西の国編エピソード2
11話 西の国
パルは座ると三つ編みの女性たちに声を掛ける。
大きな肉を何等分にも細かく分けてもらい、3人はやっとそれぞれ口に運んだ。噛めば噛むほど肉汁が溢れ出る。
3人は無言で食べ進めた。が、豚を4分の1ほど食べたところで3人は満腹になる。ノアは食後のデザートとばかりに皮をむいて切り分けてもらってから果物に被りつく。
机には色とりどりの、パッションフルーツ、マンゴーにパイナップル等のエキゾチックな果物が並んでいた。
「ほら、パル、あーん!」
ノアがパルへあーんと果物を口に寄せる。
パルはぱくりと食べ、うむ、と頷く。まるでおじいちゃんの介護だな…とハシェルは失礼なことを思った。だが、ノアはそこでは終わらない。ハシェルにも果物を差し出す。
「ほら、ハシェル、あーん」
ハシェルは昼間の出来事を思い出し、顔を真っ赤にした。
「あーん、……て、顔真っ赤だよハシェル」
ノアは笑い声をあげた。ハシェルはぷしゅーと音を立てて萎むように頭を下げる。
「勘弁してくださいノア……」
ノアはまた笑った。パルは昼間の出来事をいつの間にかノアから聞いたようで、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。
ハシェルは渋々恥ずかしい気持ちを抑えながらノアの果物を口に食む。パイナップルは瑞々しくて少し酸い。
「西の国は太陽の光が1番降り注ぐから果物がよく育つんですよね」
ハシェルは食べながら果物を見てそんなことを言う。
「帰りに誰かさんのためにジャムやピューレも買って帰ろうかの。とれたての果物で作ってあるから美味しいんじゃ」
と、ハシェルはふと疑問に思い尋ねる。
顔の火照りもパルと話しているうちにもう取れたようだ。
「そういえばパル、どうして展望台を西の国に作らなかったんですか?西の国出身ですよね?」
するとパルは渋い顔をした。
「西の国は良いところではあるがの。少々暑いからのう」
「あの展望台っていつも転移していますが一体どこにあるんですか?太陽が昇らないから北の大地ですか?」
するとパルはうむ、と頷く。
「実はハシェルの考察は惜しい。あの展望台は西の国と北の大地の境に位置しておる。その狭間の高いところに浮いておる浮島なんじゃ。緯度が高い故太陽が非常に低い位置にしか差さん。故にいつも夜のような光景なのじゃ。」
「北の大地って行ったことない!どういうところなの?」
ノアが興味津々に尋ねる。
「北の大地は山脈が険しく雪も激しく降る。1ヶ月に数回猛吹雪が襲い、人は中々住めん場所じゃ。だがそんな土地だからこそ魔獣が蔓延っておる。」
「魔獣ってどんな魔獣!?」
ノアは妖精を思い出し、ワクワクして尋ねる。
「そうじゃのう…一説には竜が住むといわれておる。」
「竜!?ホントにいるんだ!」
ハシェルは魔導書を思い出しながら言う。
「確か、魔獣の中で5割を占めているのが竜なんですよ」
「えっ!?そんなに!」
ノアは驚いた。
「竜!竜って翼があるやつとかうねうねしてるやつとか色々いたよね?北の大地にはどんな竜が住んでるの?」
パルはゴロンと横になりながら応える。
「うむ。その土地柄によって様々じゃから北の大地が一概にこれ、という言い方はできんのう。泥の中に住むものは蛙や蜥蜴のような見た目じゃったり、川に住むものは鰐のような見た目じゃったり海に住むものは鮫のような見た目じゃったりするな」
ノアやハシェルもソファのようなベッドにごろんとして、天井を見る。天井は吹き抜けの勾配天井で、夜空が見える。流石西の国だ。食べてすぐ寝れるようにこのようなベッドソファなのだろう。満腹でゴロンとしている間にも三つ編みの女性たちが皿や肉や果物を下げる。そして、冷たくて煙を上げている飲み物を持ってきた。
