妖精の庭エピソード2 死中求活
お待たせしました、妖精の庭後編です✨️
赤い空に黒い月が浮かんでいる。熱い風が吹きさらして、砂煙が上がる。先程の自然豊かな光景がまぶたの奥にチラつく。
ノアは暑さのあまり膝を着いた。
「あっつ……」
ハシェルは万能バッグから大剣を取り出し構えた。パルも杖を構え、青い炎を生み出し、魔法陣を描く。
「ノア!鎌を投げますよ!」
ハシェルは大剣を取り出したあと、ノアの大鎌を取り出しノアの膝元に投げる。ノアはよろよろと大鎌を手に取り、それを杖にして立ち上がった。ハシェルは先程魔女が言っていた願いを思い出す。息子のアトリエと庭の妖精を見守ることだといっていた。それは一体何の性だと言うのか。
魔女は悲しそうな顔をしてこちらを見ている。赤い世界に白い姿は目に焼き付く。
「私を見逃してください」
魔女は先程と同じ台詞を繰り返す。
「私は、貴方達を殺したくない」
パルはハシェルの右にいて、首を振る。
「見逃すことはできん。法廷に出頭するか、今ここで決着を付けるしか、そなたには残されてはおらんのじゃ」
その言葉を聞くやいなや魔女は両手を振り上げる。
たちまち3人は熱い砂嵐に包まれる。体が蒸発しそうだ。
ノアが叫び声を上げる。パルとハシェルは叫ぶ間もなかった。
熱い、熱い、熱い。
痛い、痛い、痛い。
目を開けられない。
「死んでください……」
魔女は悲しそうに呟くが、3人の耳には届かない。
強い熱風と熱風の間に少し熱風が弱まる瞬間がある、その瞬間に薄目を開けて見ると腕や足が赤くなって爛れ、火傷をしている。恐らく瞼も火傷をしている。目を開けると傷んだ。
パルが焼け付いた喉で何か呪文を叫ぶ。
その瞬間凍えるような北風の突風が地面から巻き起こる。
爛れた肌に気持ちのいい冷たさに包まれる。
ハシェルはこの魔女を倒す方法はないか、考える。
この魔女の性と反対のことをすればいいのだから、きっと簡単なはずだ。
魔女は手を合わせて開きそこから黒い大蛇を3匹生み出す。大蛇はシャーと威嚇しながらこちらに近づいてくる。ハシェルは大剣で、パルは杖で、ノアは大鎌で蛇に立ち向かう。ノアは大鎌を構えて高く飛び上がり、大蛇の頭に向けて振り下ろす。
「はぁっ!!!」
大蛇はするりと鎌を交わしてノアの背後に陣取る。ノアはふつふつと毒球を身体から沸き上がらせる。
「傷を追わせて毒を体内に入れればよいはずじゃ!」
パルがノアに声をかけながら、杖をくるくると振り回し、大蛇の猛攻を防ぐ。パルは杖を上に放り投げ、大蛇の目線が上に向いた瞬間、蛇に向かって人差し指と中指を揃えて差し唱える。
「ルキフェル」
すると大蛇の体は下から螺旋状に青い炎に包まれ、焼ける。
大蛇はのたうち回りながらも、パルの腕に向かって毒牙を穿とうと口を開いて向かってくる。パルは大蛇の口に杖を噛ませ、後ろ手に青い炎で八芒星と△の錬成陣を描き八芒星が描かれたナイフを召喚する。そのナイフをパルは見もせずに引き抜き、杖を噛んでいる大蛇の首に横から刺す。黒い大蛇は杖を離し、のたうち回る。一方でハシェルは大剣を構え、大蛇に向き直る。大蛇は静かにこちらの様子を伺っている。ハシェルはすっと息を飲み込み次の瞬間勢いよく踏み込み大蛇の喉元を狙う。大蛇は横に避け斜めからハシェルの脇腹目掛けて牙を突き立てようとする。咄嗟にハシェルは斜めを向いて飛び退き蛇の牙を大剣で受け止める。かきんと小気味よい音を立てて上下から蛇の牙が大剣に当たる。ハシェルは魔女側にズザザと押される。ノアは鎌を振り続けているが一向に蛇に当たらない。
ハシェルが大剣を思い切り振ると大蛇は口を離し後ろへ下がる。大蛇は舌を出してこちらを挑発してくる。
