35話 国付きの魔女
脅しのために言っているような声色ではない。
あまりに自然に、あまりに淡々と投げかけられた言葉は、表情も相まって、怒気を滲ませていた先程までの声よりも恐ろしかった。
「いやぁぁ‼」
死が直ぐそこに迫っているかもしれない状況に気付いたのだろう。
ラリアは両親に縋るように抱き着きながら、顔を真っ青にしている。
メロリーは、可哀想だとは思わなかった。
もちろん、ロイドに手を汚させるつもりはない。
いざとなったら止めに入るつもりでもいるが、先程家族たちはロイドのことをよく知りもしないで悪く言ったのだ。ならば、当然の報いだとさえ感じていた。
ロイドは数歩ラリアたちに近付き、怯える家族たちがいる真下を見下ろした。
「覚悟はできているんだろう? 私の愛する人を、お前たちは傷付けたのだから」
「え……」
──今、何て言った?
聞き間違いじゃなければ、ロイドはメロリーのことを愛する人と表現した。そんな言い方、誰にでもするものじゃない。
(でも、ロイド様が私を婚約者に選んだのは、魔女の秘薬に惹かれたから……。そのはず、よね?)
もう感情がぐちゃぐちゃで、うまく頭が働かない。ただ、ロイドの愛する人という言葉が脳内で反芻する。頬が熱くて、胸が苦しい。
動揺を隠せずにいるメロリーだったが、ラリアを守るようにして突然立ち上がる父を見て、目の前の状況に意識を戻した。
「確かに、私たちはメロリーに非道な行いをしたのかもしれません! だが、貴方はただの婚約者で、私たちは家族だ! これは家族の問題なんだ! 貴殿こそ余計な口出しをするのはやめてくれないか!」
ゼェゼェと、父が呼吸を荒くするのに対して、ロイドは表情をピクリとも変えない。
メロリーが数歩前にいるロイドに近付くと、彼は一度メロリーに「心配いらない」と言って微笑んでから、家族たちの方へ視線を戻した。
「家族の問題では済まないんだよ、伯爵。今はまだ公表されていないが──メロリーは既に国付きの魔女として認められている」
「「「!?」」」
「国付きの魔女……!? 私が……!?」
自分のことだというのに、初耳だ。一生刻まれることはないだろうと思っていた国付きという言葉に、家族同様メロリーも目を丸くした。
「突然で驚かせてすまない、メロリー。この前メロリーが作ってくれた薬を陛下が飲んだところ、直ぐに配下の者たちと会議を開いてくれてな。メロリーを国付き魔女として認めることが決まったんだ」
──国付きとは、その分野で最も功績を残している、また国に貢献しているなどが認められた者のみが与えられる称号だ。
国付きの騎士や、国付きの医者などが、最たる例だ。
大変名誉なことは言わずもがなだが、国付きの称号を得た者たちは、元々の身分は関係なく、皆準王族程度の地位も与えられる。
国からの報奨金や、その分野において必要とされるものの補助や支援も抜かりない。
このことは国民全員が当然知っていることであり、まともな教育を受けてこなかったメロリーでさえ、知っていることだった。
「そんな……まさか私に、国付きの称号が与えられるなんて……にわかに信じられません」
確かに、メロリーはこの国唯一の魔女だ。騎士や医者と違って一人しかいないのだから、希少性は高い。
しかし、それを補って余りあるほどの悪評を纏っていたはず。
ロイドのことを疑うわけではないが、おいそれと国付きの魔女として認定されたなんて信じられなかった。
「メロリーがそう思うのは無理もない。だが、陛下はもちろん、配下たちの中には既にメロリーの薬を試した者、身内や知り合いが試した者が多くいた。全員、メロリーの薬の効果に驚き、感謝していたそうだ」
「……っ」
「これまでメロリーは調合を愛し、誰かの役に立ちたいと思い続けてきた。──私は、至極当然の結果だと思う」
涙腺が緩みっぱなしなのか、また視界が歪みそうになる。
メロリーが涙をこらえていると、ロイドはふっと微笑んだ。
「前にも言っただろう? 幸せの涙は、我慢しなくていい」
「ロイド様……」
「──信じられないわ‼」
メロリーの頬にそっと手を伸ばそうとしたロイドの手は、ラリアの甲高い声によってピタリと止まる。
ロイドが鬱陶しいと言わんばかりの顔でラリアを睨み付ければ、彼女はふーふー! と鼻息を荒くしていた。
「お姉様なんかが……この出来損ないが国付きの魔女ですって!? そんなのありえない!」
「そ、そうだ! こいつが作れる薬なんて大したことないじゃないか! 我々を脅かそうとそんな嘘をつくのはやめてくれないか!?」
「そうよ! 国付きだって言えば私たちが黙ると思ったら大間違いよ!」
家族たちから集まる非難に、メロリーは言い返せなかった。
──家族が求めるような薬を作れなかった。幼少期のその時の記憶が、気持ちが、未だに深く心に根を張っていたから。
「……ここまできてもなお、お前たちは自分の前提が間違っていることに、まだ気づかないのか?」
「前提……だと?」
ロイドは一度ため息をつくと、淡々と語り始める。
「そもそも、『不老不死の薬』や『惚れ薬』なんてものを魔女が作れたなら、人間はどんな手を使っても魔女を絶滅させないように動くだろう。少し考えれば分かることだ」
「「「あ……」」」
「それなのにお前たちは、先人たちが残した文献に踊らされて、そんな神の御業とも言える薬の存在を信じ、メロリーが作る薬を役立たずだと決め付けた。……愚かを通り越して、哀れだな」
ロイドの話を聞いただけで、これまで心に張っていた黒いもやもやとした根が、一瞬にしてなくなるのをメロリーは感じた。
一方で、ロイドの話がよほど衝撃だったのか、三人は黙りこくった。虚ろな目をしていて、先程までの剣幕が嘘のようだ。
「……さて、お前たちが状況を全て理解したところでもう遅い。国付き魔女への暴力、監禁未遂は重罪だ。後で役人をこちらに寄越すから覚悟しておけ。……少しでも長く生きていたければ、逃げようなどと考えないことだ」
今日は色々なことが起こり過ぎた。情報が過多で、やはり冷静な思考に切り替えるのは難しい。
けれど、メロリーは本能的に理解していた。
もう二度と、家族に会うことはないのだろうと。
「お父様、お母様、ラリア」
メロリーはロイドの隣に並び、家族を呼びかける。
これから家族の身に起こるだろう罰に対して、同情はない。
子として、姉として、最後に掛けたい言葉さえ出てこないくらい、関係は希薄だったかもしれない。
けれど、これだけは伝えなければと思った。
「今までお世話になりました。私はこの家に帰りませんし、もう私が戻るべき家はここではありません。……さようなら、お元気で」
メロリーはそう伝えると、ロイドとともに部屋を出た。指先が冷えたメロリーの手をギュッと握り締めたロイドの手は、おひさまのように温かかった。
お読みいただきありがとうございました!
そして皆様、あけましておめでとうございます(*´ω`*)
今年もよろしくお願いします!
ロイドの秘密と短編では描かれていなかったザマァをお楽しみに……!




