西の国編エピソード1
10話 西の国
「おはよう」
パルが声を掛ける。
「おはよ……」
ノアが眠そうに言葉を返す。
ハシェルはと言うと、昨日夜遅くまで西の国について調べたからか朝だと言うのに疲れて眠っていた。
3人とも、体がボロボロだった。火傷のあとが酷く目につく。
だが、ヴェリティがくれた救急キットの薬のお陰でもう痛くはない。伸ばすと皮膚が突っ張るくらいだ。
ノアはぎこちない動きで背伸びをした。絨毯にところどころ薬が付いている。これはもう洗濯だろう。
「ハシェルー……起きてぇ……」
ノアがハシェルをゆるゆるとゆする。するとハシェルは目をぼんやりと開けた。パルの展望台は宇宙に近い、高いところにあるせいで四六時中夜なものだから今が何時か分からない。
「ハシェル今日は西の国に行くが、大丈夫か?」
パルが尋ねるとハシェルは頷く。
「すみません。大丈夫です……」
「うぅーん」
ノアは二度寝しようとしている。パルがノアの腕を掴み肩を持った。ノアは大きな欠伸をしながら口をむにゃむにゃ動かしている。ハシェルはそれを見ているうちに目が覚めてきた。
「おはようございます、パル」
「おはよう」
パルは優しい笑顔で返してくれた。
と、パルが軽くノアを揺する。
「ノア、起きるのじゃ。今日は西の国へゆくのだぞ。」
「えっへっへ……今日はおしゃれするんだから……」
ノアは半目でにまにまとしていてそんなことを言う。そしてようやく目が覚めたのか何度も目をぱちぱちしている。
ハシェルは台所に立って朝ごはんを作り始めた。まずはコーンスープを作る。その後ベーコンと卵を焼いて、サラダを作る。最後にパンをこんがりと焼き、出来上がりだ。
その間にノアは髪を纏め上げ、青いリボンをつけていた。
そして、パルに何時だか買ってもらったのか、チョーカーと青いイヤリングもつけている。ノアの青い瞳に似合って綺麗だった。
「ノア、今日は随分とお洒落ですね」
「えっへっへ、パルの子孫と会うんだもん!絶対やな奴って思われたくない!てことでオシャレしなきゃね!」
ノアはかなりウキウキな様子だった。パルはというと、普段より綺麗に手入れした艶々の杖をついていた。
「わしの子孫がいることはわかっておるからな。しょぼくれた杖を使っておると思われたくないからの。わしもお洒落じゃ」
するとノアはパルもお洒落だ!とキャッキャッと喜びその手を取る。2人は和気藹々としていて楽しそうだった。
ハシェルは2人の様子を微笑ましそうに見ていた。
そうこうしているうちに3人は準備が出来た。
「では、ゆこうか」
パルの両隣にノアとハシェルが立つ。いつものように地面に五芒星が現れ、月桂樹が周りを取り囲み、転移が始まる。
「楽しみ!」
ノアがいつにも増してワクワクしていた。
青い光に包まれた。次の瞬間、眩い日差しに3人は包まれた。
西の国は、一言で表すなら白と青だ。
白い砂浜、白い建物、青い空に青い海。
「青い海だー!初めてみたー!パルのところの海とは違うね!!」
ノアは初めて見る海に驚いている。
ハシェルも青い海は初めて見た。海は青と言うよりもエメラルドグリーンで、これにはきっと白い砂が関係しているのだろう、とハシェルは思った。実際パルのところは砂が黄土色だ。
「原理がわかっていても青い海って不思議ですね。
手前から先にどんどん青さが増していて、ほんとに海って美しいんですね!」
波音が耳に心地よくて眠たくなりそうだ。
白い神殿が何個も立ち並び、神殿の床近くには雲が包み込むように出ていた。日差しは強く、太陽の恩恵が直に感じられる。ノアは太陽を見上げ、陽の光に手を翳していた。
3人はいちばん大きな神殿の前に立っていた。白い薄衣が太陽を避けるためか、神殿の前にかけられている。