「パル!伝書鳩を飛ばせないんですか?!」
ハシェルが大きな声でパルに叫ぶとパルが返す。
「魔女の結界内じゃから飛ばしたとて外には出られん!」
「くそっ」
ハシェルは小さく呟き大蛇へ向かう。大きく大蛇の顔まで飛んで、大剣を左から斜めに振り下ろす、大蛇が横に逃げても当たるようにだ。狙いは的中し、大蛇は右に避けたが、首元に傷が入った。大蛇は大きく仰け反る。そこに踏み込んで首元にもう1発右から大剣を食らわせる。大蛇は左右に首を振り苦しむ。大蛇の首は左右の首の切り傷から千切れながら黒い血を吹き出す。大蛇がぴくぴくと痙攣しながらも動かなくなった時、ハシェルと大蛇の戦いは決した。
ハシェルは息を切らして辺りを見回す。
パルはのたうち回る大蛇にトドメをさそうとナイフを持ってしずかに近づいている。ノアは暑さでだれた体を無理やり動かし大鎌を振り回して、大蛇を仕留めようとしている。
この喉が渇くような、全身が焼け付くような暑さが問題だ。暑さ?熱さ……熱?乾き?
ハシェルはやっと気づく。
この乾きと熱にも意味がかかる、願いと繋がる言葉がある!
……それは、渇望だ。
「パル!きっとこの魔女は渇望が性です!!」
パルは口を開いた。
「ならば、対となるのは諦念じゃ!!
魔女に望みを諦めさせるのじゃ!」
ハシェルは無言で頷く。ノアは依然、大蛇と鎌で戦っている。
決着が着くまで時間がかかる、ハシェルがそう思ったとき、ノアが大鎌を上へ振り上げた瞬間、大蛇の顎に傷が入った。
ノアの体から放出される毒が傷から体内へ入り込む。それを見届けたあとハシェルは前に向きなおると魔女に叫んだ。
「もう、あなたの息子さんは居ないんです!」
魔女はその瞬間はっとしたように目を見開く。
「あの庭も、妖精達にとっては楽園のような場所かもしれない。けれどあの庭に縛られている限り、妖精たちは早く死んでいく!」
だが魔女はその言葉を聞いても待ってはくれない。
悲しそうな顔でごめんなさい、と言いながら両の手を上へと伸ばした。
3人を巻き込む大きな砂嵐が巻き起こり、1番前にいたハシェルは蹲る。ハシェルは今、三人のいる位置を考え、はっと気づく。急いで万能バッグからロープを取りだし端と端を繋げた。
ハシェルは強風の中右後ろのパルにロープを投げた。大蛇と決着を付けた左後ろのノアにも同じロープが投げられる。
3人はロープで繋がった。
魔女から見て大きくて正確な▽が生まれた。
パルは見るやいなや瞬時にそれを察し、呪文を唱える。
「天降る雹よ、今ここに顕現せよ」
するとばあぁっと雹が降り始める。雹は砂と当たって電気を産み、それは大きくなって雷となる。ごろごろと音を立ててそれは雷雨へと変わる。
「あ……」
魔女がそれを見て1歩後ずさる。
砂嵐が雷雨に変わり、天まで届く雨雲は黒い月さえ飲み込み暑さと乾きを一瞬にしてかき消した。雨が降り、火傷した肌に恵みの雨となって降り注ぐ。ノアは大鎌を握ったまま天を仰ぎ、口をいっぱいに開けて雨を飲もうとしている。
「形勢逆転じゃな」
パルが濡れた唇でそう呟く。
魔女は後ろへ下がりながら手を振る。
「来ないで……来ないで!」
「お主の元々の願いを思い出せ」
「嫌……辞めて…」
「大好きな庭の妖精を守ること、そして息子のアトリエを見守ることじゃったな?じゃが妖精達はあの庭に縛り付けられ儚く命を散らしておる。そして、お主の息子はもういない」
「もう言わないで……お願い……」
パルが言葉を紡ぐ度、魔女は苦しそうに胸を抑え、前のめりに倒れ込む。ハシェルは魔女に近づき声を掛ける。
「貴方は大切なものを守りたかっただけなんですよね?」
魔女はすすり泣きから声を上げて泣き始めた。
