間柄であった。
「珍しくだけは余計だな。しばらく顔を見なかったが、何をしているんだと聞いても答えてはくれないな」
「ああ、その通りだ。我々公安はそれぞれの仕事内容を親しい同僚警察官にも漏らしてはいけないと言われているのさ」
「だが、昔のように極左やテロ組織が問題になる時代じゃないように思われるがね」
「お前の言うことはもっともだが、ただひとつヒントを言えば、今のこの国は日本人だけが住んでいるんじゃないということさ」
「わかった。近年外国人の犯罪が増えているな。それも組織的な犯行が話題になってるんだよな。もしかしたらその関連で動いてるんじゃないかね。聞いたところによるとエスも使っているとか」
「おっとそれ以上は言わないよ。用心、用心と」
「すごく興味があるな。どうだい久しぶりに飲みに行かないか」
「まあ、気が向いたら行ってやるよ。じゃあな」
そのまま別れ、二課長は階段を使って自室に戻ろうとすると、複数の職員とすれ違った。
その中には婦警も混じっている。
彼らは上階の大会議室を目指していた。
辿り着いた入口の壁に『独居女性連続殺人事件』という紙、すなわち戒名が貼られてあった。
重大な事件にあたり、当署内の大会議室に捜査本部が設けられているのである。
入室する者のうち何人かは奥に座っている幹部に対し、直立姿勢で敬礼したうえで中に入っていった。
捜査員は警視庁と当警察署刑事部主体で構成され総勢100名が参加している。
本部長には警視庁の刑事部長と署長が就き、会議の運行役として警視庁から派遣された管理官があたり、捜査一課長が補佐をしている。
事件の加害者を特定するため、捜査員二人一組となって、聞き込み、鑑取り、監視カメラの解析、犯行現場の鑑識を地道に行って二週間が過ぎた。
その結果、一人の容疑者が浮かび上がった。
当人は三十代無職の男性で事件当日のアリバイがなく、前科もあり、一件の現場近くの防犯カメラ当日録画にその姿が映っており、犯人である疑いが濃厚であることがわかった。
一応容疑者には捜査員が張り付いており、逃亡しないよう目を光らせている。
DNA鑑定等の証拠固めをしたうえで、検挙することになっている。
会議はこの日の各捜査員からの報告、今後の予定を確認したあと、本部長の号令で各自が大会議室から散会していった。
指示を受けた捜査員の中には任務を果たすために再びパトロールカー等の警察車両に乗り込み街中に出ていく。
彼らのように外に向かう者もいれば、入ってくる人たちもいる。
老夫婦二人が受付で訪れた訳を述べた。
「こちらでご厄介になっている息子に面会と差し入れにきたんですが」
応対者は名前を聞き担当者に取り次ぐ。
「間もなく留置管理課の者が参りますので、椅子に腰かけてお待ちください」
担当が現れたあと、所定の手続きを経て地下にある留置場に案内されていった。
彼らの息子は何らかの事件の被疑者として拘束されているのであろうか。
夫婦は神妙な様子でついて行く。
警察署の各部署はそれぞれ様々な要件を抱えており、今日一日慌ただしく時間が過ぎていく。
夕刻となって、一部の職員は帰り支度の準備を始めた。
入り口から一人の大人しそうな男性がカウンターまでゆっくりと歩み寄ってきた。
女性職員に小声で話しかけている。
「少し聞き取りにくいんですが、もう一度ご用件をお話し頂けませんか」
彼はおどおどしながら、もう一度声を掛けた。
「人を殺しましたので、自首するために来ました」
今度は女性職員の耳に聞き取ることができた。
けれどもその内容に驚かざるを得なかった。
普段職業柄、どのような乱暴な相手であれ、うろたえることはなかった。
ただ、この男性が突然発した言葉に仰天し、狼狽してしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください」
辛うじてそう言ったあと、近くの電話機を取った。
そして関連部署の応答を待った。
警察署には日に何千もの人々が出入りしており、それぞれが何らかの役割を背負っている。
今日目に映った職員や客人および分野に注目し、その素顔や役目に触れた訳ではあったが、まだ充分とはいえないほど職務内容は多岐にわたる。
今後も機会があれば更に観察していきたいと思っています。




