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妖精の庭エピソード1 風光明媚

お待たせしました、妖精の庭は前編後編です。

どうぞお楽しみください^^

魔法都市を離れて1週間後。

 森へと繋がるその庭は密かに初夏を告げていた。

 青々と草木が生い茂り、蝉の声が五月蝿い。そして蝉の声と共に小さな鈴の音のような音も聞こえる。よく見ると、蝶や蜻蛉の翅でできた羽をもつ妖精がそこかしこにいるのだ。

「綺麗な庭ですね」

ハシェルは森の境にあるパーゴラを指さして言う。庭の中には蔦が巻いているパーゴラがあり、その下にはテーブルとチェアが備え付けてあった。パーゴラの蔦の葉の間からは木漏れ日が差している。パーゴラ、チェア、テーブルは全て白色で統一されており、ゴシックでエレガントな装飾がされていた。庭から森へと続く小道にも蝶の大きさの妖精達が沢山羽ばたいていた。

「これが妖精かぁ…」

 ノアが初めて見る妖精に思わず立ち尽くしていると、妖精が集まってきた。妖精は目まぐるしく羽ばたきながらノアの肩や頭の上に乗ってくる。よく見ると小さな手足が付いており、人の形をしていて、どうやって作ったのだろうか、可愛らしい花の衣を身にまとっていた。ノアは沢山集まってくる小さな命の可愛さと嬉しさのあまり叫び出しそうだった。

「7月じゃから少し暑いのぉ…西の国へ行くのが怖いわい」

 パルは暑さに幻滅しながら、木陰で涼んでいた。パタパタと掌で扇子を作って仰いでいる。ハシェルは後ろにたっている依頼主の男性をみた。まだ若いその男性は金髪で後ろの髪を括っており、いかにも貴族といった風貌だ。

「魔女がいるというのはこの庭なのか?」

 パルが男性の隣で汗を滲ませながら尋ねる。

「ええ。そうです。たしかにこの庭で、幼い頃に1度、そしてこの前も1度、見たのです。白い帽子に白い服装の女性で、魔女かは断言できませんが……」

 その男性はハンカチで額の汗を拭いながら答える。

 ハシェルはふと、庭全体を見回して言う。

「ここはハーブや薬草が沢山植えてありますね。」

 すると貴族の男性は思い出すように言う。

「祖母の祖母がそういった類のものが好きだったとかで…

 もう誰も手入れもしてないんですけれど根がしぶとくて」

「ほう。わしが見るによう手入れされとるようじゃが?」

 パルが怪訝そうに言うと貴族の男性は否定する。

「いいえ。召使いどころか、家族の誰も触ったことはないはずです……」

 ノアは頭や肩に妖精を乗せたままこちらへやってくる。

 妖精たちはノアを気に入ったようで離れようとしなかった。

「きっとこの子達がやってくれてるんだよ。ねー?」

ノアがそういうと、ちりんちりんと妖精たちが何かを言う。

 肯定したのだろうか?ハシェルが妖精に触ろうとすると妖精たちは抵抗するかと思ったが意に反してなされるが儘だった。

 とても可愛らしい。魔獣という括りに入っているのが嘘のようだ。彼らに敵対心はなかった。だがこの妖精も、魔獣も、心臓の代わりに魔石が魔力の源となって体を動かしている。

 彼らが死ねば石になるのだ。魔獣全般が自然を好きだが、妖精は特に整えられた自然と相性がいい。この庭に住み着いているのも、それが理由だろう。ハシェルは考えるように言う。

「魔女を見たのは……子供の頃に1度、この前が1度…なんですよね?」

「あ。あぁ…まあこの屋敷に来ること自体珍しいから、もっとこの庭に来ているのかもしれないが…」

「魔女らしき人物がなぜこの庭に来ているのかも気になるところじゃが、いつ来ているのかも重要そうじゃな」

 パルはふむ、と考え込む。ノアはのほほんとして言う。

「僕みたいに意外と妖精が大好きな魔女なんだよー」

「他になにか、思い出せることはありませんか?」

「え…えっとそうだな……花が咲いていたことくらいしか……」

「そんだけじゃわかんないよー」

 ノアが首を揺らしながら言うと屋敷の主人も頭を下げる。

「すみません……その時は、あまりにびっくりして逃げ帰ったので記憶が乏しいんです…とにかくつばの大きな白い帽子と白い服しか頭になくて……髪が黒だったので魔女かと思って……」