「私は……私は……」
「ねぇ、君の息子の名前なんて言うの?」
ノアが後ろから来て尋ねた。魔女は泣きながら答える。
「フィアン……」
「フィアンかぁ。どういう意味?」
「神の恵み……中々子供が出来なくて、
やっと授かった子…でしたから……」
魔女は嗚咽を漏らしながら言葉を紡ぐ。
「息子に会いたいとは思わんか」
魔女はその言葉を聞いて驚いたように顔をあげる。
「どう……やって……」
パルが静かに諭すように言う。
「月に願ったものは月の元へ、太陽に祈ったものは太陽の元へ。そなたの息子はどちらかな?」
「太…陽…」
魔女はぽろりと言葉を漏らす。
「そうじゃ。全てを渇望することをやめ、諦めて、太陽へ祈るんじゃ。」
ハシェルは魔女の肩を両手で抱いて言う。
「そうすれば、妖精達も、あの庭から解放されます」
魔女は苦しそうに眉を寄せ、しばし無言の時間が流れた。
そしてゆっくり、魔女は頷いた。
「妖精たちも、楽になるときですね……」
魔女はパルの方を見る。
「ありがとう……」
自分の黒髪へゆるゆると手を伸ばす。太陽神の象徴である三つ編みを結い始める。と同時に魔女の体が黒くふわりと、ほろほろと崩れて宙へ舞っていく。それは諦念し、魔女の体が崩壊していることを現していた。三つ編みを結い終えたあと、ゆっくりと魔女は目を閉じ、手を合わせて祈った。
「美空にまします、太陽神よ。いま我が子孫の幸せと我が庭にいる妖精達の為に祈ります。」
「どうかお見守りください、全てを手放します、だからどうか……どうか…………」
身体は崩壊し、そう言う合間にも口元まで崩れ落ちた。
どうか、息子の元へ行かせてください。彼女はそう言いたかったのだろう。その言葉が紡がれる前に彼女は白い帽子を残して消え去った。最後の指先まで崩れ落ちた時、雷が鳴り、雨降る世界は一転して、3人は自然豊かな庭へと引き戻された。
妖精達は悲しむように鈴の音の声で何かを3人に喋っている。
ノアの肩や頭や腕に止まると、宝石の涙をポトリぽとりと落とす妖精もいた。妖精達はハシェルやパルの頭と肩、腕にも止まってきた。庭にいた妖精全員が三人の身体に止まっている。
そんな不思議な状況だった。そして1人の妖精が鈴の声で歌い出した。すると釣られて何人も歌い出す。最後には全員が鈴の音で歌っていた。それは酷く悲しい旋律で、でも優しい音で。
それは恐らく妖精達の鎮魂歌だ。
「…………♬〃࿐♬*°………………♩…♬」
誰も何も話さない。妖精たちが歌い終わり、ばっと一気に飛び立ち、森へと全ての妖精が帰っていった。
しばらく3人は動くことが出来なかった。
ノアが妖精が落とした涙の宝石を拾い上げ、そっと口を開く。
「きっと、あの人も、妖精に愛されてたんだね」
パルが火傷した皮膚をさすりながら頷く。
「ああ。じゃが、やったことは許されん。」
「ですね」
ハシェルは残された白い帽子を拾い上げる。その帽子は年季が入っていて、使い古されていた。恐らく、この帽子は大切なものなんだろう。もしかしたら、夫か、息子の贈り物だったりするのかもしれない、とハシェルは思った。
パルはそれを見ながら伝書鳩を2つ飛ばす。
ひとつは、依頼人のヴェリティに向けて。
ひとつは、魔術師協会に向けて。
戦いが終わったことを記す手紙を託して。
「やっと終わったんだね。今回は長かったね!」
ノアはにこっと笑う、ハシェルは胸が痛んだ。
ノアの可愛らしい顔に火傷があったからだ。自分の四肢や顔にも火傷があるらしく、酷くひりひりと痛んだ。よく見るとパルも分かりにくいがあちこちに火傷をしていた。今回は、僕たちの勝ちでいいだろう。満身創痍の、聖女以来のちゃんとした白星だった。ハシェルは万能バッグに大剣をしまい安堵の息をつく。
