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ティスタが短剣を見つめながら、深いため息を吐いたと同時に、バタバタとものすごい勢いで一人の騎士───ウェルドがこちらに駆け寄ってきた。
「ごめん、ティスタ。遅れた!」
全力疾走したというのに息切れ一つしていない彼は、日頃どれだけ身体を鍛えているのだろう。
ティスタはある意味鋼の精神を持っているが、体力はヘタレの部類に入る。
そんなヘタレな自分が彼に剣を向けたとて、絶対に傷一つ付けることはできない。
いや、そもそも彼を傷付けることなど、自分にできるのだろうか。
ままならない思考のまま、疾走したせいで乱れてしまった騎士服を見つめていれば、その持ち主は訝しそうに首を傾げた。
「……ん?ティスタどうした?……怒っているか??」
「怒ってはいないけど……」
含みをもったティスタの言葉に、ウェルドは困ったように眉を下げた。
「本当にすまなかった。実はティスタの大好物のエッグサンドを食堂のシェフに頼んで作って貰ってたんだ。でも、それを同僚に見つかってからかわれてさ」
そこまで言ってウェルドは、上着のポケットから包みを取り出し、ティスタに差し出した。
「……ありがとう」
一先ず受け取ったそれは、包み紙を通してでも温かかった。
近衛騎士は有事の際にすぐに動けるよう基本は寮生活だ。そしてそこの食堂のエッグサンドは絶品だった。
ふかふかのパンに、塩味強めのふわふわの卵にチーズをたっぷり挟んだサンドウィッチは、肉が正義と豪語する騎士達には物足りないみたいだが、ティスタの心は十分満たされる。
しかし、今日はそれを手にしても心は浮き立つことはない。
「なぁ、ティスタ。本当にどうした?」
エッグサンドを前にしても消沈しているティスタに、ウェルドはようやっと自分の遅刻が原因ではないことに気付いた。
「ティスタ、何があった?」
ベンチに腰かけることなく、膝を付いてティスタを覗き込む。
「あのね、実は……」
「ああ」
言いにくそうに口を噤んでしまったティスタに、ウェルドは優しく続きを促す。
しばらくの間の後、ティスタは意を決したように再び口を開いた。
「ヴァネッサお姉さまが、あなたと男女の営みをしたから結婚すると言っているんだけど……本当?」
どう切り出そうか事前にあれだけ頭を悩ましたけれど、結局は直球の質問になってしまったとティスタは頭の隅で思った。
対して、ウェルドは問われた瞬間、そっとティスタから目を逸らした。
彼とは長い付き合いだ。たったそれだけで、もう寝取られ事件は疑惑で済まされないことが確定してしまった。
(……嘘、嘘っ、嘘でしょ!?)
心の中で悲鳴があがる。胸がめった刺しにされたように痛い。視界が絶望と怒りで真っ赤になる。
気付けば、ティスタは短剣もとい、制裁の剣の鞘を抜いていた。