 ハシェルはやはり、黒髪というのは面倒だと思った。依頼人の言う女性が本当に魔女だとしても、ほかの黒髪の人にまで魔女の疑惑がかけられる。偏見はなくならない。自分の赤髪が、魔獣の種の子と言われたように。パルは知ってか知らずかコホンと咳払いをする。

「事情はわかった。あとはわしらに任せておけ」

 パルはにこやかに貴族の男性の背中を叩いて言った。

「はい……よろしくお願いします……」

 そして貴族の男性は申し訳なさそうに頭を下げながら去っていった。パル、ハシェル、ノアはしばらく庭を散策した。

 パルとハシェルは庭を観察する度、珍しい薬草が見つかるものだから、驚きっぱなしだった。ノアはというと妖精達を肩や頭に乗せ、庭に生えているクローバーを摘んでいた。

 ハシェルは夕方くらいになると万能バッグからウールのピクニックラグを引き出した。庭が綺麗で、みんなで庭の中で夕食を食べたかったからだ。

「庭で食べましょう。妖精もご飯食べるのでしょうか?」

 ハシェルが尋ねるとパルが杖を手入れしながら答えた。

「妖精は主に花の蜜や樹液を食べる。魔獣は肉や魚、人間を食べるものもおるとカプリコーンは言っておったな。」

 ハシェルは万能バッグから手作りのサンドイッチを出す。パルの台所で作らせてもらったのだ。本来ノアが多方お腹すいたぁというのを見越して持ってきたものだった。それから、ノアが好きそうと思って買ったタルトをいくつか取り出す。

「ノアー!早めの夕飯にしましょうー!」

 ハシェルが遠くからノアに声をかけると、ノアは勢いよく立ち上がる。吃驚したのか、妖精達が一斉にノアの頭や肩から飛び上がり、ノアの周りをスノーダストのように舞う。

「たべるー!」

「こっちはレバーパテでクラッカーに乗せて食べるんですよ」

 ハシェルが万能バッグからクラッカーとレバーパテの瓶を出す。それからパテをクラッカーに乗せてわたす。

 ノアはひとくち食べると頭を振りハシェルに渡した。

「うえー僕にはまだ早い世界だったみたい」

ハシェルは食べかけのクラッカーを受け取り口に入れる。パルが厚切りのベーコンとハーブが挟んであるサンドイッチを口に入れる。咀嚼しながらパルは考え込むように頷く。

「うむ。美味い。」

 ノアもジャムが挟んであるサンドイッチを手に取り、口に放り込む。と同時にジャムタルトを手でつかみまだ口の中に入っているというのに口に詰め込む。

「お行儀が悪いですよ」

 ハシェルが言うとノアは口いっぱいに詰め込んでニコニコと笑う。口の周りにジャムが付いていて少し汚い。

 パルはサンドイッチを飲み込み、ノアに言う。

「ノア。まずは座るのじゃ。」

 ノアは慌ててピクニックラグの上に座る。

 と、ラグの右奥の端の方、ハシェルが座っている方に遅咲きベリーを見つける。遅咲きベリーは初夏に取れるベリーで木苺に近い。ノアは目をキラキラさせながらハシェルの横に来て遅咲きベリーを何個か手に取る。遅咲きベリーはつぶつぶしていて艶があり、とても美味しそうだ。

 似ているもので偽りベリーというのもあるが、それは毒があって食べれない。味は甘いが、お腹を壊すこと間違いなしだ。

 見分け方は簡単で、葉が連なるようになっているものが偽りベリー、葉が交互になっているのが遅咲きベリーだ。

これは交互に葉が着いているため遅咲きベリーで間違いない。

 ノアは知らないだろうが。

「おいしー!」

 遅咲きベリーを口に何個も入れ、ノアは歓喜する。

 そんなノアにはさも当たり前のようにまだ妖精たちが頭にも肩にも乗っかっているのだから、ノアの頭と肩は光り輝いていた。 食事が終わるとまた3人は探索にもどる。

「見てこれ!めっちゃ背中に魔石ついてるかえるがいる!」

ノアが手にかえるを乗せてやって来た。

 たしかに背中からは魔石が何個も突き出していた。

夕陽に照らされ、魔石はキラキラと赤く輝いている。

「これは珍しいカエルじゃな。鉱石ガエルと言って鉱石を背中に乗せて擬態するかえるじゃが、これは鉱石が魔力を含んで魔石に変化しておる。綺麗じゃのう。ノア、よく見つけた。