「勝ったんですね……」
ハシェルは魔女の悲しそうな顔を思い出す。
愛する息子を失い、大好きな妖精たちを知らずに苦しめた。
月がいなければ、魔女は生まれない。ハシェルは月を呪った。
パルが扉を閉めれば、太陽も、月も、星も、加護をさずけることは出来なくなり、魔法が無くなれば石も、ただの石へと戻る。だが、扉を閉めるということはパルが死ぬということだ。
パルが死なずに、扉を閉める方法は無いのだろうか。そんなことを思っているうちに足音が聞こえてきた。この足音は聞き覚えがある。この屋敷の主人、ヴェリティだ。
「伝書鳩読みました!皆さん、お疲れ様です。って、怪我なされたんですか?!その傷は!もしかして、魔女にやられたんですか?!あぁ…酷い火傷だ……少しお待ちください……救急キットをすぐにお持ちしますね」
「ちょっと待ってください」
ハシェルはヴェリティを呼び止めた。
ヴェリティは不安そうな顔でこちらを見る。
「どうなさいましたか?」
「あの…これを……」
ハシェルはそう言うと白い帽子をヴェリティに差し出す。
「これは……?」
ヴェリティが恐る恐る尋ねるとハシェルは優しい顔で言った。
「これは、あなたのお祖母様のお祖母様のものです。」
「え……?どうしてそんなものがここに……」
「魔女が持っていました。きっと大切な物なんです、」
ハシェルは高祖母が魔女だとは言わなかった。パルもその気持ちを汲んだのか、杖をつき、何も言わず、ただハシェルを見ていた。ノアはパルの様子で何となく察したのか大鎌を後ろ手に持ち無言で立っていた。
ヴェリティはハシェルから目を逸らし、ノアとパルを見る。パルは顎をくい、とだし、受け取れ、と暗に伝える。
ノアはヴェリティと目が合うと頷いた。
ヴェリティはハシェルの帽子に目線を戻す。そしてゆっくり帽子を手に取った。年季が入っているが丁寧に手入れされたことがわかるそれは暖かみに溢れていた。
「えと……救急キットを取ってきます」
ヴェリティは帽子を持ったまま、屋敷の中へ駆けていく。
3人はヴェリティが帰って来る前に武器や杖をしまった。
「パルー、ハシェルー、やけど痛いね」
ノアが火傷した頬を触りながら苦笑する。
パルがうぅむ、と唸る。
「呪いならばワシの力で浄化し癒すことが出来るが、これは月の力とはいえ、火傷じゃからな。やはり、次は西の国へ行こう。四大聖人ならばこの傷も綺麗に治してくれるじゃろうて」
その時ヴェリティが救急キットをもって戻ってきた。
「これ、どうぞ……持っていってください」
ヴェリティは救急キットを3人に差し出す。
パルがヴェリティから救急キットを受け取る。
「頭をこちらに向けるのじゃ」
ヴェリティは戸惑いながらも腰をかがめ頭をパルに差し出す。するとパルはにこやかにヴェリティの頭を撫でる。
「ありがとう。ソナタも元気での。」
ヴェリティは頭を撫でられたことにびっくりしていたが、緩く頷いた。パルはひとしきり撫で終わると手を離した。
「ソナタは1人ではない。友人や伴侶を作り、自らの家庭を築くのじゃ。その為にも少し自信をつけねばな」
「はい…今回は本当にありがとうございました」
ヴェリティは返事をし、感謝を述べ、頭を下げた。
「では、行こうかの」
パルはハシェルとノアに手招きする。ハシェルとノアはパルの両脇に駆け寄り、ヴェリティに手を振った。
パルが手をかざすと青い五芒星がパルを中心として、描かれる。そこから月桂樹が3人を包み込む。眩い光に包まれ、次の瞬間にはパルの展望台へと3人は降り立った。