パルはその神殿の薄衣を捲り、中へと入った。ハシェルとノアも後ろに続いた。中へ入るとまず、三つ編みの女性たちが両側に1列に並んでいた。その奥に警備隊なのだろう、三つ編みの男の兵士が2人組でいた。パルはそれに臆することなく、進んでいった。パルの小柄な体格と大きな杖、そして褐色の肌を見て、警備隊が暁卿と気付いたのだろう、膝をつき、招き入れた。奥には四大聖人と思わしき4人の人物が寛いでいた。
1人は白い髪に青い瞳、白い肌で優しそうな顔だった。
1人は白い髪に褐色の肌、金の瞳で食べ物を食べていた。
1人は赤い髪に赤い瞳で、髪を括っており、剣を持っている。
1人は金の髪に金の瞳で、女性を侍らせていた。
ハシェルは初めて見る太陽神教の中核をなす存在に緊張した。
皆美しい顔で、顔に金の刺青が入っており特に金の髪の人は色気があるような顔をしていた。その人はこちらを見ても欠伸をひとつしただけで、何も言わない。白い髪に青い瞳の一際優しい顔の青年が嬉しそうに言う。
「パル様ですね!お待ちしておりました!」
すると、褐色の肌の青年が驚いたように言う。
「まさか!パルじいさまか!?」
パルは驚く。じい様と呼ばれたことと褐色の肌で確信した。自身の子孫だ。まさか子孫が四大聖人のひとりになっているとは思わなかった。ハシェルも、四大聖人のひとりが赤髪だと知らず、吃驚し、赤髪、意外といるんだな……と思った。
「16人いる兄弟姉妹にも、俺の双子の弟にも、パルじい様が来たって言わないとな!」
褐色の肌の青年は嬉しそうに笑う。
「その前に、皆の名前を聞いてもよいか?」
パルが手を出して話を止めると、褐色の肌の青年と赤い髪の青年と白い髪に青い瞳の青年が頷いた。
「俺はガブラ!!ガブリエルの加護を受けてる!」
褐色肌の青年は胸を張りながら言う。
「私はラフェット、ラファエルの加護を受けております」
白い髪に青い瞳の青年が恭しく頭を下げる。
「俺はマウリ、ウリエルの加護を受けている」
赤い髪の青年がはにかんで笑う。
「ハミカ」
金髪の青年はだるそうにその一言だけ呟いた。
ハシェルはその時気づいた。全員瞳の内側、瞳孔の部分が白く輝いている。これは四大天使の加護によるものだろうか。
そして4人とも、三つ編みをしていなかった。
それは魔導書に書いてあった、たしか、三つ編みの意味は太陽神、四大天使、四大聖人という意味だ。つまり一般の信仰者がするものであって、信仰される側の四大聖人は三つ編みでないのだ。
一方で金髪の青年が女性に囲まれていることに、ノアは嫌悪感を覚えたのか、苦言を呈す。
「人と話す時くらいはちゃんとしようよ!それに恋人をいっぱい作るなんて不誠実だよ!ちょっと嫌な気持ちになった!」
するとハミカは少し驚いたように目を丸くする。
ハミカの周りの女性たちも顔を見合せて思わず笑った。
そして女性のひとりが優しい笑顔でノアに語りかける。
「違う、違うのよ、私たちハミカの姉妹なの。」
「えっ」
ノアは驚きで固まっている。別の女性も口を開く。
「この子、私たちがいないとダメなのよ。」
すると若い少女まで、ハミカを庇った。
「お兄ちゃん甘えん坊なんです」
ハミカはのんびりとした口調でいう。
「勝手にいるだけです」
ガブラはわははと笑った後、パルににこやかに話しかける。
「そういやパルじいさん、てゆうか3人とも体中傷だらけじゃねえか!!どうしたんだ?ラフェットに直してもらうか?」
するとラフェットも火傷のあとに気づいたのか慌てる。
「本当ですね。傷だらけだ。痛みますか?」
3人は薬が効いて痛くなかった為、今の今まで火傷を治してもらうのを忘れていた。
「薬のお陰で痛くは無いのじゃが……治しくれるかの?」
その言葉を聞いて、マウリが三つ編みの護衛を呼びつける。
「ラフェットが治癒をする!いつもの大鏡を頼む!」
すると護衛たちはどこからか、ハシェルの背丈程はありそうな大きな鏡を持ってきた。ラフェットがその大きな鏡の位置を調整し始める。
