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ヴァネッサがウェルドを寝取ったと言い放った数日後、ティスタは王宮騎士団の練習場にいた。─── 事の真相を確かめる為に。
(なんて切り出ろう。さらっといくか……それとも、ズバッと問い詰めるか)
ベンチに腰掛けウェルドを待つティスタの手には、骨董品とも呼べる古びた短剣がある。
そして、それをぎゅっと握りしめながら、ティスタは悶々と考える。
脳内ではヴァネッサとウェルドが濃厚接触している様が浮かんでは消え、それと同時にこれまで彼と過ごしてきた沢山の思い出が蘇ってくる。
ウェルドと初めて会ったのは、とある侯爵家の嫡男アランの誕生日を祝うパーティーの席だった。
ただ主役のアランがまだ成人していない13歳ということもあって、パーティーは夜ではなく少し早めの夕方から開催された。
ローウィ家は侯爵家と懇意にしていたため招待を受けた。
そして、毎日のように姉に下僕のように扱われるティスタを不憫に思った父がせめてもの慰めにと、こっそり連れ出してくれたのだ。
そこでティスタは、ウェルドと出会った。
彼もティスタと同じく親同士が懇意にしていたから招待されたらしいのだが、当時のティスタそんなことはどうでもよかった。
それよりウェルドが大人の目をかいくぐって、お皿山盛りにローストビーフをくすねてきてくれたことに大変感動していた。
ちなみにウェルドの傍には、主役である金髪碧眼の美男子アランがいた。けれど、ティスタは照明に反射しててらりと輝くローストビーフに目を奪われていた。
そしてこっそり庭に出たウェルドとティスタは、それを食べた。ソースがたっぷりついた最後の一切れを、ウェルドは当然のようにティスタに譲った。
その瞬間から、ティスタはウェルドのことが好きになった。
対してウェルドも、美味しそうにローストビーフを頬張るティスタに心を奪われた。
後日談として、ローストビーフを食べ過ぎたティスタがパーティーから帰宅後すぐに腹痛で眠れぬ夜を過ごしたけれど、それは自業自得のことなのでウェルドには一生伝えるつもりは無い。
そんな食いしん坊な恋の始まりだったけれど、それからティスタはウェルドのアッシュブラウンの髪が綺麗だと思い、灰色の瞳に自分が映ることに喜びを覚え、騎士らしくがっしりとした身体つきになった彼にドキドキして、恋に落ちたのだ。
「…… なのに、なのに……あんまりだ」
ティスタは短剣を更に強く握りしめながら、独り言ちる。
ヴァネッサは息するように嘘を吐く。
だから、今回のことだってもしかしたらヴァネッサのでまかせなのかもしれない。いや、きっとそうだ。
そう思っているけれど、どうしたって冷静ではいられない自分がいる。
(どうか、この短剣の鞘を抜くことはありませんように……)
手にしている短剣は、ローウィ家に代々伝わるもの。かつて初代の当主が妻を迎えた際に、贈ったもの。
そしてこの短剣は別名「制裁の剣」とも言われている。
夫が万が一不貞行為を働いた際には、この短剣ならば心臓を一突きにしても許されるというもの。
いや、本来殺人は大罪なので大っぴらに許されることはないが、ローウィ家に縁がある者が一丸となって隠ぺいしてくれる、謂わばチートアイテムだったりする。
ちなみに妻が不貞行為をした際は、夫が甲斐性なしと責められる。女尊男卑ではあるが、これもまたローウィ家限定の掟なので他人がとやかく口を出すことはできない。
─── という、いわくつきの短剣をティスタは今日、母から託された。「大丈夫、お母様もお父様も、絶対にあなたを投獄なんてさせないから」という言葉と共に。
しかし、ティスタはふと思った。
かなりの剣の使い手であるウェルドが、はたしてこの短剣を甘んじて己の心臓に埋め込んでくれるのか、と。