夜空の中で星々が瞬き、静かな水面が白い月を反射し、海風が肌に気持ちいい。展望台へ3人は歩き出す。
「でも妖精凄かったね」
ノアが砂を蹴り上げながら言う。
「あの量の妖精はこの先一生目にすることはないじゃろうな」
パルはヴェリティから貰った救急キットを抱えながら言う。
ハシェルは最後、肩や頭に乗ってきた妖精たちを思い出す。
「最後のあれは、なんだったんでしょうね。」
「妖精の歌じゃろうな。多方、鎮魂歌じゃろう」
パルは考えながらハシェルの問いに答えた。
3人は展望台へつき、ゆっくり座った。火傷のあとが傷むからだ。そして3人は座ったあとジャンケンをした。
負けた人が勝った人に順番に薬を塗っていくのだ。
結果としてパルは2人に負け、ノアはハシェルに負けた。
ノアがハシェルに最初に薬を塗った。
ハーブの匂いがする。恐らく、あの庭で取れた薬草が使われているのだろう。パルはノアに薬を塗る。ノアは痛い!と言いながらも体は動かさず、じっとしていた。最後にハシェルがパルに薬を塗る。パルの怪我がいちばん酷く、広範囲だった。
途中からノアも参加してパルの背中に塗ろうとした。
パルは背中を見られるのを嫌がったが、ハシェルとノアにやけどの酷さを指摘され、渋々了承した。
パルの背中はやはり、酷い火傷のあとが残っていた。そしてそれとは別に、古傷があった。まるで酷くムチで打たれたような。聞かないでおこう、そうハシェルは決めたが、そうとも知らずにノアが驚きの声をあげる。
「パルこの傷何?」
パルはハシェルやノアに見えないようにしてしまったというような、バツの悪そうな顔をしながらノアに答える。
「昔罰で、鞭で打たれたんじゃよ」
ノアは薬を塗りながらパルの顔を覗く。
「えっ、パルも僕みたいにムチで打たれてたの?」
パルはノアの顔を見た。心配そうな顔でパルの顔を見ている。
「そうじゃ。ノアとは違うが。」
「僕とは違う?どういうこと?」
ノアは分からない、というような顔をする。
そんな純粋なノアにパルは思わず表情が緩んだ。
「わしは昔とある有名な錬金術師の奴隷だったんじゃよ」
パルは遠い昔を思い出すように微笑む。
「そこでわしはある奴隷と出会った。その名はパンドラ。白い髪で綺麗でのお。顔に傷があったがわしはそれがたまらなく可愛くみえたもんじゃ。」
これは……とハシェルは感ずいた。
パルは恐らく惚気話をするつもりだ。
「白い髪!?僕と一緒じゃん!」
「そうじゃよ。ノアのような白い髪で。わしは出会ってすぐに恋に落ちた。落ち着いた、静かな女でな。」
ノアはやっと恋バナだと気づいたらしい。
薬を塗り終わると目をキラキラさせてパルの前へ座った。
「え?じゃあパルもしかしてその人と……」
「ああ。結婚したんじゃ。」
きゃー!とノアは黄色い歓声を上げる。
「やっぱりパルから告白したの?」
パルは照れて、顔を隠しながら話し続ける。
「いや。パンドラの方から、いつ結婚するの?と言われてのう。まだわしは奴隷じゃったが、パンドラとわしを買っていた屋敷は寛容でのう。錬金術の研究にわしが携わっておったのもあってすんなり結婚出来たんじゃ。」
ノアはがくりと前のめりに倒れ込んだ。結構楽しそうでゴロンと仰向きになった顔はかなりニマニマしていた。
「結婚式した?結婚式!!」
パルは思い出すような目をしたあと、ふっと笑った。
「ねーぇ!結婚式!!」
ノアははしゃいでいる。起き上がりパルの肩を揺さぶる。
パルはふぉっふぉっふぉ、と笑いながら口を開いた。
「旦那様のご好意で結婚式は屋敷を上げて行われてのう。奴隷の結婚式が珍しいから、その地域にいた貴族たちもこぞって参加してのう」
「では、パンドラさんはウェディングドレスを?」
