↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王を倒した後に始まる物語  作者: にめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

138/159

memory 136 約束の話をする席

# memory 136 約束の話をする席


 王城の門をくぐった瞬間、空気が一枚変わった。


 王都の街路は、騒がしくても“生きている”。人の声と馬の蹄、荷車の軋み、朝餉の匂い――それらが混ざり合って、勝手に揺れている。


 だが王城の内側は違う。

 揺れが少ない。

 誰かが揺れを嫌って、整えている。


 アズルはそれを「管理」と呼びたくなった。

 けれど、今日の王城は、いつもの王城ではない。


 昨日、王は席を立った。

 言葉が残り、欲望が露わになり、そして静かに終わった。


 王座は空いた。

 その空白を埋めるために、別の誰かが座った――というより、座らされた。


 新しい王は、まだ“正しさ”を持っていない。

 少なくとも、そう見せている。


 だからこそ、ここに呼ばれた。

 呼ばれたという言い方さえ、まだ慎重に扱うべきだ。


 アズルの袖が、少しだけ引かれた。


「アズル」


 ブランだった。


 白い髪が、朝の光を受けて淡く透けている。

 昨日の洞窟の闇が嘘みたいに、彼女は明るい。


 明るいから、怖さが消えるわけではない。

 むしろ、明るい分だけ、危うさが目立つ。


 ブランはアズルの腕に、しがみつくように寄り添った。


「……離れない」


「離れないのはいいけど、もう少し……」


 言いかけて、アズルは黙った。

 言葉で引き剥がすのは、管理に似てしまう。


 ブランは顎を上げて、当然のように言った。


「だって、ブラン、ここで一人になるの嫌だもん」


 その声音には、甘えが混ざっている。

 甘えられる側の罪悪感も混ざる。


 ルージュが、わざと大きく咳払いをした。


「……ブラン。腕、折れるわ」


「折れない」


 ブランはきっぱり言って、さらに密着する。


 ヴェールは困ったように微笑んだ。


「うん。怖いよね。……でも、きっと大丈夫」


 “きっと”という言葉は、本来なら不確かさを含む。

 けれどヴェールが言うと、それは押し付けにならない。

 信じろではなく、待てる形になるからだ。


 ノワールは、何も言わない。

 ただ、アズルの反対側、ブランが寄り添っていない腕の側に、いつの間にか立っていた。


 守るための立ち位置。

 奪わないための距離。


 案内役の女官が現れ、深々と頭を下げた。


「新国王陛下より。こちらへ」


 その言い方は丁寧で、必要以上に敬っていない。


 廊下を進む。

 重い絨毯。

 静かな足音。


 アズルは、背中の汗を感じた。

 戦闘の汗ではない。

 言葉の汗だ。


 ◇


 通された部屋は、想像していたものと違った。


 玉座の間ではない。

 会議の間でもない。


 小さな応接室。

 窓があり、外の庭が見えた。

 扉は閉まっていない。外に兵の気配はあるが、部屋の中にはいない。


 ――囲われていない。


 その事実だけで、アズルの肩の力が少し抜けた。


 部屋の中央に、若い王女が立っていた。


 昨日まで王女。

 今日から王。


 彼女は豪奢な冠を被っていない。

 王の色を誇示する外套もない。

 しかし、その背筋は、誰よりも真っ直ぐだった。


「勇者アズル」


 彼女は名前を呼ぶ。

 称号を付けるが、重ねない。


「そして――ブラン」


 ブランの名を、彼女ははっきり発音した。


 ブランは腕にしがみついたまま、目だけで王女――いや、王を見上げる。


 王は微笑まなかった。

 けれど、冷たい顔でもない。


 そこにあるのは、判断ではなく、観察だった。


「今日は、結論を出す場ではありません」


 王は最初にそう言った。


「和平を決めるためでも、敵と断ずるためでもない」


 アズルが息を吸う。


 これは“決める場”ではない。

 決めないと先に宣言する。


 それは逃げにも聞こえる。

 だが同時に、余白を残す姿勢でもある。


「ただ――事実を聞きたい」


 王は椅子に座らず、立ったまま言った。


「ブラン、と言いましたね」


 ブランが小さく頷く。


「今、魔族の統治はどうなってますか」


 いきなり核心。

 いきなり魔王の娘に、魔族の現状を問う。


 ブランは瞬きをした。

 そして、少しだけ口を尖らせる。


「……統治って言い方、むずかしい」


 子どもみたいな言い方。


 だが次の瞬間、ブランの声の色が変わった。

 幼さの奥から、当事者の目が出る。


「お父様――魔王が死んでからは、四天王を中心に各地でばらばらに勢力を強めてます」


 淡々と。


「次の魔王になるために、みな必死です」


 王は頷いた。


「四天王……刈り取りの将も含め?」


 ルージュがわずかに眉を動かした。

 アズルは、記憶の中の影を思い出す。

 刈り取りの将――グラート。


 ブランは頷く。


「うん。みんな、世界の安定が好き。だから、安定のためなら何でもする」


 その言葉が、部屋の空気をひやりとさせた。


 安定。

 善意。

 管理。


 昨日失脚した王が欲したものと、似た響き。


 王は、すぐに次の質問を投げた。


「ブラン。お主は、魔王にはなろうとは思わんのか」


 アズルがブランの腕に視線を落とす。


 ブランは、迷わなかった。


「はい」


 短い。


「私は魔王にも魔族統一にも興味ありません」


 さらに、間髪入れずに続けた。


「アズルと結婚するのが望みです」


 部屋の空気が、吹き飛んだ。


「お、おい……!」


 アズルが声を上げる。

 反射だ。


 ルージュが指を鳴らすように杖を指先で叩いた。


「……アズル。あとで説教ね」


 ヴェールは頬に手を当て、困った笑み。


