33話 絶望の中で、光を見つけた
家族に裏切られた最中に気持ちを自覚するなんて、我ながら間が悪いのでは? とメロリーは思わずにはいられなかった。
けれど、この気持ちに嘘はない。恋心を自覚したメロリーは憑き物が取れたような顔を上げ、ラリアを見つめた。
「さあ、お姉様! ペンを握って、早く署名を──」
「ラリア」
強引に羽根ペンを掴ませようとするラリアの手を、空いている方の手で制する。
メロリーが拒絶するとは思わなかったのだろう。ラリアは親の仇を見るような目で睨みつけてくる上に、ギリギリという音が聞こえてくるくらいに歯ぎしりをしていた。
「それに、お父様、お母様」
ラリアにやっていた視線を、今度は両親に向ける。
落ち着いたメロリーの声に、三人は訝しげな表情を見せたが、それは一瞬だった。
「お断りします。私は署名したくありません」
「「「は……!?」」」
少し渋ることはあっても、絶対に拒否はしないだろう。
そう考えていた三人は、メロリーの口から出たはっきりとした拒否に、これでもかとばかりに目を見開いた。
だらしなく口もぽかんと開き、その顔はかなりマヌケだ。
「薬の利益は、絶対にお父様たちには渡しません。これは……カインバーク辺境伯家のものです」
誠心誠意仕えてくれるルルーシュの、ロイドを支えながら、メロリーにも気を遣ってくれるアクシスの、心の底から薬を喜んでくれる屋敷の使用人たちの……。
そして、多くの人たちの役に立てるきっかけをくれたロイドのものなのだから。
「っ、生意気な……!」
父の額にピキピキと青筋が浮かんだ。
ここまで怒っている父を見るのは初めてだけれど、メロリーは自分の発言に一切後悔はなかった。
「貴女、もしかしてあの変態辺境伯に脅されてるの!? 辺境伯家も薬の売上が欲しいから、絶対に実家には渡すなって言われてるんでしょう!?」
父に対し、メロリーの拒否を信じられない母は困惑しながら、そう口にした。
続いて、ラリアは何かを思い出したようにスラスラと話し始める。
「絶対そうだわ! それにほら、最近耳にしたんだけど、あの変態辺境伯には冷酷って噂もあるみたい! きっとお姉様はひどい拷問を受けて、正常な判断ができないのよ! ああ、なんて可哀想なお姉様……!」
「そういうことか! メロリー、そんな最低な男の言うことなんて聞かなくて良い! お前は、私たちの娘なんだから」
「そうよ、メロリー。家族のことを信じなさい?」
これまで向けられたことがないような穏やかな声。貼り付けたような満面の笑み。──まるで、幸せな家族みたい。
その家族の一員に、自分もなれたみたいだ。
きっと、ロイドと会う前ならば、ころっと懐柔されていただろう。
(でも、今は……)
メロリーはスッと立ち上がり、家族たちを見下ろす。
零れそうになる涙を、必死にこらえた。
「勝手なことを、言わないでください……!」
「「「え……?」」」
けれど、その瞬間、堪えきれなかった涙がメロリーの頬をつぅ……と伝う。
家族の裏切りを知って絶望した時は我慢できたのに、好きな人が悪く言われるのは、耐えられなかった。
「ロイド様のことを何も知らないのに、あの人を悪く言わないでください……! 貴方たちと違って、ロイド様は私から何も搾取したりしない……! 誰よりも優しくて、素敵な人なんだから……っ」
溢れた涙が、ポタポタと床を濡らす。
突然大声を上げたからか、呼吸が乱れて肩が上下する。
そんな中、父が思い切りローテーブルを叩き、ドン! という鈍い音が響いた。
「下手に出てやれば調子に乗りよって……! 辺境伯のもとにやったのは失敗だったな!」
メロリーが恐怖で顔を歪めれば、ラリアは「あっ」と何かを思いついたように手を叩いた。
「ねぇお父様、それならメロリーお姉様と辺境伯の婚約を白紙にしてしまいましょうよ! 魔女のお姉様との婚約なんて、今頃向こうだって後悔しているはずだわ。我が家にいたころからお姉様は調合ができたんだから、あの離れでずっと薬を作らせたら良いわよね! 名案でしょう?」
「何を、言って……」
カタカタと体が震える。
そんなメロリーを見て、父がニヤリと口角を上げた。
(嫌……)
確かにメロリーは、家族の役に立ちたい、認めてほしいと思っていた。けれど、それはこんな形じゃない。
家族のための傀儡になるなんて、ロイドや屋敷の皆と別れて、ひとりぼっちの離れに戻るなんて、絶対に嫌だった。
メロリーがその思いを口にしようとすれば、被せるように母が「ふふっ」と嬉しそうに笑った。
「ラリアったら、天才だわ! メロリーも、さすがに一人ぼっちに戻れば、こんなふうに我儘を言わなくなるわね」
「さすがラリアだな! そうしよう!」
「それじゃあまずは、お姉様を離れに運んでしまいましょう! 書類関係は後でどうとでもなるもの!」
──このままじゃあ、まずい。
メロリーの中で、警鐘が鳴り響いた。
「っ、いや……っ‼」
お金のために、事故に遭ったと嘘をつくような人たちだ。
すぐに逃げなければと、メロリーは扉へと向かう。
けれど、先回りしたラリアにひょいと足を引っ掛けられてしまい、メロリーは勢いよく転倒した。
「手間を掛けさせるな」
「いっ」
床に体を投げ出したまま扉に向かって手を伸ばせば、父に手を踏まれた。
母が笑いながら「調合に必要なんだから、手はダメよ〜」などと言うと父は足を離し、同時にラリアがメロリーの腰辺りを椅子代わりに腰掛けた。
「お姉様、もう諦めたら?」
「……っ」
必死の抵抗でメロリーが足をばたつかせると、テーブルの足に当たった。ガタンと音を立てた瞬間、羽根ペンとともに用意されていた黒いインクが落ち、派手に絨毯を汚す。
じわり、じわり、黒に染まっていく。それは自分の未来を予期しているかに見えた。
メロリーの目からは再びポタポタと涙が零れ、視界が歪んだ。
「ロイド様ぁ……!」
愛おしい人の名前を呼んだ、その瞬間だった。
目の前の扉からガタンと大きな音が鳴ったと思ったら、開いた扉の先に一人の人物がいた。
メロリーは倒れたままで、ゆっくりと顔を上げる。
漆黒の髪に、青い瞳、黒い軍服。
よく見慣れたその人は、肩を大きく上下させながら、彼女の名を呼んだ。
「メロリー……‼」
「ロイド様……?」
お読みいただきありがとうございました!
キタ〜(゜∀゜)♡
次回から反撃だ!!