パルはニヤリと不敵に笑う。
「当時ウエディングドレスの文化は貴族の間だけで流行っておってのう。その代わりに、白いワンピースを着てな」
「わー!!いいなぁ」
「白い髪に白い服がとても似合っておった。」
パルは瞼を閉じた。思い出されるのは、太陽の眩い光に包まれ、白く輝くその姿はまるで天使のようだった。青空のような薄い青の瞳が緩く笑んでこちらを見ていた。
ハシェルはそこでふと前思ったことを思い出す。
パルが前、子守唄を歌ってくれた時に思ったことだ。
それはパルに孫がいるのか、というもの。
「パル。失礼ですが、ひとつ聞いてもいいですか?」
パルは不思議そうな顔をする。
「なんじゃ?改まって」
ハシェルは神妙な面持ちで言う。
「パルって……子供いるんですか??」
パルは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「なんじゃそんなことか。おったぞ。もう昔の話じゃ。今は孫の孫…どころか、わしからすればかなり……そうじゃな、子孫と言った方が正しいじゃろうな。わしの出身の西の国におるぞ」
ハシェルはパルの態度や親のような目に納得がいった。
「パルは西の国出身なんですね。」
「そうじゃ…懐かしいのう、扉が開け放たれ、魔法が満ちてからは行っておらんからの。今では昔と変わっておるかもしれん」
パルは薬が床の絨毯につかないよう、ゆっくり姿勢を崩す。
「わしは神の国へ行ってから、寿命が伸びてしまった。」
ハシェルは気になっていたことを尋ねる。
「そういえば、魔女と戦ってから思っていたんですけど、月の力を持った者は長寿になるんですか?なぜパルは3000年も生きてるんですか?」
するとパルはあぁ、と頷く。
「まず、魔女から教えよう。カプリコーンが言っておったのは魔力の強さに応じて寿命は左右されるとの事じゃった。太陽、月、石の民は状況や魔力に応じてかなり長生きになる。一方で、星の力は寿命を削って使われる。魔力で寿命は補正されるが、それでも、太陽、月、石に比べたら短命なのじゃ」
ハシェルはへーと驚く。
寿命に関する記述は魔導書には載っていなかったからだ。
魔導書の中には主に薬草の種類と知識、錬金術の基礎知識、展開知識、太陽、月、石、星の魔術の違いやその特性、四大聖人、4大魔女、4大貴石、王家の星について、そして星それぞれの詳しい説明が入っている。だが、それでも知識としてはまだまだ足りないのだ。ハシェルは自分の魔導書に寿命のことを書き加える。心做しか、火傷の痛みが和らいできた。
ふと顔をあげると、ノアも痛みが和らいだのかウトウトしていた。パルはノアに声をかける。
「ノア、絨毯は汚して良いから横になるのじゃ。明日は4大成人に治療してもらいに西の国へ行くぞ。それに西の国には魂まで癒すという薬湯まであるからの。
今日はゆっくり休むのじゃ。」
ハシェルは万能バッグを探り出す。【西の国を歩こう】という本を取り出すためだ。西の国は昔は奴隷もいたが、今は主に貴族と聖人たちの国で絶対に魔女が近寄れない神聖さがある。庶民は白い岩盤に穴を掘って暮らしており、皆太陽神教なのだ。ハシェルは髪がない人はどうやって三つ編みにするんだろう…なんてことを思った。
パルはノアを寝かしつけたあとハシェルを見た。ハシェルは本をめくりながら真剣にその内容を読んでいた。
それを見てパルは優しく微笑んだ。
一方その頃魔術師教会にて。
「最近魔女が強くなってきている。これも扉が開いて3000年。漏れ出す魔力濃度が濃くなっている影響か?」