「暁卿様ココナッツミルクのお酒です、どうぞ」
するとパルは少し体を起こしこくりとそれを飲む。
そしてすごく苦しそうな顔をした。
「どしたの、パル」
ノアが呑気に鼻歌を歌いながらパルに尋ねる。
するとパルは困ったように眉を八の字にして言う。
「こんなにここの生活が極上じゃとは……辛いのじゃ、帰る時を思えば……わしの故郷じゃしの……」
ハシェルはその言葉を聞いて故郷を思った。
黒い魔女の闇の手に落ちたあの小さな村は、今頃どうなっているのだろうか。両親やアイの遺体さえ残ってはいなかった。
「故郷……が、あることは幸せなことですね」
ハシェルは悲しそうに微笑んだ。
ノアも故郷でいたぶられた頃のトラウマを思い出ししょんぼりとした。するとパルが立ち上がり2人の頭を優しく撫でた。
「わしも奴隷で若い頃は西の国が嫌じゃった。じゃが、時を経てみると不思議なものでの、いつの間にか嫌な思い出が良い思い出に変わっていたり嫌だと思っていた景色が懐かしくなったりするものなのじゃ。まだ2人は若い。これから故郷を懐かしく思い、思い出がいいものに変わるじゃろ」
パルは2人を愛おしそうに撫で、それから自分の定位置に戻った。パルは星の歌を歌って2人を寝かしつけてから、ゆっくりとココナッツミルクのお酒を堪能する。
「パル……」
ノアが眠たげな目を半分開けてパルを見る。
「どうしたんじゃ、ノア」
「僕も良い思い出の故郷を作れるかな?」
するとパルはノアの耳元に口を寄せる。
「故郷はどこにでもある。そこが自らの故郷じゃと思ったらそこが心の故郷になるんじゃ。心配せずとも良い。いつかきっとワシに見せてくれ、お主の故郷を」
ノアはこくりと頷いた。
「パルにいつか、僕がいい思い出で満たした故郷を見せるよ」
そうしてノアは目を閉じた。
次の日正午頃まで3人は寝ていた。朝日で起きるかと思われたが玄関の白い薄衣のお陰でのんびりと過ごせた。セラフィエルが到着するとの知らせを持って三つ編みの女性たちが起こしに来た。3人は身支度をサッと済ませる。ノアは今日は青いワンピースを着ていた。とても可愛らしくて、大人っぽかった。
3人は白いクッションの敷き詰められた玉座の前でセラフィエルを待った。するととてとてと幼い子供がかけてくるような音がする。
白い布が上に挙げられ、その人物は入ってくる。ハシェルはえ、と思った。最初、子供が間違えて入ってきたのかと思った。西の最高権力者で長寿ならばおじいさんのような見た目かと思ったからだ。
だが実際はセラフィエルは背が低く童顔で、薄いプラチナブロンドに金の瞳で可愛らしい見た目をしていた。
「可愛い!」
ノアが叫ぶとセラフィエルはポーズを作る。
「ほれ、わし、可愛いじゃろ?」
更に両手をグーの形にして顎をその上にのせ、きゅるんと瞳を潤ませる。そしてグイグイとパルによっていく。
「ほれほれ」
「セラフィエル」
「遠慮せずともよい。かわよい、と言っても良いのじゃぞ?」
「いい加減やめんか」
まるで2人は保育園児のようだが、言葉はその歳月を感じる。
セラフィエルはノアに近寄るとノアのリボンを勝手に解いて取った。ハシェルは思わず口を開けた。次の瞬間セラフィエルはそのリボンを自分の三つ編みにつけ、また可愛こぶる。
「リボンをつけたわしは世界一かわよいじゃろう?そちたちも楽にして良い。世界一かわよいわしが許してやろう。」
ノアはそれを見て悩みながらもかわいい、と言う。
するとセラフィエルは指を指す。
「お主わしのかわよさがわかるのか!?」
ハシェルはその一連の言動に幻滅した。
西の国の最高権力者だと言うのに、口を開けば己の可愛さを誇示するばかりだ。ハシェルはげんなりしながらパルに言う。
「あの……セラフィエル様ってこういう方だったんですね…」
パルは苦笑しながらもハシェルに答える。
