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魔王を倒した後に始まる物語  作者: にめ


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memory 137 久しぶり、アズル!

# memory 137 久しぶり、アズル!


 王城の廊下は静かだった。


 静かであることは、安心ではない。

 静かであることは、整っているということだ。

 整っているということは、余計なものが排除されているということだ。


 アズルは、つい剣に指を伸ばしそうになった。


 けれど、触れない。

 ここで剣に触れたら、それは“結論を急ぐ”になる。


 結論はまだ出ていない。

 和平も、戦争も、魔族統一も。


 それなのに、足元だけはもう動き始めている。


「ねえ、アズル」


 ブランがアズルの腕に絡みついたまま、嬉しそうに囁いた。


「家、窓が多いのがいいんだよね。ブラン、カーテンは白がいい」


「……家の話、早い」


「早くない」


 即答。


 ルージュが後ろからため息をついた。


「早いわよ。王都の家なんて、まだ書類の上の話でしょう」


「書類ってなに?」


「……いいえ、今はいい」


 ヴェールが小さく笑った。


「夢を見るのは悪いことじゃないよ。夢が押し付けにならなければ」


 ノワールは、相変わらず無言だ。

 ただ、アズルの反対側に立っている。

 ブランが右腕を捕まえているから、左側。


 その位置が、自然すぎて、逆に怖い。


 ――いつの間に、こんな日常の配置になった。


 アズルがそんなことを考えた瞬間。


「アズルよ」


 背後から、声がした。


 新国王。


 まだ若い。

 だが、その声には迷いがない。

 迷いがないのに、結論を持たない。


 矛盾しているようで、矛盾していない。


「少し、時間をもらえるか」


 命令ではない。

 願いに近い。


 アズルは足を止め、頭を下げた。


「はい」


 ブランが小さく眉を寄せる。


「ブランも行く」


「もちろんだ」


 アズルが言うと、ブランは胸を張った。


 新国王は一行を別の部屋へ案内した。


 応接室とはいっても、さっきの部屋よりさらに小さい。

 壁に飾りは少なく、窓は一つ。


 扉の外に護衛の気配があるが、ここでも中には入ってこない。


 新国王は扉の前で、いったん足を止めた。


「会ってもらいたい者がいる」


 ブランの指が、ぎゅっとアズルの袖を掴む。


 ルージュが視線を鋭くする。


 ヴェールは表情を変えず、ただ呼吸を整えた。


 ノワールは一歩前に出て、扉とアズルの間に自然に立った。


 守る。

 奪わない。


 その両方。


「……誰ですか」


 アズルが問うと、新国王は答えた。


「我が娘だ」


 それだけ。


 扉が開く。


 最初に見えたのは、金色だった。


 光の塊みたいな髪が、肩で揺れる。

 その下に、均整の取れた輪郭と、強い目。


 そして、視線が止まる。


 彼女は部屋に入ってくるなり、迷わずアズルを見た。


 王女の娘。


 そう呼ぶには、あまりにも“個”が強い。


 新国王が、淡々と告げた。


「我が娘――セレフィアじゃ」


 セレフィア。


 その名を聞いた瞬間、アズルの胸の奥が微かに震えた。


 知らないはずの名前。


 なのに、知らない気がしない。


 セレフィアは一歩前に出て、にっこり笑った。


「……久しぶり、アズル!」


 部屋の空気が止まった。


 止まった空気の中で、ブランが瞬きをした。


 ルージュの眉が跳ねる。


 ヴェールが口を開きかけて閉じる。


 ノワールの影が、わずかに濃くなる。


「……え?」


 アズルの口から出たのは、それだけだった。


 セレフィアは、さらに笑みを深くした。


「覚えてる? 城の庭」


 その言葉が、鍵だった。


 アズルの脳裏に、鮮やかな光景が流れ込む。


 青い空。

 白い石の庭。

 木剣。

 汗。


 幼い自分。


 金色の髪の少女。


 少女は、転びそうになりながらも必死に追いかけてくる。


> 『アズル、待って!』


 幼い自分が振り返り、笑う。


> 『追いつけたら、聞いてやる』


 少女が追いついて、胸を張る。


> 『私、将来、アズルのお嫁さんになるの!』


 幼い自分が目を丸くする。


> 『……なんで?』