 これでここの魔力濃度が高いということがわかったぞ。」

「えへへーえらい?」

「偉いぞー」

 パルとノアは笑みを浮かべて見つめあっている。

 これで、この庭の魔力濃度が高いことがわかった。それが魔女によるものかまでは分からないが。

 そして日が沈み夜になるとその庭は静けさに包まれた。

 そして昼間の賑やかさとは違う美しさに包まれた。

 青く光り輝く花が地面にポツポツと咲いていたのだ。

「これは…夜にしか咲かんキュアルラネウスではないか…」

 パルが驚愕したような声を出す。

「珍しい花なんですよね??」

 ハシェルが確認するように尋ねるとパルは頷く。

「儂も生では見たことがない。その名だけを知っておる特別な花じゃ。やはりここは貴重な薬草の庭じゃ。手入れされておらんとは到底考えにくい。この庭には魔法が満ち満ちておる」

 地面には、妖精の死の後であろう小さな魔石が落ちていて、それが仄かな虹色の光を放っている。そして極めつけには蛍のように輝いては消え、輝いては消えを繰り返す妖精たちがあちこちでチリンチリンと何かを囁いてくる。

「こんなに美しい庭があるんでしょうか…」

 ハシェルがうっとりとしているとノアが何かを手に乗せて手で蓋をしたようにして持ってきた。

「ほら見て!妖精捕まえた!」

 そしてぱっと手を開くと、妖精がやっと出れた、というように欠伸をしながらゆっくりと背伸びをしていた。

 ノアにぞんざいな扱いをされても妖精は平気なようで、怒ってはいない。それどころかノアの掌の上でうたた寝を始めた。

「妖精って…よく生きてこれたなあ……」

 とハシェルが本音を漏らすとパルが肩を叩く。

「純粋なノアじゃからこそできる技じゃろうな。妖精は悪意に敏感じゃからの。」

 ノアはパルとハシェルに尋ねる。

「てかなんで魔石赤じゃないの?これとか虹色だよ?」

 と足元に落ちている魔石を拾って見せる。

「いい質問じゃ。魔石自体は赤くないのじゃよ。」

「魔石は一般には鉱石や宝石でできています。それが魔力をおびているものを魔石と呼び、魔力を使う時だけ赤く染まるのです。魔力を帯びた石なので貴重なものなのです」

「へーじゃあこの虹色は宝石の色なの?」

 ノアが尋ねるとハシェルは頷く。

「これは恐らくダイヤモンドですね。もしかしたらこの辺りの妖精はダイヤモンドでできているのかもしれませんね」

 パルは魔石を拾い上げる。

「こんなに魔石が落ちておる。妖精の寿命は儚いの」

 ハシェルは庭の中の妖精達を見た。こんなに魔力が満ちていて、整えられた自然は他の場所では見たことがない。恐らく、ここは妖精達にとっての楽園なのだろう。

 だが、妖精もとい魔獣の命の源である魔石の動力源は自然に対する人の畏れだ。この閉鎖的な庭という環境では畏れは生まれない。だからここの庭の妖精達は短命にある運命なのだろう。それでもここを離れられない魅力があるのか。それとも魔女が何かしらの魔法を使って妖精を捕らえているのか。

