38話 幸せ
「ロイド様は、やっぱりお優しすぎます……」
これまで何度も、ロイドの優しい言葉に、笑顔に、行動に救われてきた。
けれどメロリーはこれまで、ロイドが大切にしてくれる理由を勘違いしていた。
無自覚でロイドへの恋心が芽生えてからは、切なくて胸がぎゅうっと締め付けられたこともあった。
(でも、違った。ロイド様は、私自身を愛してくれていたんだ)
愛おしげに細められた、吸い込まれそうな青い瞳。
メロリーはその目を見つめ返して、もう抑えきれない思いを告げようと決意した。
「ロイド様、好きです」
人生で初めての告白は、思いの外緊張しなかった。
ロイドの気持ちを既に聞いていたから安心していたからというだけではない。
自然と想いが、溢れたからだった。
「……っ」
「私は魔女で、調合くらいしかできることはないですけど、これからもずっと、大好きなロイド様と一緒にいたいです。お側にいても、良いですか……?」
ロイドは息を呑み、眉に薄く皺を刻む。頬は赤くて、何かに耐えるような表情だ。
「あの……?」
返答がないことにメロリーは不安を覚えたが、それはすぐに解消された。
「そんなの……当たり前だ。私は、メロリーがほしい。メロリーしかいらない。ずっと、私の側にいてほしい」
ガタンゴトンと揺れる馬車の中、ロイドに力強く抱き締められたメロリーは、彼の腕の中にすっぽりと収まった。
「メロリー、愛している」
自然とメロリーの耳はロイドの胸板に押し当てられる。
トクトクと、少しばかり速くて心地好い鼓動に、想いが通じ合えたことを改めて実感した。
「私も、愛しています。……ふふ、好きな人に抱き締めてもらうのって、こんなに幸せなものなんですね」
「っ、あまり可愛いことを言わないでくれ。メロリーに愛してるなんて言われて、今余裕がないんだ。……抑えが利かなくなる」
ロイドは抱き締める手を少し緩め、メロリーの顔を見ながらそう話す。例えるなら、大好物の餌を目の前にして待てと言われている犬のような、物欲しげな顔をしている。
しかし、何故ロイドがそんな顔をしているのか分からないメロリーは、コテンと小首を傾げた。
「えっと、何を抑えてるんでしょうか? 我慢は体によくありません! 私にできることだったら何でもしますから、言ってください!」
「こら、メロリー! 何でもするなんて簡単に言ったらだめだ。私が悪い男だったらどうする!?」
「? ロイド様は悪い人ではありません。私の大好きな人です」
ロイドは「あ〜」と頼りない声を上げると、馬車の天井を仰いだ。
「メロリーが無自覚に私を煽ってくる……。どうする……。とりあえず、今すぐ馬車から飛び出すか? だが、メロリーを心配させてしまうし、これでは急場しのぎにしかならないからな……。今後のために、メロリーのいかなる誘惑にも耐えられるような薬を作ってもらって……いや、それだけはメロリーでも作れないか……。何故ならメロリーの魅力はこの世を凌駕するほどで──」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください! あと、馬車を飛び出すのはやめてくださいね!?」
もうこの人は何を言ってるんだろう。ロイドが何を言ってるか半分くらいしか分からなかったが、危険な行為だけはやめてほしい。
メロリーが眉尻を下げたまま上目遣いで見つめると、ロイドは「うっ」と悶え始めた。
「あ〜」やら「うっ」やら、声にならない声をあげるロイドにメロリーは少し心配になってくる。さっき、ラリアたちに見せた姿とはまるで別人みたいだが、彼のそんなところもたまらなく愛おしかった。
「ふふ」
笑みを零せば、ロイドがゴクリと喉を鳴らした。呼吸を整え、何やら覚悟を決めたような顔を近付けてくる。
肌にかかるロイドの吐息は、酷く熱かった。
「本当に、何でもしてくれるのか?」
「はい、もちろんです!」
「……それなら、目を閉じてほしい」
「? そんなことで良いんですか?」
それくらい朝飯前だ。
メロリーはすぐさま目を瞑り、ロイドの次の行動を待つ。だが、彼は何するでもなく、ハァとため息をついた。
(どうして? 何かしたかな?)
不思議な思いを持ちつつも、メロリーが目を閉じたままでいると、ロイドの気配がより一層近くに来ていることに気付いた、そんな時だった──。
「メロリーはやっぱり、天使みたいな小悪魔だ」
「いえ、魔女──」
ふに、と少しカサついた柔らかな何かで塞がれた唇。
咄嗟に目を開ければ、ロイドがあまりの至近距離にいるので焦点が合わなかった。
ただ、ぼんやりと、透き通るような青がこちらを射抜いていることだけは分かる。
ロイドの顔が徐々に離れ、視界に彼の顔が鮮明に映る中、メロリーは目を丸くしながら自分の唇を指で撫でた。
「い、今の……」
弱々しい声を出すメロリーに対して、ロイドはぺろりと舌なめずりをする。カサついていたそれに、その場しのぎの潤いが纏った。
「……我慢は体に良くないんだろう?」
「っ、でも、そんな、いきなり、えっと」
メロリーは、両手で口を隠すように覆いながら赤い目を右往左往させる。
ロイドはそんなメロリーの手を取って小さくて赤い唇を曝け出させ、少しだけ意地悪そうに微笑んだ。
「それなら、ちゃんと言う。メロリーを愛おしいと思う気持ちを抑えきれそうにない。キスをしたいから、目を瞑ってくれ」
「〜〜っ!?」
それからしばらく、メロリーはロイドの腕の中で彼に唇を奪われた。
否、唇だけではない。
頬も、鼻先も、顎も、耳も、何度も何度も柔らかなそれが降ってくる。
(今度は、唇が潤うような薬を作ろうかな)
そうしたら、何度唇を重ねてもロイドの負担にはならないはず。
メロリーはロイドの愛を全て受け入れながら、そんなことをおぼろげに思った。
お読みいただきありがとうございました!