「布をあげてください!、」
すると、入口付近にいた三つ編みの女性たちが長い木の棒を使って白い薄い玄関の布を上へと上げる。すると、玄関から強い日差しが入ってきて、パルたちの足元まで陽が射した。
ラフェットはさらに鏡の位置を調整し、パルたちに陽の光が当たるようにした。鏡に陽の光が反射して顔まで照らされてとても眩しい。だがラフェットはうんと頷いた。
「治癒しますよ。」
ラフェットが両手を掲げる。
「いつでもおっけー!」
「頼む」
「お願いします」
3人が口々に応えるとラフェットは目を閉じ歌い始めた。
「天に座します太陽神よ。その福音の陽の光によりて数多の傷痍を、万病を、傷付いた魂を癒したまえ。」
その瞬間陽の光が強くなる。まるで白く眩い閃光のような光が部屋の中に走る。3人は思わず目を閉じた。
暖かい春風が吹く。ノアが前起こした錬金術の春風とはまた違う、神聖さと荘厳さを感じる、神の息吹のような風が体を優しく包む。そして感じた、魔女の火傷が治癒していくのを。
ハシェルは少しだけ目を開ける。白い光の中で確かに、ラフェットの頭上に白い円環が周り光るのを見た。
風が一瞬にして吹き止む。3人はしっかり目を開けた。3人の体はすっかり治って傷跡ひとつ無くなっていた。だがパルはあの古傷は治らなかったようで少しガッカリしていた。ふと前を見ると、ガブラ、マウリ、ハミカはいつの間にかサングラスを掛けていた。光が眩くなるのをわかっていたようだ。
「治りましたね、良かった」
ラフェットは笑顔になる。ガブラ、マウリ、ハミカはよし終わったとばかりにサングラスを取る。ハシェルはサングラスは常備してあるのか?と疑問に思った。ラフェットが席に戻る。よく見ると、4人のいる席は白いクッションが敷き詰められていて、全体的にベッドやソファのような感じで、ふかふかで居心地良さそうだ。ラフェットが席に着くとガブラが話し始めた。
「パルじいさん、や、暁卿!話があるんだけどさ、
レグルスから話いってないよな?」
パルは心当たりがないようで首を振る。
「レグルス?王家の星のか?きとらんな。」
ガブラはあちゃーと額を抑えながら言う。
「実はさ、ここで話したいところなんだけど、人にはきかせられねぇ話があるからさ!!後で言うな!!」
「うむ、心得た」
ハミカが眠そうに欠伸をひとつする。
「暁卿がここへ来たのは火傷以外の理由もあるのか?
よかったら教えてくれ」
マウリがにこやかに問いかける。
パルは風で乱れた髪を整えながら答える。
「うむ。実はセラフィエルの予言のことでな」
するとマウリ、ラフェット、ガブラは微妙そうな顔をした。
「パルじいさんが死ぬとか予言したあれだろ?あれなー」
「パル様、その件につきましてはすみません」
ガブラはうーんと唸り、ラフェットは謝る。
「あれ、予言してる途中で集中力が切れちまったらしい」
マウリは両手を合わせてすまんと謝る。四大聖人にしり拭いをさせるとは、かなり上の人なんだろうか。ハシェルは尋ねた。
「あの、セラフィエル様ってすごい偉い方なんですか?」
マウリは頷く。
「俺たちの師匠ってところかな」
ラフェットもそれに続いて口を開く。
「ミカエル、ラファエル、ウリエル、ガブリエルの四大天使の上に、セラフィムが位置しています。セラフィムの加護を受けているセラフィエル様はとても長生きなんです」
ガブラはあははと笑う。
「長生きなのはいい事じゃねえか!でもセラフィエル様には会えないぜ!ここんとこずっと忙しくてやっと時間が出来て、久しぶりに羽を伸ばして西の離島に行ったからな!」
「そうか……」
パルはガッカリしたような、諦めたような顔をした。
マウリがあっと思いつき提案をする。
「暁卿、良かったら伝書鳩を飛ばそうか?1日もあればすぐ帰って来れる距離だからな!」