「ここにいる妖精達は幸せなんでしょうか?」

 ハシェルは思わずパルに問うた。

「わからん。ワシらには妖精の思いは測りかねる。」

 だが少なくとも、ノアと戯れている妖精達の顔は笑っているように見えた。

次の日、ハシェルパルノアは屋敷の主人の了解を経て、屋敷を探索することにした。屋敷にはふんだんにステンドグラスがあしらわれており、キラキラと床を照らしていた。

「どうぞ……お入りください……古い屋敷ですが…」

 屋敷の主人は中へと3人を招き入れる。

「そうじゃ。お主の名前を聞いておらんかったの。」

 すると屋敷の主人はぺこりと頭を下げる。

「ヴェリティです…よろしくお願いいたします…」

「そうか、ヴェリティか。よろしく頼む」

 パルが片手を差し出すとヴェリティは両手でその手を握りしめる。若くしてこの屋敷を継いだ彼は気弱そうな感じで、何故か申し訳なさそうな顔をしている。

「このガラス凄いね、色んな色が入ってる!」

 ノアが不思議そうにドアの内側からステンドグラスに触っているのを見てハシェルが声をかける。

「それはステンドグラスですよノア」

「へー!ステンドグラスって言うんだ!」

 ノアは初めて知ったようで何度も繰り返しその言葉を口にしている。ハシェルは中の壁にかけられている何枚もの絵を見た。どれも家族が微笑んでいる絵だ。幼い女の子が走ったり、果物を食べようと大きく口を開けているものも目立つ。

 極めつけは、両階段の中央に位置している、大きな絵だ。

 白いつばの大きな帽子に、白い服。そして長い黒髪の女性がこちらを見て微笑んでいた。

「これはヴェリティさんが言っていた女性の方、ですよね…?」

 ハシェルが恐る恐る尋ねるとヴェリティは頷く。

「祖母の父の代から飾ってあるそうです……」

 ノアもステンドグラスに飽きたのかこちらへやってきた。

「わぁ!凄い沢山の絵だね!!」

ノアは絵の量に驚く。

「たしか早世した祖母の父が…描いていたらしいです……」

 ヴェリティはその絵のうちの、魔女を描いたらしい絵を見て怖がるように背を向け、話し続ける。

「もうほんとにこの絵の儘の姿で現れたのが気持ち悪くって」

 ヴェリティは青ざめながら話す。

「なので……魔女なら早く退治……してもらいたいです…」

 パルは話を聞いたあと質問をする。

「お前さんのお祖母様の父親は魔女によって殺されたとか、そういったことは無いのか?」

 ヴェリティは首を振る。

「いいえ……たしか、祖母の父がなくなった時、流行病か何かで貴族の間で何人も亡くなった方が出たんです。なので……そのときに流行病でなくなったのかと…」

 そして4人は階段を上がって2階へ上がる。まずは2階の南の部屋からだ。南の部屋には机と、その上にはステンドグラスで出来たランプがあって子ども部屋があり、丁度妖精が住めそうなドールハウスがあった。

「かわいー!」

 ノアはピンクと白を基調としたドールハウスを開ける。

 中にはガラスの花でできた照明や、綺麗な小さな滝のようなお風呂場、鉱石が生えているようなベッド等があった。

 ノアが触ろうとしたが、ハシェルが止める。

「古そうなので壊れやすいと思います。

 ですから触っちゃダメですよ」

「うーん…わかった」

 ノアは渋々と言った感じで伸ばした手を下げた。南の部屋のガラスもステンドグラスが使われていた。緻密に蔓草と花の模様が入っており、とても綺麗だ。

「ステンドグラスが沢山ありますね、これは誰が?」

 するとヴェリティがはぁ、と気の抜けた返事をする。

「高祖母の趣味です……あの庭も、高祖母の趣味で…」

「ほう。とすればお祖母様のお祖母様が魔女と関わりがあったのではないかな?」

 とパルは推察した。ヴェリティは頷く。

「私もそう思います……おそらく魔女と、あの庭を作ったのではないかと……思っています……」

 ハシェルは屋敷の魔女を思い出す。あの魔女のように、高祖母も闇のサバトか何かで出会ったのだろうか。だがこの屋敷といい、あの庭といい、とても闇のサバトに出入りするようには思えない。だとすれば、他に何らかのきっかけで魔女と出会ったのだろう。わからない。