> 『だって、アズルは世界を平和にするんでしょ』


> 『平和にする人には、支える人が必要だもの!』


 そして。


 指切り。


> 『魔王を倒したら、結婚してやる』


 軽口みたいな言葉。


 けれど、少女の目は本気だった。


 ――その場面が、まるで昨日のことみたいに蘇る。


「……!」


 アズルは頭を押さえた。


 痛いわけじゃない。


 記憶が、繋がる。


 繋がってしまう。


 ブランがアズルの顔を覗き込む。


「アズル?」


 ルージュが低い声で言った。


「……まさか」


 ヴェールが恐る恐る尋ねる。


「……ほんとに、知ってるの?」


 ノワールが一歩、さらに距離を詰める。


 アズルは、息を吐いた。


「…………これは」


 言葉を探す。


「記憶があります」


 沈黙。


 部屋の温度が、わずかに下がった気がした。


「えーーーーー!!」


 ルージュとヴェールが同時に叫び、ノワールは叫ばない代わりに目で叫んだ。


 ブランは叫ばなかった。


 叫ばずに、じっとセレフィアを見た。


 セレフィアは、満足そうに頷いた。


「やっぱり」


 まるで、戻ってくることを知っていたみたいに。


 そして、彼女は一礼した。


「セレフィア・アルトリア。王家の娘です」


 名乗りは礼儀。


 その後、礼儀を粉砕する言葉が続く。


「私と結婚してください!」


「ちょっと待て!」


 アズルが反射で叫ぶ。


 ブランが腕をさらに強く掴んだ。


「ブランの旦那さんだよ」


 言い方がもう確定している。


 ルージュが杖をカツンと床に打った。


「ブラン……その言い方は後で直しましょう」


「直さない」


 ブランは即答。


 ヴェールが必死に場を整えようとする。


「えっと……落ち着こう。えっと……約束って、どんな約束?」


 セレフィアが即答する。


「魔王を倒したら、結婚してくれるって」


 ルージュが即座にアズルを指差した。


「したの? 約束、したの?」


 ヴェールも同じく。


「したの? アズル……」


 ノワールは短く言った。


「……した?」


 圧が強い。


 アズルは喉を鳴らす。


「……子どもの頃の話だ」


「だから?」


 ルージュ。


「だからって何?」


 ヴェール。


 ノワールは言わない。

 言わないことで圧を増やす。


 セレフィアは、少しだけ頬を膨らませた。


「子どもの約束を笑うの?」


 その一言が、鋭かった。


 笑っていない。


 笑えない。


 アズルは言葉を選ぶ。


「笑ってない」


 セレフィアは微笑む。


「ならいい」


 切り替えが早い。


 ブランが、ようやく口を開いた。


「……いつの話?」


 怒っていない。


 奪おうとしていない。


 ただ、知ろうとしている。


 セレフィアはブランを見て、堂々と答えた。


「私が七つで、アズルが八つの頃」


「……ブラン、まだ生まれてない」


 ブランが真顔で言う。


 ルージュが頭を抱えた。


「そういう問題じゃない!」


 ヴェールがくすっと笑ってしまい、慌てて口を押さえる。


 ノワールはブランの耳元に小さく囁いた。


「……今が大事」


 ブランが頷く。


「うん。今、アズルはブランの隣」


 その言葉に、セレフィアが目を細めた。


「……隣は、譲れない?」


 ブランが即答する。


「譲れない」


 火花が散った。


 火花は魔法ではなく、言葉から散る。


 新国王は、その火花を止めなかった。


 止めない。


 止めれば管理になる。


 彼女は、ただ事実だけを置いた。


「アズル」


 呼ばれて、アズルは背筋を伸ばす。


「娘は、嘘をついておらん」


 新国王の声は淡々としている。


「そして、お主も嘘をついておらんようだ」


 アズルは反論できない。


 嘘をつけない。


 剣と同じで、嘘をつけば刃が鈍る。


 新国王は続ける。


「娘は、待っていた」


「待つのは、王家の教育ではない。

個の選択じゃ」


 セレフィアが胸を張る。


「私は、待ちました」


 それは圧ではない。


 要求でもない。


 ただの事実の提示。


 だからこそ重い。


 ルージュが眉をひそめる。


「……王家の娘として、政略結婚とかじゃなくて?」


 セレフィアは即答した。


「違いますわ」


「私は“約束の相手”として来ました」