するとラフェットが強く同意する。
「それはいい。そうしましょう、パル様。
その間、薬湯に使って魂の傷を癒してください」
「わしはいいからこの2人を薬湯に浸からせてくれ」
それを聞いてガブラが口から息をふっと吐いて光の鳥を生み出す。光の鳥は白く輝いていて美しい。ラフェットがさらさらと紙に言伝を書き、右隣のガブラに渡す。ガブラは受け取ると手紙を光の鳥の足に結びつけた。
「よし!行ってこい!」
すると光の鳥はパタパタと羽ばたいて玄関から彼方へと消えた。ガブラはよっし!と手を叩く。
「パルじいさんは残ってくれ!話があるからな!えーとごめんな!名前忘れたけど赤毛と白毛のそこの2人は薬湯に案内するから侍女について行ってくれよな!」
名前分からなくてわりぃわりぃとガブラは謝りながら謝罪の意味も込めて片手をあげた。ハシェルとノアは三つ編みの侍女に案内され、薬湯へ行くことになった。中から行けるようで白い柱と天井の白い布を見ながら次々とそれらを通り過ぎた。
「西の国の薬湯ってどれほど効果が強いんでしょうね?」
「めっちゃ強そうだよね」
ハシェルとノアは喋りながら歩いていた。ハシェルはふといくら寛容な西の国でも流石に女湯と男湯は別れてるよな?と不安に思ったが、声には出さなかった。
「薬湯何色かなー?」
「どんな薬草を使ってあるかで変わりますね」
と、三つ編みの侍女たちが足を止める。着いたようだ。
一際大きな白い布が入口に掛けられている。侍女たちはその布を木の棒で上まで押し上げる。
「どうぞ、お入りください」
「ここからは、お二人でお進み下さい」
「奥へ進みましたら、薬湯がございます」
侍女たちが順番に案内を口にする。ハシェルはえっ、とたじろいだ。ノアと一緒に入るのだろうか、それはまずい。
女の子と一緒にお風呂に入るなんてアイに顔向けできない。というかそもそも恥ずかしすぎるというか、色々まずい。
ノアを見るとノアは何も考えてないのだろう笑顔で前髪をいじりながらルンルンと鼻歌を歌っていた。まずいこれはノアの前で男湯と女湯分かれてないんですかんなんて言ったら異性としてノアを意識してると思われてしまう。それは恥ずかしい。
うーんうーんと考え込んでいると突然肩を叩かれた。
「ひゃい!?」
「どうしたの。変な声出して。早く行こうよ。」
ノアは穢れのない無垢な瞳でこっちを見ている。ハシェルは焦って変な汗をかいてきた。ええい、ままよ、と声を出す。
「あ!あの!ノアって女の子ですよね?」
変な質問をしてしまった。しまった、とハシェルは数秒前の自分を殴りたくなった。猛省しながらノアを見る。と。
ノアはぽかんとした表情でハシェルを見ている。そして数秒たち、ノアはにやぁと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あー、そういうこと?」
「へ?」
ハシェルはノアの浮かべたその表情の意味が理解できず、困惑した。女性に対して女性ですよね、なんて失礼な質問をしてしまったのに、ノアはにやけている。そしてハシェルの耳元に口を寄せ、手で口元を隠してハシェルに囁く。
「僕、男だよ」
ハシェルは鼻血を吹いて倒れる。ノアがあれー?と首を傾げる。男?男!?今までの思い出が走馬灯のように巡る。そしてノアが頬にキスをしてきた思い出まで蘇った。ハシェルはなにかに目覚めそうだった。ハシェルは首を振る。だが、ノアだ。
あの、ノアなのだ。ハシェルはひとしきり悶絶したあとむくりと起き上がった。三つ編みの女性たちはあたふたとしていた。長いことハシェルは長考した。そしてハシェルはノアが見てきた今まででいちばん男らしい表情で言った。
「お風呂別にしてください」
ハシェルはゆっくり薬湯に浸かる。
浅葱色のような色のそれは程よく温かくて心地いい。
ノアとは天井で繋がっている。ハシェルは叫ぶ。