「お手上げですね……」

 ハシェルは静かに呟いた。ヴェリティがひっと声を上げる。

「そんなぁ……やめてくださいよぉ……」

 泣きそうな声でハシェルとパルに訴える。

 ノアは戦力外だと思ったのだろう。そんな感じがした。

 パルはうぅむ、と首を傾げながら唸る。

「時間をくれ。少し考えるでな。」

 それから4人は北側の部屋へと移動した。北は寒々しく、大きなステンドグラスの窓がここにもあり、部屋の中にはダブルベッドが置いてあった。そこには幼い少女が家族と微笑む絵が置いてあった。その中にはなんと、あの黒髪の女性もいたのだ。

「この幼い少女は誰ですか?」

「あぁ……祖母が言っていました…これは幼い頃の祖母が両親と共に描かれた絵だと………」

「魔女とは家族ぐるみの付き合いじゃったのか」

 パルが驚いて声をあげる。ハシェルも吃驚する。

「お婆さまに聞けば、魔女のこともわかるのでは?」

 ハシェルがそう言うとヴェリティは首を振る。

「祖母は……随分前に亡くなりました…父と母も去年亡くなりました……それで、一人息子の私が屋敷を継いだのです……」

 重い沈黙がその場を流れた。

「それは、辛いことを思い出させてしまったな」

 パルが謝る。だが、ヴェリティは首を振る。

「謝らないでください……これは、きっと罰です……

 魔女と関わったから……」

 ハシェルは屋敷の魔女のことを思い出す。当主が決まる度、4人死ぬ呪い。その呪いのように、魔女となにか契約をして、なにかの犠牲となって祖母や父母も亡くなったのだろうか?

 だとすれば悪質な魔女だ。早急に解決しなければ。

 ハシェルはそんなことをそっと心に決めた。

 パルは部屋を見回して言う。

「うむ。屋敷の中はわかった。恐らくお祖母様のお祖母様と魔女に深い関わりがあるのじゃろう」

 ハシェルは付け足すように言う。

「もしかしたら魔女と何らかの取引をして、この屋敷の人が早世している可能性があります」

 パルは頷く。 ヴェリティは怖がりだす。

「やっぱり……そうですよね…私もそう思って…怖くって……」

 ずっと黙っていたノアが意気揚々という。

「僕たちに任せてよ!」

「はぁ……」

ヴェリティはイマイチ信用していないような頷き声を出した。

 それから約1週間庭の捜索をした。が、何も見つからず、三人は庭の奥から森へと続く道を進むことを決断した。3人が歩き始めると妖精達が周りを飛び交う。まるで案内しているかのように。三人は山道を山頂に向けて歩く。少し歩いたところで緑の小屋が見えた。ノアは見つけて嬉しそうに言う。

「ねぇパル!あれ僕たちが出会った時に見つけた小屋みたいだね!!懐かしーー!!」

「うむ…まて……もう少しじゃからの……」

 ノアは言ったかと思うと、今度は木に止まっているセミを捕まえようと奮闘し出す。パルは汗だくになりながら道を歩きやっと小屋を視界に捉えたようで、ノアに手を振って合図をする。2人の中間にいるハシェルはまるでおじいちゃんと孫だな…と思う。ハシェルとパルが小屋に辿り着く。緑色に見えた部分は全て苔だったのだと気づく。木でできたその小屋は随分と古そうで既に自然と一体化していた。扉を開けて欲しいのだろうか、妖精たちが扉の近くを飛び回っている。魔女がいるのだろうか。ハシェルは息を飲んでその扉を思い切り開けた。