「セラフィエルは昔からああでの。わしが昔屋敷で奴隷だった時に、別の屋敷の使用人をやっていての。よくわしのいた屋敷に遊びに来ていて、そこで知り合いになっての。その時からセラフィエルは自分の可愛さを周りに振りまいておった。」
セラフィエルは可愛子ぶりながらパルに指を指した。
「パル!お主若人の前で昔の話をするでない!わしがおじいちゃんと思われてしまうではないかーー!!」
パルはくすりと昔を懐かしむように楽しそうに笑った。
「パル、お主が居なくなってからというもの、パンドラの面倒はわしが見たんじゃからな。その孫の孫、お主からしたら子孫の赤子まで抱いたわい。感謝せい。」
セラフィエルは今までの苦労から腰が痛いのか腰をさする。
「いたた…今までの苦労から腰痛が出た、パル、お主が治療するんじゃ」
するとパルはぱぁん!と強くセラフィエルの腰を叩いた。
「いたーーいのじゃ!!何をするかお主!?」
「仮病も大概にせい。ほら、本題に入るぞ。真面目にせい。」
するとセラフィエルはノアにリボンを返し、今までのふざけた様子から一転して真剣で冷徹な権力者の顔に変わった。肩で風を切るように自信満々に前へと進み、中央に置かれた玉座にどっかりと座る。そして方肘をつき、頭を乗せる。
「よいじゃろう。座れ。何から話したい?」
3人は玉座の前に地べたに座る。
床もクッションがあり柔らかくて膝や足は痛くない。
「セラフィエル、お主予言を途中で放り出したな」
パルが非難するように言うとセラフィエルはため息を着く。
「その事か……」
そして考えるように目を閉じ、すっと目を開けてパルを見る。
「わしは太陽神の力を使って予言を行っておる。
太陽神の予言の声が途中で途切れたのじゃ
つまりじゃな……太陽神の力が弱まっておる。」
パルは動揺したように片眉をあげた。
「どういうことじゃ」
「うむ。その疑問に応えよう。実は今現在、太陽神というのは、聖人の命で成り立っておるんじゃ」
セラフィエルは確かにそう言った。
「どういう事じゃ?セラフィエル」
パルが静かにセラフィエルに問う。
するとセラフィエルが足を組みなおす。
「長い年月を経て魔法の力を放出しすぎたせいで太陽神の力が弱まっておる。太陽神は光とともに膨大な魔力も放出しておるからの。また、太陽嵐の度に太陽からは一気に魔力が放出される。扉が閉まっていた時には放出された魔力はまた太陽にもどるを繰り返しておったが今は違う。パル、そなたが扉を開いたからじゃぞ」
セラフィエルは批判的な目でパルを見る。
「あの、聖人の命で成り立っているとはどういうことですか?」
ハシェルはセラフィエルに問いかける。
「かつて生きてきた4大聖人たちは皆、寿命は300年ほど。太陽嵐の周期と同じじゃ。そして一般の聖人の寿命は100年ほど。その太陽神の魔力を帯びている聖人の魂は太陽神の元へとかえり、減りつつある太陽神の寿命を繋いでおる。」
セラフィエルは微笑む。
「ラフェット、ガブラ、マウリ、ハミカ。ずっとその名前を襲名し続け、あの子達で10代目じゃ。」
「あの人たちも300年で死んでしまうんですか?」
「そうじゃ。そして魂は太陽神のもとへ行き消滅する。聖人は輪廻転生が起こることは無いのじゃ。」
ハシェルはなんだか、悲しいような辛い様な胸がキュッとする感覚に襲われた。
「じゃがそれは魔女も同じ。魔女も死ねば月神の元へ召喚され、その魂は月神に喰われる。つまりそれは力の代償なのじゃ。じゃが厄介なことがある。月神は今現在太陽神よりも力を蓄えておる。」
「なんじゃと。それはまずい。どういう状況じゃ?」
パルは身を乗り出してセラフィエルに問いただす。
「わしの観測では、月神のほうが400倍、魔力総量が多い。」
ハシェルは驚く。
「えっ!?そんなに!?」
パルも思わず杖を落とした。