茶髪で髪を括った男性が白い髪の少女と、褐色の肌の、顔に仮面をつけた青年と喋っていた。茶髪の男性は東の番人アルデバラン、褐色の肌の青年は北の番人レグルス、白い髪の少女は南の番人フォーマルハウト。いずれも王家の星のメンバーだった。
「うん、そうだろうな!」
レグルスは快活に笑う。危機感など無い様子だった。
「もうそろそろ……アンタレスの継承者が、出てもいい頃……」
フォーマルハウトは白い髪を収めているスタンドカラーを整えながら控えめな声で言う。
「魔女が強くなったせいで、魔女関連の依頼を受けた見習い魔術師の数が魔女に殺され次々と減っている。これは問題だ。」
アルデバランは肘をつき額を両手の甲に当てた。
「そーいえば!暁卿のところは今度も勝ったんだろ?たった3人で!すげぇよな!3000年ブランクあるのにな!」
レグルスは椅子を前後に揺らしながら暁卿の話をする。
「暁卿か、まだお会いしたことがないな」
「俺も会ったことないぜ!」
「私も……」
3人はお茶を飲みながら茶菓子に手をつける。
「ねぇ……見習い魔術師への依頼は魔獣関連だけにして……級のついている魔術師に、魔女関連の依頼を回したら……?」
レグルスは茶菓子を飲み込みながら相槌を打つ。
「そうだな!俺もそれがいいと思う!」
するとアルデバランは首を振る。
「いや、見習い魔術師のうちに魔女との戦闘を経験させた方がいいだろう、師匠がいるうちに経験させた方がいい。なにせ魔女は蜚蠊のように湧いてくるからな」
レグルスはわははと笑う。
「そう言ってやるなよ!魔女も可哀想だろ?」
「だからといって人を殺していい理由にはならない」
「アル……辛辣……」
「ハウト、そういえば例の件、どうなった?」
「例の件?なんの事だ?!」
「レグルス……声大きい……」
フォーマルハウトはスタンドカラーに指をかける。彼女の口元は隠されていた。アルデバランは溜息をつきながら言った。
「……軍が、魔女と秘密裏に手を組んでいるんじゃないか、って話だ。」
フォーマルハウトは頷く。
「それと……もっと面白い話がある……」
アルデバランとレグルスに近くに寄るよう話す。
アルデバランとレグルスはフォーマルハウトの口元に耳を寄せた。そしてフォーマルハウトの口から出た言葉に困惑する。
「そんなことが有り得るのか……?」
「でも実際そいついたらやばいぜー!あっはっは!」
レグルスはふっと真剣な顔になる。
「西の国のガブラにも知らせるぜ!」
「ガブラって……あのがブラ……?」
「あぁ。あいつなら俺と以心伝心だし、大丈夫だろー!」
アルデバランは少し考えてから言った。
「暁卿にも、このことを知らせた方がいいだろう。」
するとレグルスが奇妙な提案をした。
「俺が、暁卿と契約するぜ!」
「え……?」
「成程、そういうことか。」
アルデバランは相槌を打った。
「暁卿を西の国の貴族であるレグルスのところで顧問契約すれば、王家の星の顧問魔術師という名目で、この話し合いにも暁卿は参加出来るし、情報も伝えられる、という事だな」
「そういうことだぜ!」
「分かった……」
レグルスは顔にかかっている仮面の位置を調整する。
「アルデバランも大変だな!軍人魔術師と、魔術師教会、どっちにも所属してるんだからなー!」
「軍に入っていれば、軍の動きが見えてくるからな。
心は魔術師教会にある」
「でも……アル…心配……最近軍の動き………怪しい…」
フォーマルハウトが心配そうにアルデバランを見つめる。
「大丈夫だ。では、もうそろそろ終わるか。」
「ああ!わかったぜ!俺は暁卿に声をかけてみるぜ!」
「私は……引き続き詮索……」
「俺は軍の内部で魔女との関与について確かめる、だな、」
3人は拳を作ってがつんと拳を合わせあった。