 中はこじんまりとしたアトリエのようだ。

 古びたキャンバスには絵の具がぶちまけられていた。床にも滴り落ちた痕跡があり、絵の具溜りが広がって乾いていた。

「何を描きたかったんだろう……」

 ハシェルはそっと指でキャンバスに触れる。

 ふと外を見ると古くなってはいたが、美しいステンドグラスが目に入ってきた。太陽神を表す太陽と、月神を表す月。

 そこに四大天使と4大魔女が描かれていた。

 2枚の対になるステンドグラスはそれぞれ黄色と紫を貴重にされていた。いつ作られたものなのだろうか。魔石がはめ込まれていた。

「妖精たちはここに来たがってたみたいですけど……」

 パルは困ったように眉を八の字にする。

「じゃがワシらにはわからんな。ここだけでは魔女の手がかりはない。というより、庭からこの森まで魔女の魔力に満たされていて、濃度が濃すぎて何も分からん。」

ハシェルはそういう物なのか、と納得した。

 ノアもやっと入ってきてパルにセミを見せびらかしている。

 ノアはキャンバスを見ると、途端に神妙な顔持ちになる。

「なにこれぇ……」

 色々な色の絵の具がぶちまけられたそれは誰だって見たらそうなるだろう。ノアはノアなりに推理を始めていた。

「これは恐らく魔女が描いたんだよ……そして絵が上手く行かなくてぐちゃあ……つまりそういうことだよ……」

 ノア名探偵は考察を始めてすぐに答えに辿り着いた。

 ハシェルとパルはその安直な答えに思わずぷっと吹き出してしまった。アトリエが見つかったことでなにか進展があるかと思われたが。

 しかしまた1週間ほど調査は続いた。

 あるとき、パルが提案した。花を全部咲かせてみようかと。

 それは屋敷の主人が言っていたこと。

「花が咲いていたことくらいしか…」

 という台詞だ。

 それから察するにいずれかの花が咲くと魔女が現れる。もしかしたら特定の花が魔女のお気に入りなのかもしれない。だがその花を特定することは難しい。ならば、全ての花を咲かせてしまおう、という魂胆なのだ。

「どうやって咲かせるんですか?」

 ハシェルが尋ねるとパルは首を捻る。

「うむ。それが問題よの。」

 ハシェルはそれを聞くと魔導書を出す。

 ノアは妖精達と戯れながらぼんやりとした表情で微笑む。

「魔術で咲かせられるんじゃない?」

 ハシェルも頷きながら答える。

「僕もそう思います。星の魔術師様の中で植物関連の方がいないかと思って……」

 パルは顎を摩りながら言う。

「植物じゃったらそれこそスピカじゃの。あの子の星座は女神デメテルと精通しとる。」

「またスピカと会うの?やったー!」

 ノアは飛び跳ねて喜ぶ。しかしパルは首を振る。

「恐らくじゃが、ワシらに軍に特定の魔術師を派遣するよう要請ことはできん。その権限がない。屋敷の魔女の時のように急を要するときならば、可能性もゼロではないが」

 ハシェルはそこであっと思いつく。

「そうか……!魔術じゃなくて錬金術なら……」

 そしてページを捲りだす、かつてアイとそのページを捲ったように。

「花を咲かせる魔法で思いつくのは、春風を生み出すか、恵みの雨を降らせるか、土に栄養を与えるか…ですね」

パルとハシェルは思案する。

「春風じゃと、春では咲かない植物があるかもしれん」

「となれば、やはり全ての花に関係するのは雨か土ですね」

「うむ。しかし雨がいらん植物もあるかもしれん。ひょっとすると、不毛の土にしか咲かぬ花もあるかもしれぬ」

 するとノアがそんなことを気にもしないというようにあっけらかんと言う。

「全部調べてひとつずつ咲かそうよ」

パルとハシェルがぎょっとしてノアを見る。

 ノアはその大変さを分かっていないようだ。

「それか、全部いっぺんに試してみようよ。だってこのひとつの庭に、全ての植物が生きてるってことは多分似た環境で育つんじゃない?」

 ノアはのほほんと生きているようで意外と鋭いところもある。ハシェルとパルの机上の空論に上から思い切り水を掛けることもある。ハシェルとパルはなるほどとあいずちを打った。

「では、全て試してみましょう」

「じゃな。ではノア、春風の出し方を教えよう」

 そしてパルは懐から△に-の入った記号と呪文が書かれた紙を取り出す。ハシェルはハシェルで地面に△に一の紋様と、春風を呼び起こす呪文を丁寧に描く。

「ハシェルが書いたこの地面の紋様の中に紙を置いて、

 ふーっと息を吹くのじゃ」

 パルが言うと、ノアはわかった!と鼻を鳴らす。

 ハシェルはパルと話し合い、ハシェルは得意分野である土の錬金術を使うことにした。パルは恵みの雨を降らせる担当だ。3人の準備が整った。ノアは言われた通り紙を中央においてふーっと上から息を吹きかける。パルは▽の書かれた紙を濡らし、▽の描かれた紙を人差し指と中指で挟む。

