36話 誤解を知る
その後、メロリーとロイドは、騒ぎを聞きつけて急いでやってきてくれたルルーシュと合流した。
ルルーシュはこの場にロイドがいることをそれほど驚いておらず、それよりも目を腫らしたメロリーを見て、側を離れたことを謝罪した。
そう指示したのはメロリーなのだからルルーシュが気に病むことはないのだが、彼女は優しく責任感が強い。
メロリーはルルーシュを強く抱き締め、何度も何度も大丈夫だと声をかけた。
ルルーシュが落ち着きを取り戻してからは、三人で屋敷の外に出る。
待機していた馬車と、ロイドが連れてきた馬を交互に見たルルーシュは、ハッとして我先に馬へと近付いた。
「旦那様、帰りはこちらの馬に乗っても?」
「構わないが、お前乗馬もできるのか?」
「問題ございません。お二人は馬車でごゆるりと屋敷までお帰りください。では」
「ちょ、ルルーシュ!?」
ルルーシュは軽く挨拶をすると、身軽な様子で馬に乗り、闇夜をかけていった。
「……ルルーシュって、できないことあるんでしょうか?」
「あるだろう。……多分。とにかく、私たちは馬車で帰ろうか。手をどうぞ、メロリー」
「ありがとうございます!」
手を借りて、メロリーは馬車に乗り込むと、ロイドが自然と隣に腰を下ろす。
肩がくっつく距離感にドキドキしていると、辺境伯領に向けて馬車が動き始めた。
「メロリー、怪我は大丈夫か?」
「はい。少し痛むだけですから、屋敷に戻ったら前に作った薬を飲めば……って、あ」
そこでメロリーは、伯爵邸にラリアのためにと作った薬を置いて来てしまったことを思い出した。
(ラリアが今の状態であの薬を飲んでしまわないか、心配だなぁ)
あの薬は効果こそ絶大だが、体のダメージがあまりない状態で飲むと、逆に疲労感に襲われてしまうからだ。
過剰に細胞や組織が活性化することで、体が疲労感を覚えるのではとメロリーは推察している。
(でも、ラリアはこと美容に関してだけは博識だったのよね……。細胞や組織の活性化が肌荒れや髪の傷みの改善にも関係することを知っていたら……もしかしたら──)
ラリアは自らを美しく見せるためなら、人を騙すことも厭わない性格だ。
そして、社交界で誰よりも目立ち、チヤホヤされたいという願望の強さは天井知らず。
ロイドにあれだけ言われたのだから大丈夫だとは思うが、やけを起こして薬を飲んでしまう可能性はないとは言い切れない。
(……まあ、心配いらないか。私の作った薬をラリアが好んで飲むはずないし、薬と一緒に、薬の効果と副作用が書かれた紙も入れておいたしね。それに、たとえ飲んでしまっても一本だけなら疲労感を覚える程度だもの。薬を一度に大量摂取するなんて愚かなことはさすがにしないでしょうし、大丈夫よね)
どうかしたのか? と心配してくれるロイドに、メロリーは笑顔で首を横に振ってから、頭を下げる。
改めて助けに来てくれたことの礼を言えば、ロイドは顔を上げたメロリーの頬にそっと手を伸ばした。
「さっきも言ったが、むしろ遅くなってすまなかった。それに、愛する人が危険な目に遭うかもしれなかったんだ。迎えに行くのは当然だろう?」
「……っ」
まただ。愛する人なんて期待してしまうようなことを言われると、どう反応したらいいか分からなくなる。
息を呑むメロリーを見て、未だに緊張状態にあるのかと思ったロイドは、ゆるりと眉尻を下げ、心配を滲ませた眼差しを向けた。
「大丈夫か……? 家族に裏切られたのは、辛かっただろう?」
「それは……もちろん、辛かったし、悲しかったです。でも……それは、わりと大丈夫で」
家族には言いたいことを言えたおかげか、自分なりに吹っ切れたように思う。
だから、ロイドが心配するほど、メロリーの頭と心は家族のことでいっぱいになってはいなかった。
むしろ、メロリーの意識を占領しているのは婚約者──情熱的な言葉でこちらの心を乱してくる、ロイドだった。
「一つ、お聞きしても良いですか?」
「もちろんだ。何でも聞いてくれ」
ロイドはメロリーの頬から手を離し、聞く態勢を整えた。
外に漏れ出ているのではと不安になるほど大きな自分の心拍音に、メロリーの緊張感は増す。
けれど、気持ちに気付いてしまった今、これを有耶無耶にはできないからと、メロリーは意を決して言葉を続けた。
「どうして、愛する人なんて言うんですか……?」
「? どういう意味だ?」
「ロイド様は、私が作る魔女の秘薬に惹かれたから、婚約を申し込んでくれたんですよね? それなのに、愛する人なんて言われたら、勘違い……してしまいます……」
メロリーは堪らず俯く。
鏡を見なくとも分かるくらいに赤くなった頬。全身が茹だるように熱く、手のひらにはじんわりと汗が滲んだ。
──恥ずかしさ、緊張、恐怖。
それらに苛まれ、ロイドの顔が見られないでいると、次の瞬間には彼のゴツゴツとした大きな手に顎を掬われ、半ば無理矢理目を合わされていた。
「メロリーは、ずっとそんなふうに誤解していたのか?」
目を丸くしてそう問いかけてくるロイドに、メロリーからは上擦った声が漏れた。
「ご、かい……?」
「そうだ。もちろん、メロリーが作る薬を素晴らしいと思っているのは本当だ。だが、私はメロリーの作る薬に惹かれたから婚約を申し込んだんじゃない」
こんな至近距離で顎を掬われて、とんでもなく恥ずかしい。
それなのに、ロイドの真剣な瞳から、メロリーは目を離せなかった。
「苦しんでいる人に当然のように手を差し伸べるところや、キラキラとした目で薬について語るところ、思いやりの深いところとか、天使のように優しいところとか……」
「っ、もう分かりました! 分かりましたから、やめてください!」
これ以上聞いたら頭が沸騰してしまいそうだ。
ロイドのせいで顔を自由に動かせない代わりに、メロリーは勢いよく自身の手で両耳を防ぐ。
しかし、ロイドはすぐさまメロリーの顎から手を解くと、両手で耳を覆い隠す彼女の手首を掴み、耳から離れさせた。そして、ぐいと顔を近付けた。
「だめだ。……本当はこれを話すつもりはなかったが──万が一にも、二度と勘違いさせたくないから、ちゃんと聞いてくれ」
「……っ、わっ、分かりました! 聞きますから、手を離して顔も離れてください……!」
「恥ずかしがっているメロリーのあまりの可愛さにもう少しこのままでいたいが……分かった。少し長くなるかもしれないが、最後まで聞いてほしい」
コクコクと必死に頷くメロリーに、ロイドはメロリーの手首から手を離し、柔らかな笑みを浮かべる。
そして、彼女から顔を遠ざけたロイドは、視線を左に移しながら話し始めた。
「──あれは、約十年前のことだ」
お読みいただきありがとうございました!
やっと秘密が解けますね(*´∀`*)
ぜひお楽しみに〜!