ノアはなんかすごーとあまりわかっていない様子だった。
「わしのおらん間にそんなに酷い状況になっとるとは……」
セラフィエルは深刻な顔で肘を着いた。
「わしも、まさかお主が月神に閉じ込められて早3000年の間にここまで月にやられるとは思っていなかったぞ。」
「なんじゃ、月にやられるとは。他に何かあるのかの?」
「聞いとらんのか。最近星の魔術師が月の魔女に次々とやられておる。それだけでない、一般の聖人たちも魔女共に次々と喰われておる。」
「喰われるんですか?」
ハシェルは思わず尋ねた。
喰われるとは、そのままの意味なのだろうか。
「ああ。その魔力を帯びた魂が太陽神の元へ帰らんように魂を食うのじゃ。魔女に出会い負けた聖人たちは見るも無惨な姿で発見されておる。ややもすると、4大魔女が完全復活したのかもしれぬ。」
「4大魔女か……たしか数十年前飢餓の魔女が、四大聖人の1人をさらったとかカプリコーンが言っておったな。それでその四大聖人が死んだ後、飢餓の魔女も自滅したとかなんとか」
「あぁ…あれは痛ましい事件じゃった。当時のラフェットがさらわれての。そのラフェットは歌が上手くての、聖歌隊に入っておった。まだ幼かったのに、本当に痛ましいことじゃ、あの悲劇を繰り返さんよう、今は四大聖人は1箇所に集まり魔女が何人襲いかかって来ても良いようにしておる。」
あぁ、とハシェルは納得した。その事件があったから四大聖人は集まっているのかと。そして疑問に思った。何故、セラフィエル様は長生きなのだろうか、と。
「あの、セラフィエル様」
「なんじゃ?」
「セラフィエル様って何故3000年も生きていらっしゃるのでしょうか?」
するとセラフィエルはふむ、と顎を摩る。
「わしが思うに、わしの身体は変化しつつある。」
「変化?どんな変化?」
ノアが不思議そうに尋ねる。
「わしの体は魔力を使う度、段々とセラフィムそのものになり始めておる。扉が開かれ、神々の世界との隔たりがなくなってからこの世界も神々の世界に同化して行っておるのを感じる。あと数年もすればこの地上には魔力が満ち、全てのものが魔法を使えるようになるじゃろう。」
そしてセラフィエルはハシェルを見た。
「お主のような無魔力者がいることが、ワシにとってどれだけ救いになっておることか。」
ハシェルは驚いた。魔法が使えないことは言っていないはずだ。どうやって気付いたのだろうか。そこでふと、思いつく。
「魂を、見れるんですか?」
ハミカはぼんやりと見えると言っていた、ならばその上の存在であるセラフィエルは見えるだろう。
セラフィエルはハシェルの目を見つめ応える。
「いかにも。お主の魂はまだ何色にも染まっておらぬ。透明じゃ。白でも黒でもましてや青でもない。美しい魂じゃ」
「じゃあパルの魂の色と僕の魂の色は?」
ノアは自分の魂の色が気になるのか前のめりで尋ねる。
「うむ。2人とも真っ青じゃの。特にパル、お主は閃光のように目が痛い青じゃ。もう少し落ち着いた色にならんのか」
パルはふぉっふぉっふぉっと楽しげに笑う。
「魂の色を変えることなどできるわけもない。お主こそ髪の色をもう少し落ち着いた色に出来んのか」
ハシェルはふと聖人たちの髪の色と、目の瞳孔の中にあった輝く白い光を思い出し尋ねた。
「聖人の方は目に白い光を宿していますね。これって魔女の爪の色が黒になるのと同じくらい当たり前のことなんですか?」
するとセラフィエルは頷く。
「一般的には普通の聖人以上、つまりは7大聖人及び四大聖人が瞳に光を宿すと言われておる。逆に魔女は七大魔女及び4大魔女の者は黒い円環を頭上に宿すと言われておる。普通の聖人は白い円環を、魔女は黒い爪を宿しておる。」
「確かに、4大魔女と戦った時、黒い円環が頭上に回っておった。4大魔女は全員復活したのじゃろうか」