「ノアーー!薬湯どうですかーー?」
「きもちーーよーー!」
ノアの声が反響しながら聞こえてくる。やはり、別にしてもらって良かった。何も気にせずゆっくり浸かっていられる。パルの展望台では1人ずつ、シャワーを浴びるだけであった為、お風呂は久しぶりだ。薬湯に肩までつかり、鼻先まで沈む。
「ねぇハシェル!ぼくあったかいおふろ、
はじめてはいったーーー」
ノアの声が聞こえる。ハシェルは少し顔を上げ、尋ねる。
「ノアあったかいおふろはいったことないんですかー!」
少し間を開けて、ノアの声が帰ってくる。
「僕泉で水浴びとかはしたことあるけどーー
あったかいおふろははじめてーーー」
ハシェルはそういえば、と思い出した。ノアは幼い頃からパルに会うまでは教会の中で幽閉されて育ったと言っていた。
ハシェルはノアが暖かいお風呂、好きになってくれればいいな、と思いながら薬湯の中で体を洗う。と、ノアの悲鳴が聞こえた。ハシェルは吃驚して思わず立ち上がる。
「どうしたんですかノア!!」
「ささささっきの4人の人達の中にいた人が来てる!!!」
更にノアの悲鳴が聞こえる。ハシェルは慌てて全裸なのも忘れて、ノアの薬湯の方に走っていった。
「ノア!!!」
ハシェルは大きな声を出して風呂場に入る。すると、さっき四大聖人の中にいた、全裸の金髪の男性が面倒くさそうな顔をしながらノアを見ていた。たしか、ハミカさんだ。ノアはハシェルに気づき今度はハシェルのあれを見て悲鳴をあげる。ノアは布で身体を覆っていて恥ずかしそうに胸と下を抑えている。
ハシェルは股間を手で慌てて覆いながら薬湯の中に入り、ハミカの方に向き直り指をさして怒る。
「ノアに一体何をするつもりだったんですか!!」
ハミカはポリポリと頭を掻きながらため息を着く。
「ただ風呂に入ろうとしただけです」
ノアはぷるぷると震えている。
「ここ、女湯ですよ!?」
するとハミカは合点がいったのかあぁ、と声を漏らす。
「いつも姉や妹と入ってるのがこっちだったので……」
ハシェルはさっきの三つ編みの、ハミカの周りにいた女の人達を思い出す。ハシェルは指を下ろした。
「ハミカさんっておっちょこちょいなんですね」
「よく言われます」
ハミカはザボンと薬湯に浸かった。
ハシェルも肩まで浸かる。
何故か女湯に男3人が浸かるという奇妙な状況だった。
ノアはやっと落ち着いたらしく、顔の赤みが取れていた。
そして無言の時間が続き、ノアがそれに耐えかねた。
「あのさ。君って強いの?」
ノアがハミカに喋りかける。ハミカはのんびりと答える。
「セラフィエルの次くらいですね。」
ハシェルは驚く。セラフィエルの方が強いのか、と。
「セラフィエル様ってどれくらい強いんですか?4大魔女よりも強いんですか??」
するとハミカは顎をさすりながら考える。
「四大魔女が2人でかかってきても余裕で勝てるくらいには、」
ハシェルはさらに驚いた。四大魔女、といえば記憶に新しいのは屋敷の魔女エストゥルワ、所謂支配の魔女だ。
あの人にはパルでさえ、勝てないと思った。
ハミカが目をぐっと開けてこちらを見てきた。なんだか、こちらの心の中まで見透かされる様だ。ハミカは忠告してきた。
「君たち。暫く、魔女との戦闘はしない方がいいですよ」
「えっ」
ハシェルは思わず疑問符を口にした。
「なんで?」
ノアは興味津々で尋ねる。ハミカがぼんやりとした顔で言う。
「魔女との戦闘をしすぎです。かなり傷ついている。」
ノアは自分の体を見る。傷一つないよ?と首を傾げる。
だがハシェルには心当たりがあった。ハミカは続ける。
「体の傷じゃありませんよ。魂の傷です。」
「魂が見えるんですか?」
「ええ。なんとなく、ぼんやりとですが。魂は大体【a】、つまり【光】を放っています。その光は色々な色を持っていますが、大体聖人に近づくに連れ清く白く、魔女に近づくと淀み黒くなります。」