「うん。落ち着いて、順番に話そう」


 ノワールは無言で、アズルの横顔を見た。

 視線だけで刺す。


 ブランは悪びれない。


「だって、望みだもん」


「望みの話を今するな」


「する」


 即答。


 王は、それを止めなかった。

 止めれば管理になる。

 笑えば軽くなる。


 彼女はただ、淡々と頷いた。


「よかろう」


 その一言で、空気がもう一段変わった。


 アズルは目を見開く。


 王は続ける。


「今回の報酬には、アズルと住む家を設けよう」


「ほんとうか!」


 ブランが跳ねる。


「え、あ、え?」


 アズルが言葉を失う。


 ルージュが目を細めた。


「……随分と、具体的ね」


 ヴェールが小さく首を傾げる。


「報酬が家……珍しい」


 ノワールは、何も言わない。

 だが、肩の力が抜けたように見えた。


 王は、そこで初めてほんの少しだけ口元を緩めた。


「望みには、形がある方がよい」


 それは夢想ではない。

 押し付けではない。


 望む者がいる。

 ならば形を用意する。


 王の役目の一つ。


 だが、王はすぐに続けた。


「しかし、条件がある」


 部屋が静まる。


 ブランの指が、アズルの袖を強く握った。


「魔族を統一してみせよ。それが条件じゃ」


 アズルの心臓が跳ねた。


 ――管理。


 口に出す前に、脳内で警鐘が鳴る。


 アズルは、剣に触れずに言った。


「王女……いえ、陛下」


 呼び方を整える。


「魔族と和平を結ぶ気がありますか?」


 王は、即答しなかった。


 この沈黙は、引き延ばしではない。

 結論を先に置かないための沈黙。


「いまはわからん」


 王は素直に言った。


「じゃが、戦争がなくなるなら、それもよかろう」


 ルージュがわずかに頷く。

 “賛成”と言わない。

 “反対”とも言わない。


 結論を持たない。


 だが、戦争を終わらせたいという方向性だけは、はっきりしている。


 ブランは唇を噛んだ。


 その表情は、迷いではなかった。

 覚悟の作り方を探している顔。


「……やります」


 ブランが言った。


 アズルが目を向ける。


「ブラン」


 ブランはアズルを見上げた。


「アズルと暮らすためならやります!」


 声が少し大きい。


「子供欲しいし」


 最後の一言が、爆弾だった。


「ちょ……!」


 ルージュとヴェールとノワールが、ほぼ同時に声を上げた。


「アズルー」


 三人の声が重なる。


 アズルは両手を上げた。


「いや、俺は、その……」


 言い訳の出口が見当たらない。


 王は、その混乱を眺めた。


 眺める。

 それだけ。


 管理しない。


 そして、王は静かに宣言した。


「よし、決まりじゃ」


 アズルが言い返そうとして、止まる。


 決まり。


 決まるのは早い。

 早いが、押し付けではない。


 ブランが選んだ。

 王が条件を出した。

 アズルが問いを投げた。


 その全部が場の中で交わった。


「準備次第、旅に出よ」


 王の言葉は命令の形だ。

 だが、それは軍を動かす命令ではない。


 “始めるための言葉”。


 王は、そこで一つ息を吐いた。


「もう一ついいか。アズル」


 部屋の空気が少し締まる。


 アズルは頷いた。


「? はい」


 王は、まっすぐアズルを見る。


「お主は……世界平和を望むか」


 突然、遠い言葉。


 アズルの胸の奥が、微かに疼く。


 世界平和。


 勇者として掲げてきた言葉。

 けれど、それは時に人を急がせる。


 アズルは、ゆっくりと答えた。


「……望みます」


 ただし、と続けたい。


 “望む”は、“決める”ではない。


 アズルは言葉を選ぶ。


「でも、それを理由に誰かを縛るのは、嫌です」


 王は頷いた。


「よい」


 短い承認。


 その承認は、同意ではない。


 場の維持。

 余白の維持。


 対談は終わった。


 終わり際、王はブランに目を向ける。


「ブラン」


「なに?」


「家は、すぐに用意させる」


「やった!」


 ブランの声が弾む。


 アズルが額を押さえた。


「家って……家って……」


 ルージュが肩をすくめる。


「王都の家。逃げ場が多くていいじゃない」


 ヴェールが優しく笑う。


「うん。……居場所は、居場所だもんね」


 ノワールは一言だけ呟いた。


「……住むなら、鍵は私が作る」


「鍵は……ありがとう」


 アズルは返しながら、自分が既に“生活”の話をしていることに気づき、混乱する。


 王城の廊下へ出る。


 扉の外の兵は、視線を逸らした。

 見張っていない。

 監視していない。


 ただ、そこに立っている。


 王都の風が、窓から入り込む。


 アズルは息を吐いた。


 結論は出ていない。


 和平も、戦争も、魔族統一も。


 でも。


 場は開いた。


 そしてブランは、またアズルの腕にしがみついた。


「ねえ、アズル」


「なんだ」


「家、どんなのがいい?」


 その問いは、未来の形を先に触ってしまう問いだった。


 アズルは困った。

 困ったが、逃げなかった。


「……窓が多い家」


 そう答えた。


 窓が多い家なら、余白が残る。

 閉じ込められない。


 ブランが嬉しそうに笑う。


「うん。ブランもそれがいい」


 ルージュが歩きながら呟く。


「……次は魔族側が動くわね。四天王。面倒くさい」


 ヴェールが頷く。


「でも、急がせない」


 ノワールが静かに言う。


「急がせたら、同じになる」


 アズルは剣に触れず、前を見る。


 世界平和。


 望む。


 だが、望みを盾にしない。


 この王都で、今度は“選ぶための旅”が始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。