「さっき言った通り、それは推測でしかない。ただ、お主たちが支配の魔女を観測したように、病の魔女も観測されておる」
セラフィエルは肘を着く向きを変えながら話す。
「4大魔女が4人全員観測されるのも、時間の問題かもしれぬ」
パルは深く頷いて、背伸びをした。
「うむ。話したいことは話し終わった。確認したいことも確認できた。そろそろお暇しようかの。」
ノアはその言葉を聞いて一気にぐだーっと背中を後ろへ倒した。だがハシェルはセラフィエルに聞きたいことがあった。
「太陽神の力が弱まっている、とのお話でしたが、それはつまり、四大聖人の力も、セラフィエル様のお力も、弱まっている、という認識でいいのでしょうか?」
セラフィエルは少し考えたあと深刻そうな顔をした。
「その通りじゃ。わしは少し前までは4大魔女に対し、2人かかってきても片手で倒せるほどの力を持っておった。じゃが、今は1人と戦って真剣勝負で勝つくらいには落ちてしまった。四大聖人でいえば、ハミカ、あの子以外の子はまだまだ弱い。4大魔女と戦ってギリギリ勝てるかどうか。」
「それはこれから四大聖人の方々が修行をすれば変わりますか?」
セラフィエルは首を振った。
「それは分からぬ。今まで太陽と月で均衡が取れていたものが崩壊しつつある。これから修行を積んであの子たちがどこまで強くなれるか、ワシにもわからん。」
セラフィエルは頭を上げ、姿勢をただし言った。
「いまや魔女は、われら聖人たちと星の魔術師たちとで手を組まねば勝てぬ」
そして目を瞑り予言を思い出すように話す。
「これからパル、お主の予言した通り、激動の時代が来る。とてつもなく大きな荒波が我らを飲み込まんとしておる。」
パルも予言を思い出し歌うように言う。
「3000年後4人の運命の子に依って世界の命運が決まる。
滅びの道か楽園への道かはその子等により決まる。
世界を未来へ導く運命の子は一人だけだ。」
「そういう事じゃ」
そしてセラフィエルはノアとハシェルに近くに来るように言った。2人は玉座の足元へ行く。
「跪くのじゃ」
セラフィエルの言葉にハシェルとノアは従う。
するとセラフィエルはふっと白く輝く息を吹きかける。
キラキラとあたりに白い光が舞い散る。
「お主たちへの祝福じゃ。魂を守ってくれるじゃろう。」
ふたりはセラフィエルへお礼を言い、パルの元へ戻った。
パルは立ち上がりハシェルとノアの背中に手を置く。
「心配せずともわしがこの子達を死なせはせん。」
するとセラフィエルは楽しげな笑みを浮かべた。
「お主と話が出来てよかった。また何時でも遊びに来い。
待っておるぞ、たまに島へ行くがな」
3人ともセラフィエルに背を向ける。パルは最後にセラフィエルに片手を上げた。また会おう、友よ、という意味を込めて。
3人は宿に帰り、帰る準備をし、三つ編みの女性たちに礼を言ってから、街へと繰り出した。白い岸壁に洞窟式住居が立ち並ぶ。街の人々は多くがパルのように褐色の肌で、活気に満ち溢れていた。港まで出ると、カンカンカンとワイヤーが船のマストに当たる音が聞こえる。競りの大きな掛け声も耳に入り、初めての音や声にノアは目を輝かせていた。屋台も多く出ており、街の人々が多く通行していた。
「そこの赤毛の旅人さん!ジャムはいかがだい!?」
少し体格のいい小麦色の肌の金髪の中年女性がハシェルをみて声をかけてくる。パルがほう、とハシェルの前に歩み出る。
「なんのジャムがあるのじゃ?」
「まあ!可愛い坊ちゃんだねえ!味見するかい?」
「うむ。全部味見しよう」
ハシェルは暁卿と名乗らないパルを見てえっ、と思ったが声には出さなかった。港の船を見ていたノアも後ろでパルが味見しているのに気づいたのかこちらに近づいてきた。
