34話 怒り、炸裂
(どうしてここにロイド様がいるの……?)
そんな疑問を持ったのは、メロリーだけではなかった。
「ロイドだと!? まさか、カインバーク辺境伯か!? 」
「何故ここにいますの!?」
「不法侵入よ! 出ていきなさいよ!」
「……黙れ、下衆ども。貴様ら、メロリーを泣かせやがって──」
ロイドの地を這うような低い声が部屋に響く。
(こんなに怒っているロイド様……初めて見る)
眉間に深く皴が刻まれ、眉を吊り上げた表情や、怒りが滲んだ声。ロイドのことをよく知るメロリーでさえ一瞬胸がざわつくくらいには恐ろしく感じられた。
「メロリーから退け」
ロイドは急ぎメロリーに駆け寄ると、彼女の腰に乗っているラリアを突き飛ばした。
「ぎゃあっ‼」
天使などとは程遠い汚い声でラリアは床に倒れ込む。
倒れた場所には先程テーブルから落ちたインクがびっしりと零れており、ラリアのお気に入りのドレスが醜く染まった。
「最悪! 私のドレスが……!」
「メロリー……! 大丈夫か、怪我は……っ」
ラリアが汚れたドレスにショックを受けている一方で、ロイドはメロリーの上半身を優しく起こし、彼女の頬に伝う涙をそっと拭う。
それから、メロリーの手をそっと掴んで立ち上がらせた。
「……っ」
その際、ロイドに手を握られたメロリーは、一瞬顔を歪めた。ロイドの触れ方はとても優しかったけれど、先程父に踏まれた手が痛んだのだ。
ロイドに余計な心配をかけたくないとすぐに表情を切り替えたが、ロイドがメロリーの変化を見逃すはずはなかった。
「手を怪我しているのか……?」
「…………」
実の父親にわざと手を踏まれたと口に出すのはなんだか情けなくて、恥ずかしくて……。
メロリーが口をきゅっと結び、何も言わないでいると、ロイドはラリアを中心に集まっているメロリーの家族たちを横目に睨み付けた。
「いや、言わなくてもいい。分かった。あいつらにやられたんだな」
「「「ヒィ……!」」」
ついさっきまでドレスに夢中になっていたラリアも、さすがにロイドの睨みにはかなりの恐怖を覚えたらしい。
「やっぱり冷酷って噂は本当だったのね!」と言いながら、両親と共に肩をビクビクと震わせている。
そのまま両親は腰が抜けたのか、二人揃ってぺたんと床に座り込んだ。
ロイドはしばらくメロリーの家族たちに睨みを利かせてから、再び彼女へと視線を戻す。
「手以外に怪我はないか? 頼むから、隠さないでくれ」
「は、はい。ロイド様が来てくださったおかげで、大丈夫です。ありがとうございます」
「……礼なんて言わないでくれ」
眉尻を下げ、ロイドは首を横に振る。罪悪感を浮かべた表情のロイドは、そのままメロリーを力強く抱き締めた。
「助けるのが遅くなってすまない……っ」
「っ、ロイド様こそ、謝らないでください……! 心配をかけて、ごめんなさい」
太くて、力強いロイドの手が背中に回る。服の上からでも、彼の手が震えているのが分かる。
きっと、心配と安堵でぐちゃぐちゃになった感情が、体に現れているのだろう。
メロリーもそっとロイドの背中に手を伸ばし、優しく彼の背中を叩いた。
とんとん、とんとん。昔、泣いているメロリーを乳母が慰めてくれた時のことを思い出して真似れば、ロイドは少ししてから腕を緩め、顔を見せてくれた。
「助けに来たのに、私が慰められているわけにはいかないな」
そう話すロイドは、先程までよりも幾分か表情が和らいでいた。相変わらず声が低いままの状態であることについては気がかりだったが、今はそれよりも重要なことがある。
「あの、どうして今日来てくださったんですか?」
「昨日、陛下への謁見を終えて屋敷に戻った際、アクシスが直ぐにメロリーが実家に戻ったことを知らせてくれてな」
突然のことで混乱するロイドに対して、アクシスは実家からメロリーに当てた手紙を渡したそうだ。これを読んだほうが話は早いから、と。
そして、メロリーが妹を理由に実家に呼び戻されたことを知ったロイドは、事前にメロリーの家族について調べていたこともあって、何か裏があるのではと直ぐにシュテルダム伯爵領へと馬を走らせたらしい。
「そうだったのですね……。けれど、昨日屋敷に到着したのに、どうしてもうここに? いくらロイド様でも、到着が早すぎでは……?」
「それは、メロリーとアクシスのおかげだ」
「え?」
「まず、アクシスは私が直ぐにメロリーのもとに向かうのを読んで、事前に替えの馬を用意してくれていた。それと──これだ」
ロイドは懐から空になった小瓶を取り出し、メロリーに見せた。
それは、メロリーがいつも調合した薬を入れる瓶だ。