 その言葉が、ブランの胸を少しだけ刺す。


 “約束の相手”。


 自分は、約束の相手ではない。


 そう思った瞬間、ブランはペンダントを握った。


 奪えない。


 足せない。


 押し付けない。


 ただ、残っている可能性を形にする。


 ブランの力は、いつだってそこに戻る。


 ブランは、ふっと息を吐いた。


「……ブランは、今の相手だよ」


 それだけ言って、アズルの腕にさらに絡みついた。


「今の旦那さん」


「旦那さんはやめろ!」


 アズルが叫ぶ。


 ルージュが氷の目で言う。


「やめなくていい」


「よくない!」


 ヴェールが慌てて手を振る。


「えっと、言葉より、まず状況整理を……」


 ノワールが淡々と呟く。


「……家庭内和平、難しい」


 その一言が妙に的確で、アズルは頭を抱えた。


 新国王が、小さく咳払いをした。


 全員の視線が集まる。


 新国王は言った。


「アズル」


 その呼び方は重い。


 王が、個人に頼む呼び方。


「娘を頼んだぞ」


 短い。


 だが、その短さが、逃げ道を消す。


 頼む。


 命じない。


 管理しない。


 けれど、責任だけを置く。


 アズルは乾いた笑いを漏らした。


「……頼む、って」


 口にすると、現実味が増す。


 セレフィアがすぐに距離を詰めた。


「大丈夫ですわ。私、アズル様を支える妻になります」


 幼い頃の声が、記憶の奥で重なる。


 ブランが、むっと頬を膨らませた。


「ブランも支える」


 ルージュが冷たく言う。


「私も支える」


 ヴェールが微笑む。


「私も、支えたい」


 ノワールが短く。


「……支える」


 全員が支える。


 アズルは、心の中で叫んだ。


 ――世界平和より、まず家庭内和平だ。


 セレフィアがブランを見て、少しだけ柔らかく言った。


「あなたが……ブラン」


「うん」


「かわいいわね」


「かわいい」


 ブランが胸を張る。


 褒められて満足してしまう。


 ルージュが額を押さえた。


「……会話の方向が違う」


 ヴェールが小声で囁く。


「でも、喧嘩じゃない」


 ノワールが言う。


「……まだ」


 まだ。


 その言葉が怖い。


 新国王は、穏やかな声で続けた。


「明日、正式な場を用意する」


「魔族統一の件も、王都の家の件も」


「そして――」


 新国王はセレフィアを見て、少しだけ目を細めた。


「娘の件も」


 件。


 人を件と呼ぶのは冷たい。


 けれど王は、管理しないために言葉を選ぶ。


 感情で押し付けない。


 新国王は最後に、アズルへ言った。


「焦るな」


 その言葉が、意外だった。


 王が勇者に言う言葉じゃない。


「焦れば、父と同じになる」


 アズルの胸が詰まる。


 新国王は扉に手をかけ、振り返った。


「選べ」


 命令ではない。


 選べる場を開くという宣言。


 扉が閉まる。


 部屋に残ったのは、アズルと、ヒロインたちと、セレフィア。


 セレフィアは改めてアズルに向き直り、にっこりと笑った。


「久しぶり、アズル」


 今度は、ゆっくり。


「私、約束を忘れてないよ」


 ブランがすかさず言う。


「ブランも忘れない」


「ブラン、約束した?」


 ルージュが刺す。


「今からする」


 ブランが即答。


「するな!」


 アズルが叫ぶ。


 ヴェールが苦笑しながら言った。


「……まずは、お茶でも飲んで落ち着こう」


 ノワールが淡々と提案する。


「……逃げ道、作る?」


「作るな!」


 アズルはまた叫んだ。


 セレフィアがくすくす笑った。


「変わってないね」


 その一言が、優しかった。


 優しいからこそ、逃げられない。


 アズルは息を吐き、窓の外を見る。


 王都の空は青い。


 平和そうに見える。


 平和そうに見えるのに、世界はまだ揺れている。


 魔族はばらばら。


 四天王は動く。


 王都は新しい王に慣れようとしている。


 そして今、この部屋では、別の戦争が始まりかけている。


 アズルは思った。


 剣を抜くより、言葉を選ぶ方が難しい。


 この戦いには、技名も呪文名もない。


 あるのは――


 約束と、今と、笑えない未来の話だけだ。


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