「まあ!可愛いお嬢ちゃん、いらっしゃい!お嬢ちゃんも味見するかい、これはマンゴーのジャムで、オススメだよ!」
ノアは味見用のスプーンにマンゴージャムを乗せてもらい口に運ぶ。そして目に星が輝いた。
「おいしい!」
「美味いな。これをひとつ貰おう。」
「はいよ!あんた達も太陽神教の信者の人かい?」
「うん?違…んっ」
「そうじゃ。最近うっかり3人とも断髪して三つ編みはしていないが太陽神教じゃよ」
違う、と言いかけたノアの口を封じパルは平気で嘘を言う。ハシェルは思わずそんな嘘で通用するわけない、と思ったが。
「あらまあ、災難だったねえ。ほら、このパッションフルーツジャムとパイナップルジャムも持っていきな!」
なんとふたつもオマケしてくれたのだ。ハシェルはおもわずぱるを見た。人の善意に漬け込むようで、ハシェルは気が引けた。だが、当の本人はこちらを見てニンマリ笑っている。パルはわざと普段より若い声を作り猫なで声でお礼を言う。
「お姉さん、ありがとう!」
「あらー!可愛いね!」
そして撫でられている。まるでセラフィエルのようだ。
だが言ってしまったらパルは気にするかもしれないので辞めておいた。思った他高かったようでパルは銀貨5枚と聞いて目を丸くしていた。払い終わってジャムを3瓶受け取る。パルはジャムをしまいながら店を後にしながら言う。
「西の国はどれも高いの…お得に変えたから良いものの…
もう高いものは買わんぞ」
だが次に目に入ってきたのは酒屋だ。どことなく妖艶な雰囲気の肩を出した、金髪の擦れたような見た目の女性が煙草をふかしながら売っていた。
「いらっしゃい御三方…当店一押しはこのココナッツミルクのお酒さ…この西の国の名産品でねぇ…金貨3枚ぽっきりだ」
金貨3枚といえば銀貨30枚分だ。どう考えても高すぎる。
するとパルは昨日のお酒の味を思い出し無言で金貨を置く。
「ねぇパル高いものは買わないんじゃなかったの?」
「パル、それはあまりにも高いんじゃないんですか?」
二人が思わず突っ込むとパルは堪らず両手をあげて抗議した。
「うるさーい!!そなたら老人の楽しみを奪う気か!」
ハシェルが金貨を取ろうとすると女性がサッとその金貨を懐にしまった。間に合わなかった、女性はニコニコしている。
「毎度~」
パルは先程のようににんまりと笑って酒瓶をみている。ノアとハシェルはげんなりしながらハシェルの万能バッグの中にジャムと同様お酒の瓶をしまう。女性は丁寧にココナッツミルクの商品を見せながらパルにお酒の作り方を教えている。
「いいかい、ミルクと合わせてもよし、パイナップルジュースやマンゴージュースとも合わせてもよし、もう少し強くして飲むんだったらほかのコーヒーやヘーゼルナッツなんかの豆系のリキュールと合わせてもよし、ホワイトラムとも合うねえ。」
パルはほうほう、と頷いている。説明を聴き終わったあと、パルはその女性に礼を言い、8芒星の髪飾りをひとつ譲った。
女性はそれを三つ編みにつけながら手を振る。3人は手を振りながらその屋台を離れ、魚の競り場へ向かった。売り場の魚は生き生きとしていて大きい。今日の夕飯にはぴったりだろう。
「らっしゃーい!今日もいいの入ってるよ!!魚にあう魚醤も売ってるからそっちもセットだとお買い得だよ!」
それを見てパルはまた金貨袋を取り出した。
「パル買いすぎじゃないですか?」
「大丈夫じゃ。さっき買った酒と合わせたらと思うと…うむ、やはり買うしかあるまい!うむ!その白身魚の切れ身3つに魚醤をひとつ頼む!」
「まいどー!合わせて銀貨3枚!うちは安いだろー?!」
「安い!!」
ハシェルは思わず声を出し、サッと万能バッグを開けた。魚3切れと魚醤がジャムひと瓶より安いとは大したものだ。加工品でなく素材を買っているから安いのだろうか。
ノアは魚に興味津々で恐る恐る触っている。