「勝手に飲むのは悪いと思ったが、緊急事態のため使わせてもらった。これはメロリーが過去に作った、『眉間の皴がものすごく深くなるが、夜目が利く薬』だ」
「!」
ロイド曰く、辺境伯から伯爵領までの間には、馬車では通れないような舗装されていない道があるらしい。
その道を馬で駆ければかなりの時間短縮が図れるとのことだ。
しかし、舗装されていない道に加えて、夜という環境では危険も多い。そこで、メロリーが作った薬を飲み、最短ルートでここに来られたそうだ。
(なるほど……。いつもよりロイド様の眉間の皴が深かったのはそういうことなのね)
だからこそ、ロイドの表情がより一層恐ろしく見えたのかもしれない。
怒りの矛先だった家族たちは、さぞ恐ろしかったことだろう。
「メロリー、状況は呑み込めたか?」
「はっ、はい! ありがとうございます」
「それじゃあ、次は──」
再度、眉間に皺を寄せ、眉を吊り上げたロイドが家族たちに視線を移す。
メロリーを自身の背中に隠すように動き、ロイドはしゃがみ込む三人に対して、戦場でも滅多に見せないほどの憤激の色を漲らせていた。
「さて、一応聞こうか? 私の婚約者の怪我と、泣いていた理由を」
未だ、ロイドに気圧されているのだろう。完全に萎縮していた三人だったが、代表して父が答えた。
「あっ、あっ、そっ、そそそ、それは、ですね……。その、よくある、親子喧嘩、という、やつで……。辺境伯様が、気にするような、ことでは」
「……ほう。よくある親子喧嘩。娘が大怪我をしたと嘘をついて呼び出し、こんな書類まで用意しておいてか?」
ロイドはローテーブルにぽつんと置かれていた書類を手に取ると、メロリーの家族たちに見せつけるようにゆらゆらと揺らす。
目につくところに書類を置いたままだったことを失念していた父たちは、「あっ……」とか細い声を漏らした。
「金にがめついお前たちのことだ。どうせメロリーが作った薬の売上を自らのものにしたかったんだろう?」
「「「…………」」」
家族たちはギクリと肩を鳴らす。
ロイドはため息を漏らし、急いできたせいで乱れた前髪を、空いている方の手でかきあげた。
「金回りのことは先に手を打っておいたというのに、まさかここまでするとはな。お前たちの醜さは私の想像を遥かに超えるようだ」
「お、恐れながら辺境伯様!」
今度は母が怯えながらも抗議の声を上げた。
「メロリーは私たちの娘! そのメロリーが作った薬の売上を実家に入れるよう手を回すことの、何がそんなにいけませんか!? 不吉の象徴の魔女であるこんな子を、これまで私たちが育ててあげたんですわよ!? 少しくらい見返りがあったって良いじゃありませんの!」
「……っ、育てたって、何ですか、それ……」
メロリーはポツリと呟いた。
──確かに、離れを与えられた。最低限、生きていける分の食事も、ラリアの引き立て役としてのズタボロのドレスも、調合の器具も家族が与えてくれたものだ。
(でもそれは、全部自分たちのためだったじゃない……!)
白い髪も、赤い瞳も受け入れてくれなかった。
一度だって抱き締められたことなんてない。一緒に食事をとったことも、団欒に交ぜてもらったこともない。
求められるような薬を作れなかった時、家族は完全にメロリーを見限っていたのに……。
「私は、貴方たちに育ててもらってなんかいない……っ」
誰かに対してここまで強い言葉を吐くのは、人生で初めてかもしれない。けれど、メロリーは抑えきれなかったのだ。
「っ、なんて酷いことを言うんだ、メロリー!」
「そうよ! そうよ! お姉様、最低だわ!」
「どちらが最低ですか! 嘘をついて私をここに呼び出し書類を書かせようとした上に、私が思い通りにならないと、ロイド様との婚約を白紙にして、また私を離れに住まわせるとまで言っておいて……!」
「──は?」
ハァハァと呼吸が乱れる中で、メロリーの耳に届いたロイドの冷たい声。
そういえば、メロリーがこの場に来た経緯や怪我をしたことはロイドも理解していたが、ここでの会話については話せていなかった。
そのことを理解したメロリーが、ロイドの顔を覗き込むために体を前傾させた瞬間だった。
「「「ヒィィィ……‼」」」
先程よりも輪をかけて悲鳴を上げる家族たちに続いて、ロイドは淡々とそれを口にした。
「──お前たち、死ぬか?」
お読みいただきありがとうございました!
皆様、今年は大変お世話になりました(•ө•)♡
こうして、作家を続けていられるのも、読者の皆様のおかげです!
来年も引き続き、よろしくお願いいたします(*´ω`*)
良いお年を〜!