ハミカは欠伸をひとつする。
ハシェルはふとヴェニアの魔力吐きを思い出し、尋ねた。
「魔女は、魔力吐きのとき、苦しんでいるように見えました。聖人も魔力吐きの時は苦しいんですか?」
ハミカは驚いて目を丸くする。
「貴方たち、魔力吐き中の魔女にもあったんですか?」
ノアもヴェニアを思い出し、少し目を潤ませる。
「ヴェニア可哀想だったけど、すごく強くて死ぬかと思った」
「魔力吐きは魔女によって聖人によって様々ですが、一般的に魔力が強くなればなるほど作用は強くなります。」
ハミカは濡れた前髪をかきあげる。
「魔女は苦痛を、聖人は快楽を、魔力吐きの時に体験します。私の場合は心地いい、という感覚になります。まるで薬湯に浸かっているかのような。」
ハミカは遠くを見つめる。
「私の知っている範囲ですが、聖人の魔力吐きの時には羽が舞ったり、シャボン玉がふわふわ浮いたりします。」
ハシェルは想像して四大聖人が羨ましくなった。そんな魔力吐きなら、体験して見たい。
「そういえば、ガブラってめっちゃ兄弟いるよね。君もお姉さんとか妹めっちゃいるよね。聖人って兄弟沢山いるものなの?」
ノアが気になっていたことを尋ねた。
「基本的に聖人には太陽神系の一族がなりますね。その一族は子が沢山生まれる家系なので。基本的に四大聖人同士と王家とは親戚関係なんです。」
ハミカはのんびりと答えた。
「ガブラは確か、祖先のパルと結婚した……誰だったけな……」
ハシェルがその先に続く言葉を手助けする。
「パンドラさんですね」
ハミカはあぁ、と思い出したように頷く。
「そうそう……パンドラ。パンドラが太陽神系の一族なんですよ…」
ハシェルは疑問に思う。扉が開かれてから太陽神の一族が生まれたのかと思ったからだ。一体いつ、太陽神の一族は生まれたのだろう。その疑問に答えるようにハミカが話し出す。
「西の国に伝わる古い神話です。」
「ずっと昔、遠い過去の話。かつてこの宇宙には星々の精霊と太陽神と月神と石が眠る大地があった。」
ハミカは語り出した。遠い神話を。神々が宿るこの宇宙では、太陽神と月神がいた。太陽神は太陽の民と人を創造した。
太陽神は太陽の民に太陽の力を与えた。星々の精霊は人を祝福し、星の力を与えた。一方で月神は大地に眠る石を揺り起こし、魔獣として目覚めさせた。そして月の民を創造した。
月の民は月の力を与えられた。古来より、太陽と月は戦っていた。それは太陽の民と、星の民と、月の民と、石の民も同じ。太陽と星、そして月と石は戦いあった。それを嘆いた太陽神は扉を作り、魔法のない世界へ太陽の民と月の民、人をやった。石は眠りにつかされ、大地へ帰った。
そして魔法の力は神々の世界のものとなった――……。
ハミカは話終わる。ノアもハシェルも黙って聞いていた。
「でも、パルが扉開けちゃったんだよね」
「そういうことです」
ノアはよっこいせと薬湯から上がる。ノアの体からは仄かに薬湯のいい香りがした。ハシェルもそろそろのぼせそうだ。
ハシェルが上がるとハミカは欠伸を1つし、湯から上がった。
3人は湯から上がり、体を拭ってから服を着る。
ハミカはさっき四大聖人がいた方へ先に向かっていった。ハシェルノアは三つ編みの侍女たちに連れられ、ゆっくり元いた場所へ向かった。パルとガブラは重要なことは話し終わったようで、マウリ、ラフェット、ガブラ、パルは雑談をしていた。
マウリ、ラフェット、ガブラが3人に気づく。
「おかえりなさい」
「ハミカ待ってたぞ!どこ行ってきたんだ?風呂か?」
「やっと帰ってきたな」
パルは2人に気づくと手を挙げる。
ハシェルとノアも手を振り、パルに答える。
「パル。話は終わったんですか?」
するとパルは深刻そうな顔をした。
「あぁ。ソナタたちにも言えんことがある。