「この辺は海水浴場もあるから行くといいよ!あーでも魚の切り身を持ってるからなあ、暑さでやられちまうか、」
「大丈夫です!このバッグ保冷なので!」
ハシェルが嬉しそうに自慢すると褐色肌の店主は笑う。
「そうかい!なら行くといい!きっと驚くぞ!」
そして3人は海水浴場へと向かった。白い砂浜にエメラルドグリーンの海。観光客や地元の人々も海で泳いでいる。
「泳いでいい!?」
ノアはそういうと青いワンピースのままざぶんと海の中に入った。ハシェルも下着になり海の中へ飛び込む。パルは2人の洋服を拾いながら錬金術で日除けの天蓋を出し、浜辺でくつろいでいた。海の中は遠浅で、珊瑚のあるところだけ、上から見ると魚が沢山泳いでいて美しい。
海の中に顔を沈めると魚がキラキラと水中で輝いている。
赤や青の魚が珊瑚の中に見えた。ノアも大きな貝を見つけたようで、手を振りハシェルに合図する。
ハシェルはノアに近づくと水面をあっと指さした。
魚の群れがハシェルとノアの間を通る。ノアも気づいたのか、嬉しそうに笑う。ハシェルとノアは少し遠くまで歩いた。
すると遠浅の海が急に底が見えないほど深くなっていた。
島ほどある大きな海月を遠くの水中で見つけた。
クラゲの影は大きく下の方まで触手が垂れていた。
2人はヴェニアの出した海月を思い出した。
「あの大きさは魔獣ですね、何百年生きてるんだろう」
「あれ、魔獣なんだ、でっかいクラゲだと思った!」
「クラーケンの類だと思います、僕も初めて見ました」
そしてふたりはパルの方へ歩いていく。
「パルー!でっかいクラゲいたよー!」
嬉しそうなノアの顔を見てハシェルは辛い故郷を思い出したノアの為にパルがこの時間を作ったんだろうと思った。ノアは手を振ってパルに合図する。パルも手を振りハシェルの万能バッグからピクニックラグを取りだし敷く。
2人は思う存分海を堪能してピクニックラグに倒れ込む。
「2人とも西の海は初めてじゃったか?これからも魔女との長い戦いが続くと思ってな。少しは気休めになればと思ったんじゃ」
「ありがとう!」「ありがとうございます」
「楽しかったじゃろ?わしも昔よく屋敷を抜け出してパンドラやセラフィエルと一緒に泳ぎよった」
パルは昔を懐かしむように翡翠の瞳を細める。
3人はそのまま夕方までピクニックラグの上でうだうだしていた。夕日がゆっくりと沈んでいく。赤い太陽が地平線に姿を消し。観光客や地元の人があちこちで砂浜から少し上がったところでパーティーやバーベキューや花火を始めた。
「わしらもそろそろ我が家へ帰るかの。」
パルはそういうと立ち上がる。
「えーもう帰るの!?」
ノアはとてもガッカリした様子で渋々立ち上がる。
ハシェルも立ち上がり、ピクニックラグと日除けの天蓋を片付ける。パルの両隣に2人は立ち、転移を始める。青く眩い光が輝いたことで、周囲から歓声が上がる。そしておもわず一斉に群衆は歓喜の聖歌を歌い始めた、優しい響の聖歌に包まれながら、3人は目を閉じ月桂樹に包まれ転移した。
賑やかな西の国からいつもの静かな空間へと移り変わる。
「帰ってきたね。」
ノアが背伸びをしながら言う。
ハシェルも何となく落ち着き、欠伸を思わず漏らした。
3人は展望台へと向かう。砂浜に貝殻が打ち上げられていてきらきらと月の光に照らされている。ノアは夜風に当たりながら西の国の思い出を振り返る。
「西の国綺麗でしたね」
「ああ。思ったよりは変わっておらんかった」
パルは安堵したように呟いた。
そして展望台へ着く。すると中からブツブツと独り言が聞こえた。3人は警戒心を露わにする。誰かが、侵入している。
ノアはふつふつと毒球を体から沸き上がらせ、パルは杖を取りだし、ハシェルは大剣を構えた。パルが先頭に立ち、扉を開けた。そこに居たのは――――……。