「この枯れた大地に恵みの雨を降らせよ」

 ハシェルは地面に▽に一の模様を描きその中心に手を当てる。

「この枯れた大地を豊かにしたまえ」

ハシェルとパルの声が重なる。ノアの息遣いが止まる。

 土の色が変わり、雨が降り、春風が吹く。

と。しばらくすると昼間の日向から木陰まで花という花が全て花開く。その様子を見て妖精達は嬉しそうに飛び交った。

 3人は上手くいったとほっと息をつき、探索しようとした。

 ふとパーゴラを見ると、白い大きなつばのある帽子に、白い服をきた、女性が座っていた。長い髪は黒で、瞳の色は黒寄りの灰色。陽だまりの庭の中でその魔女はゆっくりお茶を嗜んでいた。ノアの時のように魔女の周りには妖精が集まっている。優雅にその魔女は微笑んでいた。

「魔女……!!」

全員が身構える。だがしかし。その魔女は身じろぐことなく紅茶を注いでいた。

「皆様が気になっていること、

 それは私が魔女かどうか、ですね」

 魔女は依然こちらを見ない。

「私は魔女です」

 そう言うと、その魔女はこちらを視界に捉えた。

 目が合う。だが、屋敷の魔女のような威圧感はない。

 「なぜ私が魔女になったか、でしょう」

 その魔女は微笑みながら、お茶を口に運ぶ。

「そなたからは悪意の匂いがせん。

じゃが、人を殺した気配がする。なぜじゃ?」

「私は長年重い肺病を患っていました」

 魔女は角砂糖をお茶の中に入れ、クルクルと回す。

「私は病の床で月に願いました。この庭の妖精と息子のアトリエを見守りたいと。ただそれだけの、ささやかな願いに月は答えました」

 魔女はこちらを向く。その顔は悠久の時を超えたとは思えない、30代くらいの母親の顔に見えた。

「当時の貴族社会では魔女を排出したと知れれば、袋叩きに会う。私の息子もそうでした。ひっそりと、息子と、その妻と、孫と隠れてそれまで暮らしていたら私の黒髪で私が魔女とばれてしまった。ばれてしまったばかりに、息子は槍玉にあげられ、非難され、罵倒され、絵の道を閉ざされた。そして、」

「息子は自ら命を断ちました。まだ若い、幼い娘を残して。

 あの、アトリエで」

 魔女は悲しそうに言った。

「私は身を隠しました。そして愛する息子に矛を向けた人々の、命を奪いました」

魔女はそれをとても悔やんでいるかのように手を握っていた。

大きなつばを握り、顔を覆い隠した。涙を見せないかのように。

「息子が可哀想だった。だからこそ私は真実を知らない孫と、その子孫を見守ることを決めたのです」

 そしてハシェルはあのアトリエを思い出す。

 色々な絵の具がぶちまけられ、床にまで広がったそれは恐らく、無くなった彼女の息子の心の叫びだったのだろう。息子と庭の妖精を見守りたいというささやかな願いは誰にでもあるもの。だがそれを月に願ってしまった。そして魔女になった。そのせいで息子の道は閉ざされ、その人生も椿のように無残に散ってしまった。

 見守る、ということは、ヴェリティの家族が早世したのとは関係がないのだろう。

「私を、見逃してください」

 魔女は申し訳なさそうな顔をする。

 パルは唸る。だが、ハシェルは毅然とした態度で言う。

「人を殺したことを、償うべきです」

「ええ。そうね。」

「裁判にかけられるべきだと、僕は思います」

 魔女は頷く。一方でノアは泣いていた。

「可哀想だよ……子供を亡くすなんて」

 ハシェルはそんなノアを見て優しく諭す。

「はい。自分の子どもを失うのはとても可哀想だと思います。でも、それでも、人の命を奪っていい理由にはならない。」

 パルはうむ、と言うと魔女に手を差し伸べた。

「わしらと共に行こう」

 魔女は、その手を取ることはなかった。

 突如、景色が一変する。

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