じゃが、あれは言っても良いかの?」
ガブラは頷く。
「魔女と、軍が繋がっておる可能性がある。それでな、色々考えた結果レグルスの顧問魔術師になるという話が出ておる。」
「えっ!?レグルス様ってあのレグルス様ですか!?」
ハシェルは驚く。ノアは首を傾げる。
「レグルスって誰?」
ガブラが溌剌とした声でノアの問いに見当違いな答えを言う。
「レグルスは俺の双子の兄貴だ!」
「王家の星のひとりですよ」
ハシェルもノアに答える。
「レグルスの力と名前はひいひいじい様のその前の代から受け継いでるからな。兄貴は多分だけど思いを受け継ぐの、大変だったと思うぜ」
とガブラはここにはいない兄に思いを馳せた。
「確か、星の力は思いを受け継ぐ特性から、その星の昔の術者の記憶を継承するんですよね。」
ハシェルは魔導書の記憶を手繰りながら話す。
「ま、そいうことだな!兄貴、力を受け継いで最初の1週間は寝込んでたなあ!懐かしいぜ」
そうして話し込んでいるうちに夕方になってしまった。
「宿と夕餉の支度をさせております。どうぞ御三方でごゆるりとお寛ぎください。」
ラフェットが優しい笑顔でそう言った。
「パルじいさんまたゆっくり話そうぜー!お前たちもまた!」
ガブラが3人に手を振ってくれた。
「またな!西の国のもてなし、堪能してくれ!」
マウリも剣を掲げ、見守ってくれる。
ハミカはと言うと……姉の膝枕で寝ていた。
3人は別れを告げ、玄関から外に出る。
日が傾き空が赤く染まる。下から上へ、黄色から赤、そして紫へ、こんなに綺麗な夕焼けは久しぶりに見た。
風が少し涼しくて真昼の暑さが嘘のようだ。
肺いっぱいに空気を吸い込む。西の国の空気は、パルの展望台の空気と似ていて優しい暖かい匂いがする。
「ハシェルの髪の毛って夕日の色だったんだ!」
ノアがはにかんで笑う。3人は指定された建物へ向かいながら、裸足で砂浜を歩く。砂は柔らかくて粒子が細かくて暖かい。
「砂、さらさらだね!」
ノアが嬉しそうに砂を蹴る。
「そうですね。…そういえばパルに質問があるのですが、西の国って何故太陽神教や聖人や貴族が多いのでしょうか。やっぱり景色がいいからでしょうか?」
「いい質問じゃ。太陽神教は太陽神を頂点としておる。そのため、太陽に近いところに住んで太陽の恩恵をより近くで感じたいという心理が働くのじゃ。よってこの地球の中で最も太陽が当たる国、つまりこの西の国に住むわけじゃ。」
「なるほど、では貴族が多いのは?」
「教養や支配の正当化というのもひとつあるが。貴族というのは死後もいい暮らしをしたい、天国に行きたいというものが多い。故に太陽神教の信仰が厚いのじゃ。」
「なるほど」
ハシェルとパルは話に花を咲かせていたが、ノアは2人の話している内容が分からないのか、腕を組み頭を捻っていた。
3人は宿に着いた。白い神殿のような建物で、白い布が入口にかけられている。玄関には三つ編みの女性たちが立っていた。
あの聖女の時のような白の威圧感はなく、そこには神聖さと清さだけがあった。
「皆様お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
三つ編みの女性がパルハシェルノアを見てて深々とお辞儀をする。ハシェルとノアもぺこりとお辞儀を返した。
木の棒で布が押し上げられ、中へ入ると上から白い布が垂れ下がっていた。ソファのような、ベッドのようなものが中央のテーブルをぐるっと囲むように半周していた。
テーブルの上にはたくさんの果物が置かれ、中央に豚の丸焼きが置かれていた。
「果物美味しそう!それにソファがある!」
ノアははしゃいでソファに飛び込む。
「はしゃぎすぎですよノア」
ハシェルはわらいながらノアの横に座る。パルもよっこらせ、と掛け声をいいながらゆっくり座った。




